蕎麦彷徨

ひとりの素人が蕎麦について考えてきたことを書きしるすブログ

蕎麦打ち (3)

2006-06-07 | 蕎麦打ち
この簡単な実験から、次の現象が生じていることがわかる。すなはち、蕎麦の粒子は水が自分のところまでくると、次の粒子に水を渡さずに、自分の中にその水を抱え込んでしまう。一方、小麦の粒子は、水がくると、自分の中に抱え込まずに、次の粒子に水を渡す。ここが決定的に重要なところである。また、蕎麦とうどんの打ち方が根本的に異なる点である。

蕎麦の粒子が水を抱え込みやすいということは、水に溶けやすいということでもある。水に溶け易い性質は「めん」の状態にしても変わらないだろう。だから、めんを茹でれば、湯の中に蕎麦の成分も溶け出す。それゆえ、私達は蕎麦湯を飲む習慣を持っているのである。換言すれば、蕎麦のタンパク質は水溶性であるということである。

うどんの打ち方は蕎麦のそれとは異なる。うどんは、粒子の表面まで水が来たとしても、その中心まで水を浸透させないので、外部から力を加える必要がある。だから、踏みつけたりするのである。さらには、寝かせておき、ゆっくりと水が粒子の中心まで浸透していくのを待つのである。

では、蕎麦を打つにはどのように加水、水回しをすれば理に叶っているのだろうか。

蕎麦打ち (2)

2006-06-06 | 蕎麦打ち
(一) 加水・水回しについて

水回しの重要性については、蕎麦打ちを始めると間もなく知った。同じ蕎麦粉でも、粉をよくかき回すか否かでつながりは違った。よくかき回す方が、つながりはよかった。だから、自分でもその重要性は身をもって知った。
その理由は、「蕎麦の細かい粒子の全てに水を回してやるからだ」と何度も聞いた。しかし、それでは私には理解出来なかった。

この疑問に対して、今となっては何で知ったか思い出せないが、ある時明解な解答を知ることになった。それは次のような簡単な実験であった。試験管を2つ用意し、1つには蕎麦粉を、もう一方には小麦粉を入れる。それらに上から水をそっと注ぎ、一夜置く。すると、蕎麦粉は小麦粉よりも水に溶けている部分が少ない。小麦粉の方が、水が長くあるいは下まで達しているのだ。

では、このことから何がみえてくるのか。

蕎麦打ち (1)

2006-06-05 | 蕎麦打ち
これから蕎麦打ちについて書き進めたい。
蕎麦打ちについては、今や、本当に多くの情報が、様々な媒体を通して得られる。素人でしかも特異な学び方をしてきた私が、蕎麦打ちの全ての流れに沿って解説するなど出来ないし、意味もない。それゆえ、私が、これまで見てきた蕎麦打ちの中で、疑問に思える幾つかの点にしぼって、出来るだけ理論的に述べていきたい。

それではまず、私の蕎麦打ちとの係わりについてごく簡単に触れておきたい。
私は、1990年頃より友人のNBさんと蕎麦打ちを始めた。間もなく、幸運にも偶然にある蕎麦屋のご主人が蕎麦を打つのを見せていただいた。驚くべき技術で、蕎麦粉のみで蕎麦を打っていた。その後、私が面白がって蕎麦を打っていた90年代は、プロの方の蕎麦打ちを見る機会はほとんどなかった。参考にしていたのは、片倉康雄さんの『手打そばの技術』と『そばの基本技術』の2冊の本であった。特に、片倉さんの本は蕎麦を打つときに見ると粉だらけになってしまうので、コピーをして絶えず参考にした。

とはいえ、ただ一人で蕎麦打ちを進めたのではなく、同時に始めたNBさんの蕎麦打ちは見て学んできた。もっとも、彼の方が、私よりも何に頼るでもなく自分の感性のみで蕎麦打ちを修得するしようとしていたが・・・。
皮肉にも、私が蕎麦打ちをあまりしなくなった最近は、蕎麦打ちについてテレビでも活字でもウェブサイトでも実に多くの貴重な情報が得られるようになった。




石臼 (43)

