ぐるぐる自転車どこまでも

茨城県を自転車で散歩しながら,水戸藩の歴史について考え,たまにロングライドの大会に出場,旅する中年男の覚書

道に迷う楽しみ

2013-04-28 18:23:16 | 自転車
サイクリングの途中、ときどき、わざと知らない道を選ぶことがある。
すると、迷子になる。
どうしようと困る。

自分の直観を信じて、悪戦苦闘しながら道を探る。
とうぜん、間違うこともある。

そんなときは、
出会った人に素直に道を尋ねる。

すると、いろんな人がいる。
見るからに親切な人。
見た目はぶっきらぼうな感じなのに実際話してみると、意外に親切な対応なので、こちらがあれっと驚いたり、
変な奴に話しかけられた、どうしようという感じで、おっかなびっくり、焦りながら教えてくれる人もいたり、
こちらの姿格好に好奇心いっぱいで、質問責めにしてくる人。
これでも食べなよと、お菓子や飲み物をくれる人。
そんなことが楽しくて、つい知らない道に迷い、人に道を尋ねるのだ。

これまで出会った人は、すべて親切だった。
相手も土地の人ではないため、道を知らなかったこともあったり、教え方がわかりずらい人もいたりした。
知らない人から、突然、道を聞かれて、何事かとびっくりすることだろう。
しかし、道に迷っているのだとわかると、誰もが一生懸命に答えてくれる。

人には、困っている人を助けようとする心があるのだと実感する。
人の優しさにふれることができる瞬間だ。

まっすぐにゴールを目指すだけでは、こんな出会いはおこらない。
迷うことも楽しい。
自転車は、こんなことも楽しみであったりするのだ。

久慈川サイクリング~下小川から久慈川河口

2013-04-28 06:22:42 | 自転車
昨日のサイクリングの写真である。

朝、バイクを積んで水戸駅まで移動。


水戸駅のペデストリアンデッキで、水戸黄門ご一行様と記念写真


輪行のために前輪後輪をはずして紐で縛る


モンベルの輪行袋。すっぽり上から被せるタイプ。簡単だが横置きタイプなので、スペースをとる


改札口を通過し、エレベーターでホームに下り、水郡線の列車に。カラフルな車両です


ワンマンのことが多いので先頭車両に乗る。先頭車両のフロントガラスからこれから行く先の線路がまっすぐ伸びているのが目える。


下小川駅。無人駅。
水郡線は、駅に着いてもドアは自動では開かないので注意。ドア付近に押しボタンがあるので、忘れずに押すこと


下小川の里山。柔らかな緑。穏やかな空気


久慈川の流れ。穏やか。


辰口親水公園。家族連れが多い。ローディーが3人いた。


親水公園の花


沈下橋。風が強いと落ちそうになる。


別の沈下橋。木造。時代劇に出てきそう。


沈下橋の上で。この橋の上も自動車が通る。怖い。


久慈川、常磐線の鉄橋と菜の花公園。


久慈川の赤い橋。ここが久慈川サイクリングコースのスタート地点。


この後に輪行予定だったが変更して、水戸まで走って帰った。

この他にもたくさん写真を撮ったのだかデジカで撮影時したので、アップしづらい。

平坦でほとんど下り。
50キロくらい。
山方宿を過ぎて、照山方面に向かうところ、親水公園の手前でちょっとした坂があるくらいで、後はフラット。
景色もよく、走りやすく初心者向けのコースだろう。
なお、疲れたら、常陸太田市の河合駅から輪行で戻ることもできる。

水郡線輪行で久慈川を走る

2013-04-26 21:29:22 | 自転車
明日は、O君を誘って、ほぼ半年ぶりのサイクリング。

水戸駅に集合。
水戸駅から水郡線を利用して、輪行で、下小川駅へ移動。

下小川駅は無人駅なのだ。
水郡線は、ワンマン運転なので、バスと同じように乗車するときには券をとる。
そして、降りるときは、運転士のところで清算して下車する。
スイカは使えない。

下小川駅から久慈川の流れに沿うように太平洋まで下る。
河口まで川に沿った道はないので、ところどころ川から離れたりはするが、基本は農道や川沿いの堤防の上のサイクリングロードを利用する。

今は、なんといっても草花や緑が美しい。
久慈川が蛇行しながら流れていく風景は素敵だ。
田植え前の水を張った田んぼも鏡のようにキラキラと空や里山の風景を映し出す。
たぶん、明日も、トンビたちがのんびりと空を舞っているはず。

今回の目玉は、なんと言っても、スリル満点の沈下橋。
手すりがないので、落ちそうな気がする。

明日は、3~4本の沈下橋を渡る予定だ。

今夜は雨が降っている。
久慈川は大雨がふると増水し、沈下橋は濁流にのみこまれて、流されてしまう。
適当な雨だと、橋のすぐ下まで濁流がやってきて、ゴォゴォとものすごい迫力。

のんびりと川沿いを下り、最後は、久慈港のお魚センター付近で、おいしいお魚を食べるつもりだ。
その後は、太平洋を眺めながら、ゆったりとお風呂につかる。
多賀駅あたりから水戸駅まで戻る予定。

まあ、あくまでも予定なので、
もしかしたら、ルート変更して山岳コースへ突入し、気分はツールドフランス的なものになるかもしれない。
その場合、水府や常陸太田の名も無き峠にアタック。
そして、常陸太田付近の蕎麦屋かうどんのいずみ屋で麺を食べよう。
両脚をプルプルとけいれんさせながら、常陸太田駅から電車で水戸へ帰ることになるだろう。


タロコ渓谷への旅~天祥から慈雲橋

2013-04-22 20:18:18 | 自転車
タロコ渓谷は、壁のような山々に両脇を挟まれた渓谷である。
天祥までは、ほぼ渓谷の底を流れる川のそばを川に寄り添うように道が走っていた。
しかし、天祥を過ぎると、横貫道路は高度を上げていく。
次第にそれまですぐそばに川が見えていたのがずいぶんと下に見えるようになってくる。

天祥の小さな集落を出ると、すぐに上り坂が始まる。
斜度はおよそ6%くらいだろうか。
予想外にきつい感じがする。
スタート地点からすでに上りが始まっている。
軽めのギアでクルクルとペダルを回すように漕いで行く。
スピードメーターを見た。
時速8キロ。
遅い。
遅すぎる。
予想では、時速10キロくらいは出せるはずだったのに、なんと言うことだ。
目的地の武嶺まではおよそ65キロ。
このペースだと8時間かかる。
途中、合計1時間ほど休憩や食事などを見込んでいる。
しかし、この先にもっと斜度のきついところがある。
それを考えると、やはり時速10キロはキープしたい。
しかし、あまり無理をすると途中でバテテしまうかもしれない。

