以前から今村遼平さんの著作は含蓄が多いのでよく読んでいます。昨年の5月に出版された『技術と倫理』という本(いまさらですが)を読み始めています。
技術と倫理
http://www.denkishoin.co.jp/cgi-bin/book/book.php?no=ISBN4-485-66532-1
その第3章で、次のような一節がありました。24Pです。
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「(略)専門職といえども、自分自身の経済的利害関係のために働くのではないか」と思われるのがしばしばですが、次の点で「そうではない」と声を大きくして言う事ができます。
(a) 公衆が専門職に期待している技術サービスの方向がなんであるかをよく説明し、私たちはどういう階層の人々に対しても、またどういう立場か(例えば裁判で訴える側と訴えられる側の立場の違いなど)を問わずに、公正に技術サービスを提供する責任をもっていること。
(b) 専門職は必要に応じて高い技術的対価を求めたとしても、それを正当化するだけの価値があること。
(c) 弁護士と同様に、専門職は公衆の利害関係にあわせて自己を公正に処するだけの自制心を持っていること(つまり、自分の経済的な利害関係に支配されて、公正さを失することはないということ)。
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(b)と(c)については、弁護士なみの社会的認知がなければ難しいような気がします。このためには、(a)公衆が専門職に期待している技術サービスの方向がなんであるか、ですが、昨年手がけたあんしん宅地は、期待しすぎた面もあったので、もう少し時間がかかるような気がします。
応用地質学会誌最新号に、『応用地質 次の50年に向けて- 地盤と防災 - 』のパネルディスカッションの記事が記載されていました。メンバーや議論の内容からして、ここ10年程度あまりかわっとらんなあという印象です。例えば、
Q:ハザードマップなどの作成にあたっては、どうしても曖昧な部分が生じてくることがあると思われますが?
A:市民に対して空振りのない広報や対応をするということは、非常に重要な課題であるが、行政側の対応としては学問的に未解明なことがあっても、市民を守るために危機管理を実施すべき立場であることを自覚し、現状においてできるだけのことを実施していく姿勢が必要である。
曖昧だから自然なので、そこをマニュアル的にコントロールできないんですよという啓発をすべきではないでしょうか。
高野秀雄『斜面と防災』に次のような説明があります。
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同書では、排水工ではなく、水圧低下工と言うべきである。という説明がありますが、本質を捉えていると思います。
私も「防災ブログ」なんぞ構えているわけですが、今日の武田先生のブログは強烈でした。
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科学について社会に責任を持っているのは,大学教授などの教員,特定の資格を持った専門家(技術士など)である.社会に対して責任ある解説ができるためには次のことが必要である.
1) 普遍的な科学的原理に従っていること。
2) 長期間,高度な訓練を受けていること。
3) 不特定多数に対して責任を持つこと。
4) 身分が保障されていること.
5) 特定の利害関係を持たないこと.
6) 何らかの社会的な認知を得ていること。
このことを理解するには「他人の体を傷つけても傷害罪にならない外科医」を考えればすぐ分かる.外科医はすべての要件を整えている。
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いやあ耳が痛いです。私はほどんど語る資格はありません。しかも、1)については、安全率や土砂整備率といった、ご都合的な数値を振り回しているので、耳に激痛です。
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たとえば,「温暖化防止のために電灯をこまめに消しましょう」と言った直後に,「温暖化防止のために電気自動車に乗りましょう」と来る.学校の先生は生徒さんから,「なぜ電灯の電気は温暖化になるのに,電気自動車の電気は影響がないの?」と質問を受けてどのように答えているのだろう?「先生,大量生産,大量消費がエコに悪いと教えていただいたけれど,電気屋さんに言ったら,大きな冷蔵庫の方がエコポイントが多かったのだけれど,どうして?」と聞かれても困る。でも,それが露骨に教科書に載っていると言うことになると,一大事だ.
