離陸後、雲の中に突入し、配られたジュースを飲んだと思ったらすぐに降下が始まり、あっという間に花蓮空港へ到着。
飛行機は満席だった。
花蓮と松山便はいつも満席らしく、当日、席をとるのは至難らしい。
もし、飛行機での移動を考えるのなら、早めに予約しておくべきだろう。
私がなぜ飛行機を選んだかというと、自転車をかついで駅のホームを移動するのが疲れるだろうと予想したからである。
体力がある人なら、台北駅から特急で花蓮へ行くという手もあり、時間は約3時間かかるが、そのほうが安い。
ところで、
花蓮空港は、軍事基地でもあるので撮影は厳禁。
軍事基地なので写真撮影したのがわかるととんでもないことになる。
ときどき、日本にいる感覚で知らずに撮影してお目玉をくらう人もいるらしい。
海外に出たら、日本とは事情が異なることも多い。
空港へ着いたら、飛行機のタラップを下りて、徒歩でターミナルへ向かう。
ほとんどの人は、何も預けていないので、そのままゲートを通り過ぎて外へ出てしまう。
荷物を預けた人はほとんどおらず、私ともう2人だけだった。
のんびりと預けた自転車が出てくるのを待った。
ここでも、やはりターンテーブルで出てきた。
回転テーブルに自転車が落ちるときに、けっこう勢いよかったので、ディレラーが大丈夫かなとちょっとだけ心配になった。
見回してみたが、回転テーブルの近くには、残念ながらカートがなかった。
本当はどこかにあったのかもしれないが、気づかなかった。
それで、輪行バッグに入れた自転車をエッチラオッチラと手で運んだ。
手荷物受取所を出ると、旅行客は誰一人いなくなって、ガランとしていた。
みなさん、あっという間にいなくなてしまっていた。
右側にツーリストガイドセンターがあった。
そこへ行き、マップをもらい、花蓮やタロコ渓谷の道路や天気のことを尋ねた。
というのは、つい2日前に、台湾南部で地震があったからだ。
前日に食事をした台北の人からは、「タロコは落石が多いんだよね。とくに地震や雨が降ると、岩が落ちてくる。去年も、中国大陸からの観光客が落石で死んでいる。タロコを歩くなら気をつけないとねぇ~」と脅かされていた。
それを聞いて考えた。
落石で死ぬこともある。これはたぶん、あるだろう。でも、落石って気をつければ避けられるのだろうか。落ちてきたら、たぶん避けられないだろう。いったいどこに気をつけたらいいのだろうなどと考え込んでしまった。
それよりも、心配だったのは、先日の地震で、タロコ渓谷の道路が崩れ、あるいは道路工事で閉鎖されているかもしれないということだった。
そこで、センターにいたおばさんにつたない英語で話しかけた。
つたない英語というよりも、ほぼ単語の羅列でしかない。
私の場合、なぜか西洋人コンプレックスがあり、西洋人の青い瞳に見つめられると、ドキドキして思考停止してしまい、知的生命体とは思えぬほど思考レベルが下がってしまう。
不思議に、アジア人に対してはそれほどコンプレックスを感じることなく、下手な英語で話しかけることができる。
感覚的にいうと、台湾の人に話しかけることは、日本の田舎にいるおじさんやおばさんに話しかけるのと大差がないのだ。
このツーリストセンターにいたおばさんは、私を日本人と見抜き、すぐに日本語で話しかけてきた。ありがたい。
空港のアナウンスを聞くと、中国語、英語、そして日本語のアナウンスまである。
かなり多くの日本人がタロコを訪れていることが推測できる。
で、おばさんは
「あなた日本から? どこへ行くの?」
「今から、自転車でタロコ渓谷の天祥へ行くつもりです。それで明日はできれば武嶺まで行きたいんです」
「それは大変ね。遠いよ」
「はい、わかってます」
「そこは山の中で店がないね。食べ物と水を準備しないといけないよ」
「どのくらいの距離ですか?」
「ここから50キロ。天祥から武嶺まで60キロ。天気は曇りと雨ね」
いろいろと心配して教えてくれて、有り難い。
話しながら、輪行バッグから折りたたみ自転車を取り出して組み立てを始めた。
ばっちりと緩衝材で養生しておいたのでとくに壊れたり異常は無かった。
自転車の組み立ては珍しいらしく、おばさんが間近に寄ってきた。
「日本から持ってきたの?」