天祥のすぐ上には、文山温泉がある。
渓谷の温泉宿だ。
そこを過ぎると長い泰山隧道がある。
このトンネルは、片側1車線あり、中に灯りがついていた。



トンネルを過ぎて、しばらく走るとヘアピンのようなカーブがある。
そこを曲がると、今まで上ってきた道が左下に見える。



台湾は右側通行だから自転車も右側を走る。
右側は、岩を削り取った崖であり、ゴツゴツと削られたままの岩肌を荒々しく見せている。
ところどころに、小さな石が落ちている。この感じだといつ落石してもおかしくない。
できれば、あまり右側の岩肌沿いも走りたくない。
たまに、左側へ寄ってみる。

左側は谷底なのだが、さきほどまで懸命に上ってきた道や谷底がほぼ真下に見えるのが面白かった。
自動車が来ないことを確認しながら、左のガードレールの近くを走り、底を覗いた。
しかし、このガードレールの下は何百メートルもの谷底だ。
落ちたらただではすまない。
こんなに高度があり、崖で落差があるところの、谷側を走った経験はない。



すごいところを走っているのだと実感する。
まるで、ツールドフランスのコースを走っているような気分になる。
ただ、ツールドフランスの選手のように力強くはなく、かなり息があがってきていた。

心拍数は、もう140を超えてしまった。
これは、いわゆるLSDの領域を超えている。
あくまでも私の場合だが、140くらいだと脂肪の燃焼率は25%くらいになる。
たとえば、この上りで1時間に400Kcal消費したとする。
100kcalは脂肪を燃焼させてまかなうが、残りの300kcalは糖分を燃焼させてエネルギーを作るということなのだ。
コンビニのおにぎり1個で約160kcalだから、このペースの走りでは1時間に2個のおにぎりを燃やしていることになる。

案の定、1時間もしないうちにお腹がすいてきた。
パワージェルを1本摂った。口の中にものすごい甘さが広がる。
これでしばらく持つだろうと思ったが、20分もしないうちにお腹がすいてきた。
追加でもう1本パワージェルを摂る。

そうこうしているうちに次第に景色が変わる。
それまで両側に岩の壁だったのが、緑の木々の谷に変わり、川底が道路から見えなくなっていた。

ある程度進むとカーブのところに休憩所のような展望台のようなところがあった。
山の横に雲が浮かんでいる。
遠くの谷底にほんの小さな塔と橋らしきものが見えた。
見覚えがある。
天祥だ。今朝、出発したところだ。
約1時間で500mは上っただろうか。



写真を撮るくらいで出発する。
そこを過ぎるとやや勾配がゆるくなった気がする。
4%くらいだろうか。
坂を上るというよりも山を横切っていく感じがした。

途中、道路工事の事務所があった。
洛韶というところだ。標高は1117m
そこを過ぎるとまた勾配が少しずつ急になった。

1車線で交互通行しかできず、まったく灯りもなく、真っ暗で先がまったく見えないトンネルが現れた。
おそらく手作業で掘り進めた当時のままのトンネルなのだろう。
真っ暗なトンネルの中で、自分の自転車のライトが照らし出すわずかな場所だけを見てると、上下左右の感覚がわからなくなり、倒れそうになる。
日本のトンネルはでこんな経験はない。正直、危険を感じた。
こんなに暗く狭いトンネルを通っている最中に対向車などがきたら、アウトだ。





車はほとんど走っていない。
そういう意味では走りやすい。
10分に1台くらいだろうか。
すれ違うよりも、追い抜いていく車が多い。

だんだんと標高があがるにつれて、雲の位置が変わり、かなり上にあったのが斜め横上になってきた。
今日は曇りか雨かという予報だった。
しかし、ところどころ雲の切れ間から太陽が顔を出し、山々の緑を鮮やかに照らす。
次第に緑が濃く、多くなってきた。
森の小鳥たちのさえずりが心地よい。
なんという鳥かはわからないが、南方的な陽気な感じのさえずりなのだ。
耳を傾けると、たくさんの種類の鳥たちがにぎやかにさえずっている。


こんな豊かな自然の中を一人で走るなんて、とても、贅沢だ。
緑の中に真っ赤な慈雲橋が見えてきた。





久慈川を走ろう

2013-04-21 05:44:50 | 自転車
これといった名所名跡があるわけではない。
田んぼと川だけ。
意地悪くいえば、ただの田舎の田園風景がどーんと広がっているだけだ。
しかし、ここには、田んぼや里山を背景とした集落があり、田舎の原風景がある。今は近代化して失われた農村のどこにでもあった懐かしいような感覚を味わうことができる。

久慈川サイクリングロードは、堤防の上に造られたコースなので、高さがあり、視界を遮るものがないので、見晴らしがいい。これはどんな感じかというと、田んぼの植えを飛ぶ鳥の視点である。飛行機ではない。鳥たちはこんなふうに風景を見ながら生活しているのだと思うと何だか楽しくなる。

久慈川サイクリングロードは、舗装されており、海側の約17キロは幅が広く子どもでも、走りやすい。
ここを走ると、堤防を走ったり歩いたりしている子ども連れの家族、堤防の斜面に咲く野の花、鳥たち、田園を吹く爽やかな風、遠くに見える山、まるで江戸時代にでも戻ったかのような木造橋、いろいろとある。

久慈川の赤い橋、この橋の下に駐車できる。橋の日立市側の終わりで上流側へ直角に曲がる。


案内板


レンタル自転車が多数。
ママチャリでまったり走るのもいい。


幅が広い。安全。


上流に向かうと木造橋がある。
途中にも、川が増水すると沈んでしまう沈下橋がいくつかある。沈下橋には手すりがないのでスリル満点。


川鵜
久慈川には、白鷺、鳶などが生息している。











タロコ渓谷への旅~武嶺へ出発

2013-04-18 11:06:39 | 自転車
ビールの酔いの勢いで眠りについたものの、うつらうつらしていた。
明日の挑戦のことがあるので、知らずに興奮してしまい、どうも眠りが浅い。
激しい雨音が聞こえる。
明日も雨だろうか。激しい雨にならないで欲しい。
いろいろと考えているうちに意識を失ってしまった。

朝5時に目覚ましをセットしておいたが、4時には目が覚めてしまった。
運動会の前の日の小学生の気分だ。
それでも寝不足になるのはいやなので、ベッドの中で寝返りしながらウトウトしていた。
そうしているうちにiPhoneから目覚ましのアラーム音のタッタタンタッタラタンという音が聞こえてきた。
ようし。起きるぞ。
部屋の明かりをつけた。
窓のカーテンを開くと、外はまだ真っ暗だ。
天気が気になる。外の暗闇に目をこらし、耳をすます。
雨音はしない。暗くて見えないが、外の雨は止んだようだ。