高等学校で使っている教育出版『新現代社会』の34ページには,「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によると、現状のまま放置すれば、2010年における地球の平均気温は1990年時点よりも2℃高くなり、海面は50㎝以上の上昇が予測されている。」とある.教科書に書かれている数字はIPCCの報告と全く違う。
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まあ地理の教科書も似たようなものです。しかし、多感な時期に間違ったことを教えられると、ゆがんだ自然観のまま直りにくくなると思います。そのような教育を受けた人がこの業界に入ってくるとどうなってしまうんでしょうか。
ある人が、ボーリングコアの性状に関する様々な試験が示す値の解釈について、マニュアルを作ろうという話をしました。
そしたら、現在50代後半~60代の方から、我々マニュアルを作った世代の反省点として。。と切り出し、「マニュアルが一人歩きしてしまい、技術者から想像(創造)力という最大の武器を奪った。誰でもできるというのは悪魔の言葉で、技術者なんかいらんという論理につながる」などなど、夜10時過ぎまで盛り上がりました。
結局、自分が初心者や素人のためにと思って作ったマニュアルが、権力をもつと、自分が縛られる。
牛山先生のブログが更新されていました。
「専門家」としての情報発信 http://disaster-i.cocolog-nifty.com/blog/
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筆者は現在,web,blog,メルマガで災害研究関係の資料,調査研究成果,コメントなどを,実名で発表しています.これらの媒体で私が記述している内容は,災害科学の研究者という「専門家」としての外向けの発言であると考えています(略)
最近は,「防災」の範疇が広くなってきて,「防災研究をしているなら当然,危機管理の専門家なんだろう(であるべきだ)」と思い込まれることがありますが,残念ながら私はそうではありません.専門的知見を持たない以上,「専門家としてのコメント」をしてはいけないと私は考えています.意識が低い,役立たずと批判されるかもしれませんが,よく知らないことを,専門家のような顔をしてコメントする方が,私はよっぽど無責任であると考えています.
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消費者庁
各省にまたがっていた消費者行政を一元化する組織。(略)。表示・取引・安全・物価・生活の各分野に関連する30近い法令を他省庁と共管する。関係省庁間の調整役に終わる懸念も指摘されている。
そら懸念どうりになるでしょう。防災に関わる現象・法令もいろんなところに縦割られている状況を熟知しているので懸念どうりになるでしょう。
というタイトルの本が3月に出ていました。講談社ブルーバックスです。まえがきにこんなことが書いてありました。
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法律は論理的にできています。技術者は究極の論理学である自然法則を勉強されたわけですから、法律は難しくないはずです。自然はミステリアスですが、法は人間がつくったものに過ぎないのです。
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私は文系出身ですが、昔からずっと疑問に思っていることがあります。土木系を中心に、学問の体系と役所の組織体系が似ていることです。これは、「究極の論理学である自然法則」といえるのでしょうか。大学で学んでいても、社会にでて「基準書」をたよりに自然を見ることに慣れてしまうと、"人間がつくったに過ぎない”浅い眼力でしか、自然をみることができなくなってしまいます。
WBC(よくボクシング団体が抗議しないものです)で日本が連覇を果たしました。決勝戦は手に汗握る激闘でした。イチロー選手をして「神が舞い降りた」と言わしめるのですから。
一連の記事のなかで、アメリカの選手のコメントがとても印象に残りました。
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準決勝で松坂から先頭打者本塁打を放ったロバーツ(オリオールズ)は、「日本と韓国は、とても基本に忠実な野球をしている。誰もが学ばなければならないことがそこにある。米国はそれができていない。不幸なことだが、大リーグは金や契約の話ばかりになっているのが現実だ」と脱帽した。
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ここでいう基本に忠実とは、勝利のためにヒットやホームランを狙うこと。金や契約の話ばかりになっているとは、ホームラン1本につきナンボ、といったインセンティブ契約など、自分の懐をむいて野球をしていると勝手に解釈しました。
さて、私たちの関わる防災分野ではどうでしょうか。基本に忠実であることとは、市民社会に直接関わり必要に応じた調査・対策を提示し、依頼者の納得を得ることと言えるでしょう。そして、本来税金を使った公共事業もそうあるべきです。
しかしどうでしょう。仕事を得るために資格試験の替え玉受験があったり、まともにできないのを分かっていて”安さ”を”技術力”より優先させて低額でもとにかく仕事をとること、それこそ金や契約の話ばっかりになっていないでしょうか。