2006-06-03 | 石臼
これまで石臼づくりで重要なポイントを述べてきた。
最後に、友人のNBさんより教えられた1つの大切な点を付加しておきたい。

石臼は性能のよい優れた臼を作って、余裕をもって使うのがよいということである。
20メシュの篩で90%の歩留まりの粗挽き粉がほしいとしたら、それを満たす石臼を作ればよいのではない。例えば、40メッシュで90%の歩留まりの蕎麦粉が得られる石臼を作ることだ。そうすれば、より多くのソバが投入できる。その結果、上下臼の間には、特に熱の主な発生源である接合部には、より多くの粒子が挟み込まれて、熱の上昇を防いでくれる。これによって蕎麦の香りの損失を減少させることができる。だから、精巧で緻密な石臼を作ることが決定的に重要なことなのだ。

最後にまとめの意味でよい石臼の条件を箇条書きしておく。(「石臼」の第11回の条件をさらに発展させたものである。)
① 上臼の偏平率を20%あるいはそれ以下にすること。
② 目立て(台地の部分を粗面にすること)を完全にすること
③ 粉が臼内に留まる時間を出来るだけ短くすること
④ 乾燥率が18%の玄ソバでも挽けること
⑤ メッシュ60の篩で95%の歩留まりも可能なこと

次回からは「蕎麦打ち」について述べていきたい。




石臼 (42)

2006-06-02 | 石臼
私は、「目立て」の本質を、前回まで述べてきたように考えているのだが、この国では「目立て」あるいは石臼について重大な誤解が存在する。今回はその問題について検討してみる。

三輪先生の目立ての引用文の中に「微妙な粗面」という言葉がある。この粗面は石材の世界ではビシャンという。このビシャン仕上げには、同じ呼称のビシャンというハンマーを用いる。このビシャンは小さなピラミッド状の突起が打面に並ぶハンマーである。これで、臼面を正確に叩けば、小さな窪みができる。これは切れる臼の「目立て」ではない。「粗面」=「ビシャン」=「ハンマーのビシャンで叩くこと」というのは大きな誤りである。

石臼の世界で以前より理想的な臼石として「蟻巣石」(安山岩)が神話の如く語られている。これは小さな穴あるいは「ウロ」があるために、熱を持ちにくいというのが、その主張の最大の根拠である。しかし、「ウロ」がある石で精巧な目立てができるだろうか。副溝に沿って小さな傷跡を残すことが「目立て」の最大のポイントであるはずなのに、「ウロ」があってはまともな「目立て」など出来まい。私には不可能としか考えられないのである。

その上、逆ではないかと思えてしまう点がある。小さな穴、「ウロ」があっては熱を籠もらせてしまうのではないか。登山家の衣類や一般の下着にも空気を留めおく部分をつくり、熱を逃がさない工夫をしているではないか。

私は、臼には安山岩のような火山岩ではなく、深成岩の方が適していると考えている。なぜならば、深成岩はマグマが地中深くでゆっくりと冷え固まるために、等粒状組織を持つからだ。

目立てについての誤解や理解不足があまりにも多い。今まで指摘した他にも重大な問題がある。目立てのことを再考することから、石臼作りを改めて始めることが必要ではないかと、私は考える。

石臼 (41)

2006-06-01 | 石臼
コヤスケで台地をどう叩けばよいのか。

まず、粒子が掻き上げられる側の3分に1程に、次の3つのことを行うことだ。
第1に、台地の角を少し多めに叩き、わずかに下げ粒子が噛み込まれ易くすることである。
第2に、粒子が掻き上げられる側の斜め上方から、コヤスケを打ち下ろすことである。こうすると、臼面に出来た「刃」が蕎麦の粒子に鋭く向かうことになる。
第3に、副溝に平行でなく少し角度をつけて、コヤスケを叩くことである。狙いは2つめと同じである。

台地の残り3分の2は、コヤスケを真上から副溝に平行にして打ち下ろし、まさに切れる臼面を作るようにすればよい。

目立てがよくできているか否かを判断するには、台地の表面を指の腹でそっと撫でてみる。ざらざらと、ひっかかりがあればある程よい。副溝に沿って撫でる時よりも、それに直角に撫でる時の方が、よりひっかかりが多いと感じられるのがさらによい。

台地にこのような目立てをして始めて、「石臼」のはじめで述べた、上臼が平たく軽くできる。すなわち、上臼の偏平率が20%でも、丸くない、角ばった、大小様々な細かい粒子からなる蕎麦粉が得られるのである。これが理想の石臼である。