サイクリングウエアに着替える。
昨日、宿に着いてから汗まみれになったウエアを水洗いして、部屋のエアコンの前に干しておいたのだ。
手にとってかわk
完全に乾ききってはいないが、ほとんど乾いていた。
目的地の標高は3000mを超えるので、気温は5度以下になる。
寒いだろう。
ウエアは、ロングタイツ、ロングスリーブにした。
今日の予報も雨だ。
レインウエアとシューズカバーも持参することにした。



昨日、出会ったサイクリストはエネルギー切れになったと言っていたことを思い出した。
ハンガーノックだ。
完全にハンガーノックになった経験は無いが、何も食べずに2時間くらい走ったときに力が入らなくなってきて、あせったことがある。こんな場所でハンガーノックになったら大変だ。
いつもは、日本で友人と走っているが、今回は一人旅だ。
サポートしてくれる人がいない。
しかも、目的地までのルート上に食料を補給できる場所はない。
ものすごい山の中なので、店がほとんどないのだ。
自動車だってそんなに頻繁に通るかどうかわからない。
ハンガーノックになることだけは避けなければならない。
いろいろと考えながら
日本から持参したエナジーのジェルを背中のポケットに突っ込む。
1本およそ160Kcal。たぶん、6本くらいあれば十分のはずだ。

次は、朝飯だ。
残念なことに、こんなに朝早く、宿の朝食会場は開いていない。
しかし、待っていたのでは出発時刻が9時を回ってしまうだろう。
そうなると、目的地の到着予定時刻は午後5時頃になってしまう。
帰りは、真っ暗闇の中をえんえんと下ってこなければならない。
いくらライトをつけるからといっても、細かい落石や穴があったら事故を起こしかねない。
6時の出発のためには、朝飯は自前でとらなければならないのだ。
そのために前夜、宿の売店でカップラーメンを売っていたので1個だけ買っておいた。
カップラーメンの包装をはがして、お湯を注ぎ込む。
スープの粉や薬味を入れながら、こんなに早朝からカップラーメンを食うなんて、生まれて初めてのことだなと思った。
どう考えても、カップラーメンは朝飯にあうとは思えない。
しかし、売店に朝飯にぴったりのものはなかったのだ。
これなら、天祥にくる前に、最後のコンビニでパンとかお握りとかカロリーメイトとか買っておけばよかったなと悔やみつつ、ほどよく柔らかくなった麺をズルズルとすすった。

カップ麺を完食したら5時40分頃となっていた。
さあ、部屋を出よう。
ヘルメットや簡単な備品、ミネラルウォーターのボトルを抱えて、自転車置き場へ向かった。
自転車の鍵を外して、玄関へ移動する。
朝早いので、フロントには誰もいない。
手を伸ばして部屋の鍵をカウンターの向こう側へ置いた。
玄関のドアは、空いている。
早朝出発する人もいるので、24時間、玄関のドアは開けておくのだとフロントの人が昨日言っていた。

自転車を押して、外へ出る。
まだ明るくなってはいないが、ライトをつけなくとも路面が見えるくらいにはぼんやりと明るくなってきた。
昨夜の雨で路面が濡れている。
自転車にまたがって、深呼吸してみた。
雨と植物のやわらかく甘いかんじの香りが鼻腔をくすぐる。
見上げると、左右の山々の木々の葉が雨に濡れてみずみずしい。
タロコ渓谷の上を覆っている雲が動いている。晴れ間はない。

ハンドルを握り、右足を踏み込む。
ゆっくりと自転車が動き出す。
安定したら、左足をペダルの上に置く。
カチャと音がした。
ビンディングにセットされた音だ。

外は明るくなってきた。
ゆっくりと右左と交互に踏み込む。
さあ、武嶺へ出発だ。













タロコ渓谷への旅~武嶺へ挑戦前夜

2013-04-15 19:49:34 | 自転車
台湾人のサイクリストと別れて、宿泊先の救国団青年活動中心へ戻った。
夕食のときは、若くさわやかなオーストラリア人カップルと同じテーブルになった。
白人にはコンプレックスを感じてしまい、どうも腰がひけてしまうのだが、にこやかに挨拶をした。
そして、旅人同士のたわいもない会話を楽しんだ。
iPhoneを持っていたので、食事をしながら中に入っていた家族や日本の写真を見せたら、とても喜んでくれた。
多少大げさに、オゥとか言ってくれたので、こちらも調子に乗ってしまった。
彼らは仕事のために住んでいるのは香港で休暇をとり、タロコ渓谷のハイキングを楽しむためにやってきたという。
知的でしかも柔なかさもあり、とても感じがよかった。まさに理想のカップルだと思う。
いっとき会話を交わしただけだが、彼らの末永い幸せを祈ってしまった。
幸せな人と会うと幸せな気持ちになれるというがそれは本当のことだ。

夕食を食べてから、青年活動中心の売店に立ち寄った。
明日は、早い。
6時には出発する。
宿の朝食はとることができない。
自前で朝食を用意するしかない。
売店で物色してみたが、朝飯向きのものがない。
考えてみれば当然のことだ。宿泊する人はほぼ全員が提供される朝食をとるのだから、朝食にふさわしいものは売れるはずもない。
売店には夜食用のカップラーメンが何種類か置いてあった。
置いてあるものから選ぶとしたら、朝食はこれしかないだろう。
朝からカップラーメンはないだろうと自問したが他に適当なものがないからやむを得ない。
結局、カップ麺と、ミネラルウォーターを買った。

部屋に戻り、ベッドに横になりながら、「東西横貫公路」のパンフレットを眺めて明日のことを考えた。
天祥から武峰までは約67キロらしい。
天祥の標高は480m
武嶺の標高は3275m
かなりの上りとなる。
事前の計画では、時速約10キロで、7時間、これに休憩の2時間を加えて、合計9時間で到達すると見込んだ。
地図を見ると、
食事ができそうなところは、天祥をでると碧緑神木しかなさそうだ。
ここは、天祥から約40キロ先にある。
次は、関原で、碧緑神木から約10キロ先だ。
その次は、大兎嶺で、関原から約5キロ先。
その後、武嶺までは2カ所ほど食事できそうなところがありそうだ。

台湾人サイクリストが言っていたことを思い出した。
天祥を朝9時に出発したが、途中でダウンしてしまって、通りがかりの車をヒッチハイクして関原にある救国観雲山荘に運んでもらったと言っていた。
そこに運ばれたのは午後5時だったらしい。
エネルギー切れだと言っていた。
今回は、携帯用のパワージェルを持参してきた。これは1つで約160キロカロリーあるが6袋持参してきた。
1時間に一袋を摂取したとして6時間は持つだろう。
なんとか天祥から約40キロ先の碧緑神木に到着できるはずだ。

しかし、地図を見ると、明日の道はかなりうねうねしている。
相当にきつい傾斜なのだろう。
どのくらいきついのか。でも、やれないことはないはず。
明日は見たこともない絶景が待っている。
最高標高地点の武嶺に到着して、記念写真を撮る姿を想像してみた。
かなり消耗し、ヘロヘロになるが、充実の瞬間だろう。