自宅によく入ってくるマンション広告のキャッチコピーは、「地震に強い安心の”免震マンション”」です。この広告には、防災化学技術研究所(相変わらず”化学”と誤植しています)の地震動予測地図データによると、今後30年以内に南関東地震(M6.7~7.2)として、地震がくるのを確実視しています。中身を詳しく見てみますと。
命を守る それは住まいに求められる「絶対条件」です。
財産を守る 「住まいを守ること」は「財産を守ること」です。
暮らしを守る 地震後も早期に日常生活を取り戻すことができます。
三つ目の「地震後も早期に日常生活を取り戻すことができます。」これが重要ですね。逆に言えば、ここまで配慮してあれば「買い」だと思います(私は買いませんが)。
私の勤める会社はISOを取得していません(この業界で取ったところで何の自慢にもならないし、ただただめんどくさいだけです)。ところが、一緒に仕事をしている会社は大半がISOを取得しています。大きい会社だと”品質管理”部みたいな名前のつく部署があって、そこはたいがい”ISO書類作成及び対策会議室”になっています。
私は以前努めていた会社で「この地図に書いてある”地すべり地形”とか”侵食前線”とかの”記号(記号じゃないんだけど)”は、それと判定するにあたりJISなどのオーソライズされた規格に照らしあわせているのですか?」というISO維持審査員の質問をうけた事があります。
とても寒い質問です。
といってもなんか答えねばなりません。「これは専門の学会等に主体的に参加している技術者が私も含めて何人かいまして、ディスカッション、クロスチェックを重ねて精度を上げています」。と答えたら「その学会参加時の受講レポートがあるはずですよね?」っていうから、これですと見せたら「はい、わかりました」。
いま思い出してもああ寒い。
現在私の勤めている会社では、地表・地質踏査が主体になっています。そこで行うことはスケッチと写真撮影などですが、そこには数値化しにくい、質問項目化しにくい考察・経験値といった背景がいっぱいつまっています。今岡さんのブログの表現を拝借しますと、
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現場から読み取れる無数で多様な情報源から、経験と直観力によってノイズ(調査目的に対して無用なデータ)を削ぎ落とし、抽出したシグナルのみを、非専門の人々にも「見える化」する。その作業が現場の技術者の脳内で瞬時になされる。
それこそがスケッチです。 未熟な人には到底出来ない。
たとえ行ってみたとしても、熟練者との差が激しく出てしまい、その人の未熟さが露呈するだけです。
地表踏査の成果品は、情報が単純に数値化できない定性的で非線形なものが多いですから、その品質の評価も簡単ではありません。
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ISOでは、まさにこのノイズの部分を求められることがあります。この間も一緒に仕事をしていた会社の関連の方から、途中段階の”ノイズ”の部分のデータの提供を求められてしまし、”そんなの新たにつくってる場合かいな”という思いをしたことがあります。
形だけの書類をそろえ、品質を確保したと見せかける不毛な思考回路(停止だから回路じゃないかも)は本当やめてほしいですね。
新たらしくブックマークを追加しました。NPO法人地盤防災ネットワークのサイトです。
NPO地盤防災ネットワーク
http://www7a.biglobe.ne.jp/~wagayanobousai/index.html
住民が揺れやすさの情報を信頼し、自主的な防災行動に至までの動機付けを図るためには、メッシュ情報が個々の宅地(土地)を実感できる必要があります。そのためには、個々の宅地(土地)の具体的な地形・地質や地盤情報を得ることと、その情報に基づいて専門家による揺れの評価と液状化や盛土の変形による地盤災害の予測が行われ、さらに必要に応じて対策の方法が示されなければならないと考えます。
このために、地方自治体が保有する調査ボーリングや都市計画図などの地図情報を活用することで地域ならびに深い部分の地盤特性の精度を高め、建物の被害に影響の大きい極表層(10m程度)の地盤特性を簡易な調査(高精度表面波探査と貫入試験)で直接求めます。さらに、大学や研究者の保有する地盤解析などの基盤技術を活用することで、実体感のある揺れの評価や被害予測ならびに安価で効果的な対策工法の効果検討を行います。
表面波探査機を使った調査は私も経験がありますが、探査機が高いんですよね。。。。
でも、この地盤防災ネットワークの提案する方法が、もっとも実直な防災調査です。
先日紹介した横浜市まちづくり調整局 建築・宅地指導センターの「擁壁の種類」というサイトで、気になる表現を見つけました。
現在の基準にあう擁壁、合わない擁壁
http://www.city.yokohama.jp/me/machi/center/mado/gake/yoheki.html
基準に合うか、合わないかは、実は「安全かどうか」という判断基準とは直結しません。大筋でまちがってはいないのですがモノは老朽化もしますし、基準に合っていても湧水やクラック、”はらみだし”など危険を示す指標があれば、基準通りにつくられたもので倒壊・崩壊の危険性があるものもありますし、「他の基準による構造物」でも十分に安全が確保されているものもあります。
自然現象・物理現象は「基準どおり」には作用しません。また、基準にあうかあわないかで分類されると、市民は「基準書」を役所に読みに行かなければなりません。自分の庭の下の擁壁のことなのに、役所に出向かねばなりません。