福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

Dr.ストレンジラブ先生の終末医療

2011-03-26 00:02:35 | 新聞
毎日新聞で「Dr.中川のがんから死生をみつめる」というコラムを連載している中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長も、放射線の健康被害について3月20日の時点で「皆無」だとおっしゃている。
その時点までに、すでに数日、大気中から放射線が検出され、水道水からも野菜からも検出され始めた時点だ。先生のキュートなカイム・ロジックはまたあらためてご紹介するとして、今日は、緩和ケアがご専門の先生にふさわしい論点を見てみましょう。

先生は放射線被爆による発がんリスクについて以下のように語られます。

『100ミリシーベルト以上の被ばく量になると、発がんのリスクが上がり始めます。といっても、100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0・5%高くなるだけです。そもそも、日本は世界一のがん大国です。2人に1人が、がんになります。つまり、もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです。』

100ミリシーベルトという虚構の限界点の設定については、前の記事「毎日新聞記者の狂った目」を見てください100ミリ未満ではリスクが存在しない(99ならOK)かのような誘導とともに、100ミリでのリスク増を0.5%としていることもあやしいのですが(崎山比早子氏の原子力資料室レクチャー参照)、それはひとまずおくとして、問題はその後です。もともと日本人の半分はがんで死ぬ。と先生はおっしゃいます。だからがんのリスクはもともとの50%から、たった0.5%高くなって50.5%になる「だけ」で、要するにどうってことはない、ということなのです。しかし、日本人の人口の0.5%は63万人を超えるでしょう。私は、がん医とは、がん患者を一人でも少なくすることに専心し、ほんの少しでも人々ががんになる確率を減そうとしている人だと思っていました。発がん率をなんとかおさえようと工夫している私たちの不安と希望とを支えてくれる人だと思っていました。もし一国の人口のがん発生率を0.5%抑えることに成功し、63万人をがんから解放することができたら、その医師の功績は計り知れないでしょう。医学のヒーローでしょう。

それなのにDr.中川は、0.5%「だけ」とおっしゃる。もしかしてドクターのご専門の緩和医療にとってはある程度の患者さんの増加はかえって歓迎すべきことなのかもしれない。その隠された願望がこの「だけ」にちょっと出たのだろうか。

63万人なんて増えやしませんよ、と先生は反論なさるかもしれない。だって、まさか日本人の全員が100ミリシーベルト被爆するなんて考えられません、と。なるほど。しかしそれなら、その0.5%にはいる人がもっと少なかったらそれでいいのか。放射線でがんになった人が100人「だけ」なら、10人「だけ」なら医学はそれをよしとするのか?どんな人数であれ、今になって「想定外」をくりかえす無責任な原発建設と、隠蔽体質ゆえに後手後手に回った事故対策のせいで放射線被害にあった人々の「不当」な(「不運」ではないぞ)病と死を、医学はそれ「だけ」のことと切り捨てるのか?

そしてそんな不当な苦しみを背負わされた人に対してDr.中川はどんなふうに「緩和医療」をほどこすのか。「あなたは放射能の影響でがんになった、気の毒な0.5%の人々の一人だ。しかし、仮にあなたが放射能におかされていなかったとしても、あなたは50%の確率で今と同じように死の床に横たわっていたことだろう。人の生死は紙一重の五分五分、人はみな死ぬ定めなのだ・・・」、なんて言われながら、「緩和」に有効な薬剤かなんかを投与されるのか。こういう先生のところで、私は決して「癒され」たくない。

先生が最大63万人にのぼる0.5%の高リスク負担者にたいして、かくも冷たいのは自分がこのカテゴリーの人口グループに入ることが決してないことを知っているからだ。アエラ2011.03.28号の「東京に放射能がくる」によれば、東京への放射線到達をいち早くキャッチした東大の「ある研究室」から、窓を開けるな、エアコン・換気扇を停止せよ、というメールがいち早く他の研究室に向けて発せられたそうだ。そして東大は、

『東京・本郷と駒場、千葉・柏での1時間ごとの放射線量の測定を実施している。』

言うまでもなくそのデータはリアルタイムで観測フォローできるはずだ。東電だ、保安院だ、官房長官だ、文科省だ、厚労省だ、さらには「安全だから冷静な行動を」と決まり文句をくりかえすマスコミの「伝言ゲーム」など、みんなスキップして大事な情報をじかに手に入れ、自分たちで共有し、いち早く対策をとることができる。

しかし、それだけではない。もう一つ重要な点がある。

Dr.中川やそのご同僚たちは、実に不可思議な確信をもっておられる。つまり、自分は統計を作成・操作し、そこから得られる知識に基づいて世の中に働きかける科学的客観性の体現者であり、決して今度の0.5%のように統計の対象として数えられる側に回るわけがない、という確信である。そんな「確信」は科学的でない、とあなたは思いますか。いいえ、これは科学的で客観的なのです。

映画「博士の異常な愛情」で、核爆弾が地球を滅ぼし、いまや死の雲が全地表を覆うのを待つばかりになったとき、アメリカ大統領に向かって兵器担当補佐官ドクター・ストレンジラブは「ご心配ありません、大統領!」と呼びかける。ドクターによれば既存の核シェルターに数万人規模の人口を退避させ、地下で産業を興し都市を建設する。核物質の半減期は(と博士は元素周期表を取り出し)せいぜい数十年というころだろうから、その後は地上に戻れる。誰をシェルターに連れてゆくかは、地下での生産と建設に必要な要素を持つ者(女性は特に生殖能力)を基準にしてコンピュータに選ばせればよい。もちろん、政府・軍・学会・産業界のリーダー的な人材は不可欠であろう・・・・。

Dr.中川や先生の東大のご同僚は、彼らがどんなときににも「選ばれる」側に回ること、選抜にもれるのが「皆無」であることを彼らの教育選抜過程を通して身体知として血肉化しており、それ以外のことは想像も及ばない。そして、選ばれ続けた者が、今度は選ぶ側に回る。大多数のものを振り落しながら。0.5%など、彼らにとっては単なる誤差、それ「だけ」のことなのだ。


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