想像しながら、ベッドの上で台湾ビールのプルをひいた。
一人だけの前夜祭だ。乾杯!
プシュっという音がして、泡があふれる。
缶に口をつけて、ゴクゴク飲んだ。
少しすると、酔いが回ってきた。
酔いが回るにつれて、自分がいっぱしの冒険家にでもなったような気がしてきた。
アルコールの影響だ。
明日は5時に起きなきゃいけない。
今日は、もう眠ることにしよう。













タロコ渓谷への旅~サイクリストとの出会い

2013-04-13 16:03:00 | 自転車
おっ、サイクリストだ。
花蓮から天祥まで走ってきて、初めて見たサイクリストだ。
なんだか嬉しくなった。

彼は、自転車を立てかけ、その前に立ち、ポールの先にカメラを取りつけて、自身と愛車を撮影しようとしている。
車種はマウンテンバイクで、リアキャリアにバッグをつけている。
ヘルメットの上にバイザーをつけ、上半身は赤で下半身は長めの黒のサイクルパンツ、シューズは履かずにサンダルを履いていた。
年齢は遠めには、わからない。

もしかすると、彼は私の明日のサイクリングの目的地の武嶺から下りてきたサイクリストかもしれない。
そう考えると猛烈に興味が湧いた。

とりあえず、彼に声をかけてみよう。
で、
どんな風に声をかけたらいいか、もし嫌がられたらどうしようかとも考えた。
しかし、そんな気持ちを振り切って声をかけることにした。
私は右手には、缶ビールを入れたビニール袋を持っていたので、左手を軽く挙げて笑顔で「ハ~イ、ハロー!」と声をあげながら、彼に近づいていった。
いきなり、声をかけられたためか彼は驚いたように振り向いた。
安心させなきゃ。まずは彼の写真、撮ってあげよう。
そこで、英語で
「アイルテイクユアピクチュア、オッケ~?」
と発言した。

彼は人なつこそうに、ニコッと笑顔を返してくれた。
「サンキュー」
やった! いい人らしい。楽しく話しができそうだ。
カメラを受け取って、彼に自転車の側に立ってもらい、そして「3.2.1」という掛け声とともに、シャッターを押した。
いい笑顔だ。
作り笑顔じゃない。本当に嬉しそうだ。こっちまで嬉しくなってくる。

さっき、購入したばかりの地図を示しながら
「今日はどこから出発したんですか?」
「この道の上の方から出発して武嶺へ行ってから折り返しておりてきたんだ」
「私も明日武嶺へ行こうと思っているんですよ。この先の道はどうですか?」
「ものすごく大変だった。ものすごいハードなチャレンジだったよ。昨日、天昇の青年活動に宿泊して朝9時に上り始めたんだ。きつかった。途中で、ダウンしてしまって、通りかかった車をヒッチハイクして助けてもらった。それで上のほうの宿泊所まで運んでもらった。もう、全然、エネルギーがなかったよ」
「そんなにハードなの」
「うん。上りがとても急だし、長いし、おまけに途中にお店がない。食べ物が手に入らない。それで僕は失敗した。エネルギー切れで体が動かなくなった。で、助けを求めた。」
親指をたててヒッチハイクする動作を見せてくれた。
「私は、折りたたみの小径車で上ろうと思っているんだけど」
「それはすごい。上れたらスーパーマンだよ。僕はだめだったけど。アドバイスとしては荷物はできるだけ持たないこと、軽くすること、エネルギー切れにならないようにしっかりと食べ物を準備することかな」
「武嶺の写真は撮ってきたの? よかったら見せてくれないか?」
「いいよ、見てくれ。」
彼は撮影したデジカメの写真を見せてくれた。
そこには武嶺の写真があった。
霧の中の武嶺の記念碑の前で撮影したものだ。
それを見せながら、彼は誇らしげに武嶺が台湾の道路の最高標高地点であること、そこへ自転車で上ることがいかに大変であるか、その偉業を達成したことを熱を込めて語ってくれた。
そして、次々と写真を見せてくれた。
どれもすばらしい写真だ。
しかし、残念ながら、ほとんどの写真が霧のなかの風景だった。
彼は、「昨日今日と雲が多い、霧の中を走ってきたんだ」という。
「でも、霧の雲を抜けると最高の景色が待っているんだ。あなたも明日がんばれ。すごい景色が待っているから」
と元気づけてくれた。

やはりお互いにサイクリストなのだ。
言葉は不自由だが気持ちはちゃんと通じ合っている。
私は、彼のチャレンジに敬意を払い、彼は私の明日のチャレンジを応援してくれている。

けっきょく、30分も立ち話をした。
最後はお互いに健闘を祈り、がっちりと握手をして別れた。
とても、いい時間だった。











タロコへの旅~天祥青年活動中心

2013-04-08 18:10:32 | 自転車
天祥は、谷間の小さな街である。
いや、正確に言うと街ともいえないくらいに小さい。
まず、街を作ろうにも平地がない。
ホテルや売店などが谷にできたわずかの緩やかな傾斜地を削ってどうにか立っている。
このような場所に、人は住めるのか、民家はあるのだろうかと思った。
ゴツゴツした岩山の奥深い谷底には畑がない、農業はできないだろう。
川は流れているが川魚を捕って生計を立てることも困難だろう。
壁といってもよいくらいの傾斜地では林業も無理だ。
このように考えていくと、少なくとも天祥の人々は観光で生計を立てるほかはない。そう考えると、天祥の歴史は道路開通以降だろう。

今回、宿泊したのは、天祥青年活動中心というところだった。
場所は、すぐにわかった。ここには、平地がなく、建物が数少ないので迷うことがない。
観光案内所と警察の連絡所をすぎて、すぐに左に坂をあがった所にある。
かなりの急勾配だったが、おりて押して歩くのが癪だったので、ダンシングでなんとか上りきった。
折りたたみ自転車は、どうもダンシングがしずらい。
左右に自転車をふりにくい。タイヤが小さいぶん、挙動が不安定になる。
だから、ダンシングといっても、ロードバイクのようなダンシングはできない。
左右に振らないダンシングという妙なダンシングになってしまう。

入口の坂


坂を上りきると、建物が見えた。
雰囲気はホテルというよりも、ユースホステルの大きなもの、あるいは日本の公共の宿のようだった。
何人かの青年グループがアクティビティをして歓声をあげていた。
玄関に自転車を止めて、荷物をおろす。
最初に悩んだのは、この自転車をどこに置くかだった。
駐車場を見るとどこにも自転車は置いていなかった。
もしかすると、部屋に持っていけと言われるのだろうか。外に置けと言われるのだろうか。
いろいろと心配しながら、チェックインすると、お姉さんから自転車は1階のフロアの奥の自転車置き場に止めるように言われた。
指定された場所へ自転車を持っていくと、すでにマウンテンバイクが4台固定されていた。
いずれもGIANTだ。さすが台湾である。
自転車置きは、前輪を入れるものであった。そこに前輪を突っ込み、持参した鍵をかけた。

