手塚治虫氏の代表作の1つ「ジャングル大帝」。此の作品が漫画雑誌「漫画少年」で連載開始となったのは、今から74年も前の1950年の事。自分が実際に読んだのは半世紀近く前だが、最初の方に記されていた「アフリカ大陸は嘗て、暗黒大陸と呼ばれて来た。」という文章がとても衝撃的だったし、今も忘れられない。「嘗てヨーロッパ人達はアフリカ大陸を、“自分達が入った事の無い未開の地”と認識していたが故の呼称。」なのだが、彼等にとってアフリカ大陸は「良く判らない、怪し気な地域。」というイメージが在ったのだろう。
自分が「ジャングル大帝」を読んだ頃には、暗黒大陸なんて呼称は使われていなかったが、「アフリカ大陸には“土人”や“人食い人種”が住んでいる。」みたいな考え方は“潜在的”に在ったし、“ホッテントット”なんていう呼称も普通に使われていた。今じゃあ此れ等は、「差別的だ!」として批判されるのは間違い無い。
時代の移り変わりによって成立しなくなった事柄というのは、決して珍しく無い。ミステリー・ファンならば常識と言って良いだろうが、「ノックスの十戒」の一部内容もそうだ。ロナルド・ノックス氏が1928年に発表した“ミステリーを書く上での10のルール”で、以下の内容となっている。
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「ノックスの十戒」
① 犯人は、物語の当初に登場していなければならない。但し、其の心の動きが、読者に読み取れている人物で在ってはならない。
② 探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。
③ 犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が2つ以上在ってはならない。
④ 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を、犯行に用いてはならない。
⑤ 主要人物として、「中国人」を登場させてはならない。
⑥ 探偵は、偶然や第六感によって、事件を解決してはならない。
⑦ 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人で在ってはならない。
⑧ 探偵は、読者に提示していない手掛かりによって、解決してはならない。
⑨ サイドキックは、自分の判断を全て、読者に知らせねばならない。又、其の知能は、一般読者よりも極僅かに低くなければならない。
⑩ 双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない。
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10のルールが設定された理由は此方に記されているが、一番不思議に感じるのは、⑤の「主要人物として、『中国人』を登場させてはならない。」ではないだろうか。「西欧人の間に『中国人は頭脳が優秀で在り乍ら、モラルの点で劣る者が多い。』という偏見が根強いから。」というのが理由で、「中国人はモラルの点で劣る者が多いから、考えられない様な理不尽な事でもしてしまうので、読者が謎解きをする上で“問題が在る障壁”となるから。」という事なのだろう。又、「『中国人は、“魔術めいた事”が出来る。』という妙な思い込みも、当時は在ったのではないか。」と考えている。「中国人は魔術めいた事が出来てしまうから、彼等の行動には、常識的な推理が成立しない。」という事だろう。何れにしても偏見という点で、現在では在り得ないルールだろう。
ミステリーで言えば、嘗ては「犯人からの電話を逆探知するには、出来るだけ長く会話を引き延ばさないと、犯人が電話している場所は突き止められない。」というのが常識だったが、デジタル交換機の時代となった今は、「通話時間は1秒で在っても、犯人が電話している場所を突き止められる。」と言う。
又、「余程の場所で無い限り、監視カメラが到る所に設置されている現代では、街中で犯行をした場合、犯人は追跡されて逃げ切れない。」、「スマホを誰もが所有している様な現代では、辺鄙な場所で被害者が公衆電話を見付けなくても、連絡を簡単に取る事が出来る。」という事から、“ミステリーで嘗て良く使われていた手法”は成立しない(乃至は、成立し辛い)だろう。