つむじ風通信

「信州うらの畑」へようこそ!松代町は長芋の産地で歴史の山、妻女山(斎場山)は我が里山です。

新年登山「薬師山から妻女山」へ

2007-01-07 09:42:36 | 気まぐれ雑記


年が明けてしばらく穏やかな天気が続いていましたが、このせっかくの三連休と悪天候が重なってしまい今まさに外は雪がしんしんと降っているところです。おとといの5日に今日が一番の晴天だろうと思い地元の「薬師山」から上杉謙信が陣どった「妻女山」にかけて新年登山をしてきました。

12時過ぎに薬師の上り口からいきなり急な坂道を登りはじめ20分ほどで薬師堂に着きました。そこからほどなく行くと写真のように土口将軍塚がありその上を通り抜けて行きます。



当日は晴天だったので尾根左手には川中島平の全景と飯縄山が綺麗に見えました。季節柄、木々の葉がないので遠くまで見渡せ所どころの急な坂にも私だけ?ヘキエキしながらも時間的には快調なペースで尾根を縦走して行きました。



先ほどの将軍塚から尾根伝いに30分ほどで妻女山古墳に着きました。こんもりした小山の上には、少し窪んだところにタラノ木が20本ほど群生していました。どこの古墳もかつて墓荒らしで掘り返されたところが多いようで、ここもその為に窪んでしまったようです。

ここからはひたすら下り坂で妻女山の展望台の所まで20分ほどで降りていかれます。今回はここから忠魂社の前から付いている石段を降りて表参道の道を下って行きました。



帰り際、地元の会津姫神社に初詣でをし2時過ぎに家に着いたのでした。天気予報が当たったようで?まだ雪がどんどんと降り積もっています。今年始めての雪かきになりそうです。


(川柳)山歩き  食べたもちを  消化する!

   暖冬と  油断してたら  大雪だ!     FUKI


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6 コメント

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 (FUKI)
2007-01-07 10:02:35
年末年始にかけて山登りをしたのは、生まれて始めてですが今回そのおり感じたのは山に入る時の支度でした。着る物はどこかにオレンジ色を使うこと。これはもしハンターが入っていた時にハンターが着ているオレンジのベストと色が合うので目立つ上より安全が高まります。又雪山以外はやはり白が一番目立つ色だと思います。あとは頼りになる靴と動物避けの笛・鈴、食料などですか・・。事前の計画と一番は天気予報のチェックですが天候が少しでも悪い時は次回にしましょう。里山でも一度雪が降るとその様子は変りますので、とにかく山と海は侮る事なかれだと思いました。今回も猪だろう足跡がついていました。年末に40頭も仕留めたというのにまだまだいそうです
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今年は・・・ (toe)
2007-01-07 10:20:04
元気ですね!!やはり歩くことが大切ですね。今年こそはと毎年言ってばかりでは何も変わらないので、目標を決めて達成したら、自分にご褒美と・・私も頑張ります!!また機会があったら私も連れてってくださいな外は雪がしんしんと降っています。に行きたいですぅ!
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歴史の山 (MORI MORI)
2007-01-07 15:36:34
つくづくそう思いますね。川中島合戦で有名な妻女山ですが、その周辺は古墳だらけです。
こちらの秀逸なサイトをご覧あれ。更埴市の古墳群。
http://www.asahi-net.or.jp/~fx3j-aid/kofun/sonota/nagano/16_ksyk/16_ksyk.html
しかし、長野市が作った風林火山のサイトも間違っていますね。
http://www.furin-kazan.jp/nagano/
招魂社のあるところは陣馬平ではないというのに。
しかも土口将軍塚と妻女山古墳を混同しているようです。
これはなんとかしなければいけませんね。
謙信台と将軍塚は別物ですからね。
実際に現地を歩いて、地元の古老の意見を聞いて書いて欲しいものです。
歴史学会とやらは老人ばかりで山登りができないから、想像だけでものを書くのでしょうかね。
大河ドラマとやらで、また間違った戦国のイメージができあがってしまうのは、マジメに研究している歴史学者には本当に迷惑なことでしょう。
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歴史 (FUKI)
2007-01-07 17:17:51
昔の事は言伝えも大事ですが、伝言ゲームのように途中で内容が変ってしまう可能性もありなので古墳や城、地形など実際に現存するものと照らし合わせたほうが正確なんでしょうね。
今回は薬師山側から登りましたが、今度は妻女山側から登ってみたいです。toeさんkokuzoさんもご一緒しましょう。
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妻女山は赤坂山 (MORI MORI)
2007-01-09 08:11:48
地元でも招魂社のあるところを妻女山と呼ぶようになって久しいのですが、本当の名称は「赤坂山」で、妻女山古墳のある512mの頂が本来の妻女山だそうです。
「清野小学校開校百年誌」に書いてあります。現在は、それを編纂した方はみな亡くなってしまったので確かめる術はありませんが、清野村史には記述があるかもしれません。
おそらく、招魂社を建てたとき地籍名を決めるときに、妻女山としたのでしょうが、それが混乱の元になったと思われます。
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えぇ! (FUKI)
2007-01-10 11:37:48
赤坂山ってのは、初耳ですよ。ず~と妻女山と思っていたし第一山ってのはどこの裾野で名前を区切るんだか分からないですね。赤坂というのはこちらにも地名であるし、東京の赤坂始め全国にありそうです。地元、松代町は川中島の戦いと真田一族、佐久間象山、松井須磨子で有名でしたが「硫黄島からの・・」の栗林中将も今回知って地方から出て行って名を残した先人達が結構いたんだな~と改めて思いました。「お猿のかごや」の海沼実もいました。
今回の大河ドラマの「風林火山」で観光客が増えそうですが、他にない特徴を活かして町お越しをすれば良いと思うのですが・・。私が一押しなのは皆神山と松代温泉です。桃尻の様な山の形と全国でも類を見ないくらい多くの種類の温泉成分が入っている泉質ですが秘境と言えるほど山奥でないのが今ひとつ残念ですね。第2の黒川温泉になるには付随する条件が足りません。
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