宿泊したところ


自転車置場



ところで、
自転車大国となった台湾であるが、自転車泥棒もすごいらしい。
台湾在住の日本人から台湾では自転車はすぐに盗まれる、鍵をかけていても盗まれるから注意するようにアドバイスを受けた。
どんなにガッチリした鍵をかけても、狙われたら絶対に盗まれてしまうという。
その人は、盗まれてからは鍵をかけずに自転車を止めるようにしているという。
そのほうが、盗まれないか緊張して自転車を見ることになるし、盗む方も鍵がかかっていない自転車ならすぐに持ち主が戻ってくると考えるので盗まれにくいという。
そのあたりの台湾での真偽のほどはわからないが、気をつけるにこしたことはない。
ただし、ここは、ユースセンターで、しかも室内に自転車を置くのでまず盗まれる危険性はほとんどないと思った。

ところで、ここの宿泊料だが、為替相場が変動しているので、一部屋3000NTD、日本円で8000円~9000円くらいだろうか。ツーベッドルームで、トイレ、シャワー付き、液晶テレビ、エアコンがついていた。
高級な部屋とはとてもいえないが、それなりに清潔な部屋であった。
この価格で、朝飯がついている。夕食は、ついていない。記憶では日本円で600~800円くらいでディナーセットが頼める。
ディナーセットといってもプレートに4品くらいの中華料理とご飯が載せられており、それにスープがつくらいでなので、大学の学食のようなものを想像してもらえばよい。夕食を天祥の他の場所で食べられるかだが、それは難しい。飲食店がないのだ。普通の街なら、飲食店があるだろうが、ここの街には夜に飲食店の経営を成り立たせるほどの客が来ないのだ。必然的に、それぞれの宿泊先で夕食をとらざるを得ないことになる。

宿泊代金は、必ずしも安いとは言えないかもしれないが、有名な観光地の宿でインターネットから簡単に予約可能な宿はこの青年活動中心と高めのリゾートホテルしかない。
今回は、3月30日、31日と宿泊したが両日ともシーズンオフだったためか、宿泊客はそれほど多くはなかった。

食事の場所


食事


チェックインをしてから、デイバッグを抱えて、部屋に入り、シャワーを浴びた。
雨の中レインウエアを着て走ったので、体が汗まみれになっていた。
暖かいシャワーがとても心地よい。
生き返った感じがする。

まだ夕食は午後6時からだ。
3時には宿についてしまったのでシャワーを浴びてからも、時間があったので近所を散歩することにした。
まずは、天祥の観光案内所へ行ってみた。
そこでは、いろいろな観光グッズが販売されていた。
私は、その地域しかないものを見ると無性に土産に欲しくなってしまう性質である。
とくにカラフルな花蓮族の刺繍のバッグなどは欲しいと思った。
もう少しで買うところだったが、すんでのところで踏みとどまった。
まず土産を買うと荷物が多くなる。
今回はサイクリングの旅なので、荷物は厳選してきたが、それでも台北の友人からお茶のでかいものを土産にいただき、デイバッグがパンパンに膨らんでいた。もう限界にちかい。
また、飾り物としては面白いけれども、この刺繍バッグを日本に帰ってから本当に使うのかと考えるとどうも使い道がなさそうだ。
所有欲は高まっているのだが、結局、欲しいと思うだけで我慢することにした。
その他に、あれこれ眺めていて、結局、購入したのは中部横貫公路の折りたたみパンフレットだ。
これには公路の工事の苦難の歴史が中国語で書かれたものである。
地図と写真があったので、なんとなく中国語の文章も意味が伝わってくる。
こんな地図があれば、明日のサイクリングのイメージトレーニングをするのによい。
価格は日本円で60~80円。


これを買って、外に出て、向にある小さな売店に入ってみた。
明日は早起きする。早めに寝るためにビールを買いたかったのだ。
この売店で2本のビールを買って外に出たら、すぐ近くにサイクリストがいた。
おおっ、仲間だ。

タロコ渓谷への旅~天祥へ

2013-04-07 16:11:40 | 自転車
雨が降っていた。
花蓮空港に着陸する前に、上空から花蓮の様子が見えたのだが、雨雲に覆われていて、道路は濡れて黒かった。
ざあざあ振りではないが、レインウエアを着ないと辛い。
空港のロータリーをぐるっと回って、国道9号へ向かうと、最初のT字路交差点があり、そこで赤信号待ちをした。
いよいよ台湾の道路を走るのだが、路面は大丈夫だろうかとか自動車の走りに危険はないだろうかとかいろいろと考えてしまった。
はじめての地域の道路を走るときは、どうしても気持ちが用心深くなる。

ゆっくりとした赤信号が青に変わるのを待って、最初の交差点を右折し、国道を走りだす。
台湾の国道を走るのは初めてだ。
片側が3車線ある。
真ん中寄りの車線を大きなトラックやバスが勢いよく走っている。
自分は、いちばん右側を走る。
走りやすい。恐怖感もない。
なぜかというと、車線がはっきりと分かれているからだ。
自動車と自転車バイク用の車線ははっきりと区別されている。
2車線は自動車用で、右側の歩道寄りの車線が自転車とバイク専用車線だ。
自転車バイク用車線は、けっこう幅が広い。およそ1m50cmはあるだろうか。
バイクも自転車と同じ車線を走るのだが、それほど多くの台数は走っていない。
自転車も私以外に走っていない。
この自転車用の車線は、十分な幅があるから、大型トラックやトレーラーが横を走っていっても少しも怖くない。
これはいい。
すべての台湾の道路がこのようになっているのかはわからないが、少なくとも花蓮空港からの国道9号線は走りやすかった。
舗装も荒れていない、穴が開いていることはなかった。


国道9号線を北上する。
国道9号線はほぼ海と平行している路線で、ほぼフラットだし、道路はまっすぐで見通しがきき、信号もそれほど多くない。
そのため、時速20キロ以上で快適に走ることができた。

9号線沿いは、小さな店などが点在している。
土産物屋や食堂やビンロウ売りの店がポツポツと道路沿いに並んでいるが、台北のように高層建築物はなく、ほぼ平屋のみである。
道路から少し離れると、畑が広がっている。
どんな作物を作っているのかはわからないが、畑が耕されている。
ところどころに野菜の直売所的なものもあった。
道路の右側は畑だが、おそらく数百メートルもしないうちに海岸となり、太平洋の波が打ち寄せている。
花蓮は、太平洋に面しており、海で作られた雲が台湾という島にぶつかるところだ。
雨量は多くはないもののそれなり雨天の日が多いらしい。
道の左側には山がある。
けっこうな高さの山が太平洋にすとんと落ちるような格好になっている。
おそらく台湾という島はプレートとプレートがぶつかりあって盛り上がってできた島なのだろう。
関東平野になれている自分としては、なだらかな山から平地になり海へと連なるというイメージを抱いていたが、花蓮では、大きな山がいずれも平地なしで海へストンと落ち込んでいる。
左側に見える山々は、すべて雨雲がかかっていて上が見えない。
雲の高さが200~300mとしても、左側が山深いところであることがうかがえる。


