絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

オザワ曰く

2013年10月19日 10時11分40秒 | Weblog
もう、二胡の演奏動画観すぎてアタマが変になりそう・・・
それでも決まらない、発表曲が・・・
まあどれでもおんなじなんだけど、、、
前回のように先生が決めてくださると楽だったんだけど。
難しくても弾けてなくても、たとえ他のが良かったと思ったとしても
選択肢がないほうが集中できた、これを弾くしかないって思えるから。
そもそも二胡のことよくわからないのだから、自主性もへったくれもないのでした~

去年のときは、発表会の際にほかの方から「みんなが知らない曲のほうがいいよ」って言われました。
下手さがごまかせるから?
そうでもないと思ったけど黙ってました。

全然知らない曲の場合、「曲になってない」ようなレベルだと本当に聞くに堪えない状態になりますが
自分の知ってる曲ならまだ聞けるんですよ、聴衆からしたらね。
知らない曲なら間違ってもわからない、というわけではないです、
やっぱり「間違えた」なら素人にも違和感があります。。。

というわけで、一生懸命やるしかないんですね、日本曲でも中国曲でも。



たくさん二胡の演奏動画を観て聞いて感じるのは、
同じ曲なのに、伴奏なんかもほぼ同じなのに、演奏者によって全然違うってことです。
音符は同じ長さで同じ音程、調も同じにしてあっても違うんですね。
それはなぜですかね?
演奏者がその音符に込める気持ちの違いなんでしょうか?

たとえばこれが「合奏」のスタイルをとるとします。
そしたらどうなるでしょう?
みな同じ感じになるでしょうか?


二胡の演奏で強弱長短も含めて淡々と演奏する方のを聞くと
「なんで長短・緩急・強弱がないのかな?そういうの無しで弾けるのか?」と
思うこともあります。
歌詞の有無に関係なく、メロデイそのものが持つ物語があるよね~とか思っていたら
とある番組で、かの有名な指揮者・オザワ氏が、オーケストラの人に向かって
「その音符の長さはいつも同じじゃないんだ!作曲家はそう書くしかないから書いてるだけなんだ!
どういう思いが込められてるかそれをわからなきゃ!」
・・・のようなことを怒鳴ってました。
その楽団はそのイベントのために集められた演奏者たちのようで
オザワ氏のイライラ!?が爆発して怖かったです。。。
そのとき指揮してた方も、肩をぱーんって叩かれて、心底びっくりしてたのが印象的でした。

練習すればするほど、そのメロデイが語る物語にさらに惹き込まれるような
そんな曲がいいなあ・・・しかも簡素なメロデイでね(笑)