20分ほど走ったら、レインウエアを着ているためか体がほてって喉が渇いてきた。
何か飲もうと探しているとちょうどセブンイレブンがあった。
台湾は、日本と同じにあちらこちらにコンビニがある。
しかも、コンビニの商品もかなり日本と似ているので、サイクリングで走っていて困ることはない。
スポーツドリンクを1本購入して、一口、二口と飲んだ。
喉が渇いているので、体にしみる。うまい。


ちょっとだけ休んで、ふたたび走り出す。
快調だ。
何の障害もない。
目的地はタロコ渓谷の天祥だ。
天祥へは、新城というころで分岐する。
交通案内の表示もわかりやすい。
分岐点を左に、中部横貫公路の8号線を走る。

台湾の島は、プレートがぶつかりあって盛り上がってできたので、真ん中が山岳地帯であり、それらは結構な標高がある。
その山岳地帯を突っ切るように横断しているのが中部横貫公路である。
東西へ道路を結べば、交通、輸送が楽になるということで作られた道路だ。
なんちゅうところに道路を作ったのだろうと驚嘆するばかりだ。
当時ほぼ人力でV字に切り立った断崖の岩に何千人もの労働者が挑み、みごとに道路を作った。これはまさに血と汗の結晶である。
厳しい場所であったため犠牲者が多数出たという。そのための慰霊碑もある。
今回は、その道路を折りたたみ自転車で上り、あわよくば台湾道路の最高標高地点の武嶺に立って、記念写真を撮ってこようというのが目的なのだ。

分岐点から少し走り、タロコ渓谷の入口に到着。
入口には黄色の屋根瓦に柱が赤い山門があり、赤い門の奥には、岩肌をくりぬいた短いトンネルが口を開けていた。
ここは記念写真スポットらしく、観光客が次々に記念写真を撮影している。

台湾人の男性が女性を立たせて写真撮影をしていたので、日本語で「写真撮りましょうか」と言ってみた。
相手は日本語で話しかけられたので理解しているとは思えないが写真を撮ってあげようということは理解したらしく、中国語でたぶん想像だが「ありがとう、おねがいします」と言って、私にデジカメを渡し、ここを押すようにと指さした。
写真撮影の合図をどうするかと考えたが、面倒くさいので、3,2,1と英語でカウントダウンをしたらそれで通じたようだ。
そのカップルとは、お互いにシェシェと言ってさよならした。


入口の門をくぐると、いよいよタロコ渓谷が始まる。
両側がそそりたつような山で、谷を川が流れている。
河原の石は大理石のためか白っぽい色で、川の水は澄んでいた。
天祥への道は谷を流れる川沿いに川の流れに合わせるように蛇行しながら、ゆっくりと標高を上げていく。
天祥への道は、さきほど述べたとおり岩山を削って建設されている。
そのため、場所によっては屋根のように道路の上に岩が突き出したり、岩肌むき出しのトンネルなどがある。
地震でもあれば崩壊してもおかしくはない。
道路も狭くて片側交互通行のところもある。
道路の上に突き出したように見える岩も、トンネルもよく見ると大型観光バスの屋根より少し上まで、ほんの少ししか余裕がない。
おそらく手作業で岩を削ったので、自動車の屋根に接触するかどうかぎりぎりのところまでしか工事をしなかったのだろうか。
おそらく、日本なら、岩を削ったトンネルもかなり大きく穴を開けていくにちがいない。
いいや、そうではないかもしれない。
この光景を目にすれば、観光客は誰しも、ものすごいところへ来てしまったのだと衝撃を受け、中部横貫公路の工事のすごさを体感する。
タロコ渓谷の道路を作った工事従事者への想いを残すために当時のままにしているのかもしれない。
岩肌は、滑らかではなく、ごつごつと削り取られたままで、これも当時の道路工事を想像させる。


タロコ渓谷への観光客は、ほとんどがバス、次にタクシー、たまにレンタルバイクを利用する。
その日、雨の中、タロコ渓谷を折りたたみ自転車でハアハア言いながら上っていったのは私だけであった。
タロコ渓谷は世界的な観光地であり、タロコヒルクライムレースも行われているくらいだから、何人かサイクリストがいても良さそうなのだが走っているサイクリストは見かけなかった。

自転車のよいところは、自然を五感で直接感じることができることである。
自動車は便利だが、どうしても箱の中に囲まれているためか、視覚さえも制限されてしまう。
自動車だと走行中ガードレール沿いに谷底の川を覗くことはできない。
自転車ならゆっくりと走りながら谷底を眺めたり、両側にV字に落ち込む谷の上部を仰ぎ見たりすることができる。視界が圧倒的に広い。
この日はスピードを競う必要は無い。ただ、夕刻までに天祥まで着けばよいので、ゆっくりと走れた。
景色の良さそうなところで、自転車を止めては景色を眺め、おお~すごい~と声をあげては写真を撮る。
なんとも贅沢なポタリングだ。


渓谷沿いの道を、ある程度、上ると、観光客に落石から頭を守るためのヘルメットを貸してくれる場所があった。
タクシーや観光バスなどはそこで停止して、観光客用にヘルメットを借りる。
私は、自転車用のヘルメットをしているので借りる必要が無かった。
どのようなヘルメットを貸しているかというと、工事現場で使うヘルメットである。
次々に観光客がやってきては使い回ししているので、臭いなどを気にする人は使いたくないだろうと思った。

そこを通り過ぎると、川の両脇の山がぐっと壁のように接近してきて、まるで両側から押しつぶされそうなくらいに狭まる。
もっとも狭いところでは幅は5,6メートルしかないのでは。谷がほぼ垂直のように切り立っている場所がある。
閉所恐怖症の人では耐えられくらいに圧迫感がある。
そのような場所なのに、下を流れる渓流を眺めることができるようにと、川をはさむ絶壁の岩壁をくりぬいてある。
ところどころが川を覗けるように川に面した部分があいているが、基本はトンネルなので薄暗くて前が見えない。
自転車でトンネルの中をのろのろ走っていたのだが、平衡感覚がおかしくなり、こけそうだったので、おりて歩くことにした。
ときどき、上から川をのぞき込む。川は真下に流れている。上半身を乗り出すようにしてほぼ真下を流れる川をのぞき込んでは、落ちそうな気持ちになり、急いで身を引っ込める。









タロコ渓谷はまさに絶景である。
その風景は、あまりに大きすぎて写真に納まりきらない。
おおっ、すごい。ああっとか、まともに言葉にならない感嘆の声をあげるのみである。




このような感嘆の声を何度もあげながら、次第に高度を上げていく。
途中、路面で気になったのは、真新しい小さな落石があったことだ。
大きなものはこぶし大、小さなものでは1cmくらい。
それが少しではあるが、落ちていた。
落石だ。

この写真はピンボケだが、小石が見える。

道路標識を見ると、「立ち止まるな、落石に注意」とある。
このくらいの落石は日常茶飯事なのだろう。
こぶし大のものが頭を直撃したら相当な怪我をする。
ここでは、ヘルメットはやはり必要なのだ。
そんな落石がちらほら道路にある。
これらは自動車の走行には支障が無い。自動車の人間にはあまり気にならない。
かなりの石が落ちてきても、自動車の屋根が受け止めてくれる。
しかし、生身にあたったら怪我は必至である。
怪我するほどの大きさではなくとも、小さな石の破片も鋭い。
忍者がばらまくトゲトゲのようなものに見えてくる。
これは、パンクにつながりかねない。
うっかり踏みつけないようにと配慮しながら進むことにした。

タロコ渓谷で観光スポットとして有名な場所をいくつか通り過ぎると、天祥に着いた。
標高は480mなので、空港の標高1mとしておよそ480mを上ったことになる。



タロコ渓谷への旅~花蓮空港

2013-04-06 22:13:38 | 自転車
離陸後、雲の中に突入し、配られたジュースを飲んだと思ったらすぐに降下が始まり、あっという間に花蓮空港へ到着。
飛行機は満席だった。
花蓮と松山便はいつも満席らしく、当日、席をとるのは至難らしい。
もし、飛行機での移動を考えるのなら、早めに予約しておくべきだろう。
私がなぜ飛行機を選んだかというと、自転車をかついで駅のホームを移動するのが疲れるだろうと予想したからである。
体力がある人なら、台北駅から特急で花蓮へ行くという手もあり、時間は約3時間かかるが、そのほうが安い。
ところで、
花蓮空港は、軍事基地でもあるので撮影は厳禁。
軍事基地なので写真撮影したのがわかるととんでもないことになる。
ときどき、日本にいる感覚で知らずに撮影してお目玉をくらう人もいるらしい。
海外に出たら、日本とは事情が異なることも多い。

空港へ着いたら、飛行機のタラップを下りて、徒歩でターミナルへ向かう。
ほとんどの人は、何も預けていないので、そのままゲートを通り過ぎて外へ出てしまう。
荷物を預けた人はほとんどおらず、私ともう2人だけだった。
のんびりと預けた自転車が出てくるのを待った。
ここでも、やはりターンテーブルで出てきた。
回転テーブルに自転車が落ちるときに、けっこう勢いよかったので、ディレラーが大丈夫かなとちょっとだけ心配になった。
見回してみたが、回転テーブルの近くには、残念ながらカートがなかった。
本当はどこかにあったのかもしれないが、気づかなかった。
それで、輪行バッグに入れた自転車をエッチラオッチラと手で運んだ。
手荷物受取所を出ると、旅行客は誰一人いなくなって、ガランとしていた。
みなさん、あっという間にいなくなてしまっていた。


右側にツーリストガイドセンターがあった。
そこへ行き、マップをもらい、花蓮やタロコ渓谷の道路や天気のことを尋ねた。
というのは、つい2日前に、台湾南部で地震があったからだ。
前日に食事をした台北の人からは、「タロコは落石が多いんだよね。とくに地震や雨が降ると、岩が落ちてくる。去年も、中国大陸からの観光客が落石で死んでいる。タロコを歩くなら気をつけないとねぇ~」と脅かされていた。
それを聞いて考えた。
落石で死ぬこともある。これはたぶん、あるだろう。でも、落石って気をつければ避けられるのだろうか。落ちてきたら、たぶん避けられないだろう。いったいどこに気をつけたらいいのだろうなどと考え込んでしまった。
それよりも、心配だったのは、先日の地震で、タロコ渓谷の道路が崩れ、あるいは道路工事で閉鎖されているかもしれないということだった。

そこで、センターにいたおばさんにつたない英語で話しかけた。
つたない英語というよりも、ほぼ単語の羅列でしかない。
私の場合、なぜか西洋人コンプレックスがあり、西洋人の青い瞳に見つめられると、ドキドキして思考停止してしまい、知的生命体とは思えぬほど思考レベルが下がってしまう。
不思議に、アジア人に対してはそれほどコンプレックスを感じることなく、下手な英語で話しかけることができる。
感覚的にいうと、台湾の人に話しかけることは、日本の田舎にいるおじさんやおばさんに話しかけるのと大差がないのだ。

このツーリストセンターにいたおばさんは、私を日本人と見抜き、すぐに日本語で話しかけてきた。ありがたい。
空港のアナウンスを聞くと、中国語、英語、そして日本語のアナウンスまである。
かなり多くの日本人がタロコを訪れていることが推測できる。

で、おばさんは
「あなた日本から? どこへ行くの?」
「今から、自転車でタロコ渓谷の天祥へ行くつもりです。それで明日はできれば武嶺まで行きたいんです」
「それは大変ね。遠いよ」
「はい、わかってます」
「そこは山の中で店がないね。食べ物と水を準備しないといけないよ」
「どのくらいの距離ですか?」
「ここから50キロ。天祥から武嶺まで60キロ。天気は曇りと雨ね」
いろいろと心配して教えてくれて、有り難い。
話しながら、輪行バッグから折りたたみ自転車を取り出して組み立てを始めた。
ばっちりと緩衝材で養生しておいたのでとくに壊れたり異常は無かった。

自転車の組み立ては珍しいらしく、おばさんが間近に寄ってきた。
「日本から持ってきたの?」
「小さくて便利ね!」
としきりに感心していた。


ある程度、組み立てが終わり、デイバッグと輪行袋とディレラー保護のために輪行袋にいれてきたプチプチと段ボールを自転車に載せてみた。
デイバッグはなんとかゴム紐でキャリアにしばりつけることができた。
しかし、プチプチと段ボールがどうしてもうまく縛り付けることができない。
しばし、格闘の後に、キャリアにくくりつけて運ぶことは断念した。
でもこれらを捨てるわけにはいかない。さっき見た自転車がターンテーブルに勢いよく滑り落ちてきたシーンが頭によみがえった。
これは帰りの飛行機に預けるときの衝撃緩衝材として絶対に必要なのだ。
で、どうするか。
やむを得ない。コインロッカーに預けるしかない。
花蓮空港には、手荷物預かり所はない。田舎の空港だから、預ける人などいないのだろう。
それでコインロッカーが設置されている。
日本の駅でも見かける小と大の2サイズがあった。
念のため、おばさんにどこかに預けられないのかと聞いたら、
「これだけね。大事なものないね。だったら預かってあげる」
とセンターの貸し自転車用品をいれておく戸の中に預かってくれた。
なんとも有り難いことだ。台湾の人は一般的に親切だ。
好意に甘えることにした。

外は小雨が降り出していた。
花蓮は、太平洋側に面しているせいか雨が多いのだ。
レインウエアを着込んで、出発する。
おばさんが近くに来て、
「空港を出たら右。まっすぐ」
と教えてくれた。気になるのだろう、しばらく見ていた。
「ありがとう」
と手を振って、空港から自転車をこぎ出した。



雨がポツポツと顔やレインウエアにあたる。
日本の雨ほど冷たくはない。やはり、ここは台湾なのだ。
タイヤが回転すると、シャッーと路面の水を巻き上げる。
さあ、天祥を目指すぞ。


タロコ渓谷への旅~松山空港

2013-04-06 20:44:13 | 自転車
日本航空を利用して羽田空港から松山空港へ移動。
今回、機内食が私と隣の人だけ配られないというハプニングがあった。
機内食が配られないはずはない、そんな経験は無かったので、いつか持ってきてくれるのだろうと気長に待っていた。しかし、他の人が食べ終わる頃まで待っても、やはり配られない。これは、もしかするとスチュワーデスさんのミスかもしれないと思い、声をかけたら、大変申し訳ございませんでしたと丁重に謝罪があった。お詫びにと、おつまみをどんどん持ってきて、どうぞと勧める。だが、おつまみをそんなに食べられるわけもなく、丁重にお断りした。

松山空港に到着して、自転車を受け取った。
手渡しなどではなく、普通に、ターンテーブルで運ばれてきた。
その後は、カートに載せてタクシー乗り場へ移動。
やはり、カートで運ぶのは楽チンだ。
普通にタクシーのトランクにいれてもらい、ホテルへ。
台湾では、ホテル名はあらかじめ漢字で書いておいて渡すと便利だ。
松山空港は、市内の真ん中にあるのでホテルへもすぐに到着。
ホテルにチェックインするときに、自転車だけは、フロントで預けることにした。
翌日は、台北市内で自転車に乗る予定もなく、明後日の朝に、また松山空港へ移動するだけなので、わざわざ室内に持ち込む必要がなかったからだ。

で、翌日は台北市内で仕事をして、いよいよ花蓮への移動の日になった。

朝、ホテルでタクシーを呼んでもらい、松山空港へ。
松山空港には、国際線と国内線があるが、花蓮行きはもちろん国内線のカウンター。だが、着いた所は、国際線のカウンター。
カートに自転車を載せて、ゴロゴロと移動。カウンターは一番端っこにあった。カートのおかげで助かった。
復興航空のカウンターで、チェックイン後に、自転車とバックパックを預けにちょっと奥へ移動。
係員に、これ自転車だよ、バイシクルと説明。
係員から、空気は抜いたか、バッテリーは入ってないか、免責書類にサインするように言われた。
テーブルに載せたら、重さは合計25キロもあった。



預けてから、セキリュテイチェックを受けて登場口へ。


待合室で、しばし待った。
この季節の台北は思いのほか寒い。寒いので、コーヒーを飲んで、貧乏揺すりをしていたくらいだ。待合室の人たちを見たら、みんなジャケットや軽めのジャンパーを着込んでいた。台北は暖かいと思いこんでいた。海外へ行くときは、軽量で温度調整ができる服があれば持参したほうがいい。荷物を増やしたくないので、今回はほとんどサイクリングウエアで、しかも、それらはさっき預けてしまったので寒さをしのぐために着るものがなかった。


飛行機は72名乗りのプロペラ機だった。
松山空港から花蓮までは約30分しか
かからない。あっと言う間に到着する。
でも、機内サービスは忘れない。飛び立つとすぐに紙パックのドリンクが配られた。配り終わると、すぐに着陸体制にはいるので、せわしい感じがした。







タロコ渓谷への旅~羽田空港

2013-04-05 07:00:52 | 自転車
昼まで仕事をしてから、スーツからカジュアルな服に着替えて羽田空港へ向かった。あいにく小雨模様で、予想外に常磐道も混雑していた。
出発する空港を羽田空港にしたのは、成田よりも小さいので空港内で動く距離が少ないからだ。
空港の駐車場に到着し、エレベーターの近くの場所に車を置いて、折りたたみ自転車とバッグパックを車から下ろした。
自転車はチビリン輪行バッグに入れてあるが、たぶん15キロはある。重い。とても、長距離は歩けない。
カートを探したのだが、すぐに見つけられなかった。仕方なく、バッグパックを背負い、自転車を抱えて、エッチラオッチラと歩き始めた。おっ重い。腕の筋肉がぶるぶる震える。ちょっと歩いては休みながら前進する。しまいに肩で息するようになってしまった。
駐車場棟と空港棟との途中にはカートがあるだろうと期待していたが、無かった。
カートは諦めて、なんとかカウンターまで抱えて持っていった。相当の距離を持ち歩いた。筋肉がない私にとって、これはとてもキツイ。
帰国のときに気づいたのだが、駐車場の各階にちゃんとカート置場があったのだ。ただ、カート置場の標示がわかりにくく、ちょうど死角となる場所にあったため、まったく気づかなかった。実に間抜けであった。
国際線の駐車場なのだから、客は大きなスーツケースを持ち歩くはずである。カート置場がないことなどあるはずはないのだ。自転車を車から下ろす前に、各階の案内図を確認してカート置場を探せばよかったのだ。それをせずに移動し始めたので、見つけられずに長い距離を持ち歩くことになってしまったのだった。
羽田空港なら車を停めるならエレベーター近くの端っこがよいかも。


チェックインカウンターで自転車を預けた際に、重量とサイズの計測があった。メジャーでチビリンバッグを縦横高さ何センチと記録していた。預ける荷物が重さサイズ超過すると料金が加算されるので要注意。中味が自転車だというと、大切に扱いますが万一壊れても文句は言いません的趣旨の文書に署名を求められたので、サッと署名。自転車は大きいのでスーツケースとは違いそこで預けることができない。そのフロアの端っこにひっそりとある、別の安全チェックの場所に運ばれて、X線検査を受けた。
預ける際には、お決まりで、タイヤの空気を抜くようにも言われました。
やれやれ。

その後、予約しておいたWIFIルーターを受け取りにいった。ソフトバンクでも海外で使えるのだが、通話料金やデータ通信料がバカにならない。定額のものもあるが、約3000円。WIFIなら一日700円くらい。圧倒的に安い。また、海外からの電話は、050PLUSというアプリを使えば相当に安く使える。国内にかけても20円くらいだろう。お勧めします。