「小さくて便利ね!」
としきりに感心していた。
ある程度、組み立てが終わり、デイバッグと輪行袋とディレラー保護のために輪行袋にいれてきたプチプチと段ボールを自転車に載せてみた。
デイバッグはなんとかゴム紐でキャリアにしばりつけることができた。
しかし、プチプチと段ボールがどうしてもうまく縛り付けることができない。
しばし、格闘の後に、キャリアにくくりつけて運ぶことは断念した。
でもこれらを捨てるわけにはいかない。さっき見た自転車がターンテーブルに勢いよく滑り落ちてきたシーンが頭によみがえった。
これは帰りの飛行機に預けるときの衝撃緩衝材として絶対に必要なのだ。
で、どうするか。
やむを得ない。コインロッカーに預けるしかない。
花蓮空港には、手荷物預かり所はない。田舎の空港だから、預ける人などいないのだろう。
それでコインロッカーが設置されている。
日本の駅でも見かける小と大の2サイズがあった。
念のため、おばさんにどこかに預けられないのかと聞いたら、
「これだけね。大事なものないね。だったら預かってあげる」
とセンターの貸し自転車用品をいれておく戸の中に預かってくれた。
なんとも有り難いことだ。台湾の人は一般的に親切だ。
好意に甘えることにした。
外は小雨が降り出していた。
花蓮は、太平洋側に面しているせいか雨が多いのだ。
レインウエアを着込んで、出発する。
おばさんが近くに来て、
「空港を出たら右。まっすぐ」
と教えてくれた。気になるのだろう、しばらく見ていた。
「ありがとう」
と手を振って、空港から自転車をこぎ出した。
雨がポツポツと顔やレインウエアにあたる。
日本の雨ほど冷たくはない。やはり、ここは台湾なのだ。
タイヤが回転すると、シャッーと路面の水を巻き上げる。
さあ、天祥を目指すぞ。
飛行機は満席だった。
花蓮と松山便はいつも満席らしく、当日、席をとるのは至難らしい。
もし、飛行機での移動を考えるのなら、早めに予約しておくべきだろう。
私がなぜ飛行機を選んだかというと、自転車をかついで駅のホームを移動するのが疲れるだろうと予想したからである。
体力がある人なら、台北駅から特急で花蓮へ行くという手もあり、時間は約3時間かかるが、そのほうが安い。
ところで、
花蓮空港は、軍事基地でもあるので撮影は厳禁。
軍事基地なので写真撮影したのがわかるととんでもないことになる。
ときどき、日本にいる感覚で知らずに撮影してお目玉をくらう人もいるらしい。
海外に出たら、日本とは事情が異なることも多い。
空港へ着いたら、飛行機のタラップを下りて、徒歩でターミナルへ向かう。
ほとんどの人は、何も預けていないので、そのままゲートを通り過ぎて外へ出てしまう。
荷物を預けた人はほとんどおらず、私ともう2人だけだった。
のんびりと預けた自転車が出てくるのを待った。
ここでも、やはりターンテーブルで出てきた。
回転テーブルに自転車が落ちるときに、けっこう勢いよかったので、ディレラーが大丈夫かなとちょっとだけ心配になった。
見回してみたが、回転テーブルの近くには、残念ながらカートがなかった。
本当はどこかにあったのかもしれないが、気づかなかった。
それで、輪行バッグに入れた自転車をエッチラオッチラと手で運んだ。
手荷物受取所を出ると、旅行客は誰一人いなくなって、ガランとしていた。
みなさん、あっという間にいなくなてしまっていた。
右側にツーリストガイドセンターがあった。
そこへ行き、マップをもらい、花蓮やタロコ渓谷の道路や天気のことを尋ねた。
というのは、つい2日前に、台湾南部で地震があったからだ。
前日に食事をした台北の人からは、「タロコは落石が多いんだよね。とくに地震や雨が降ると、岩が落ちてくる。去年も、中国大陸からの観光客が落石で死んでいる。タロコを歩くなら気をつけないとねぇ~」と脅かされていた。
それを聞いて考えた。
落石で死ぬこともある。これはたぶん、あるだろう。でも、落石って気をつければ避けられるのだろうか。落ちてきたら、たぶん避けられないだろう。いったいどこに気をつけたらいいのだろうなどと考え込んでしまった。
それよりも、心配だったのは、先日の地震で、タロコ渓谷の道路が崩れ、あるいは道路工事で閉鎖されているかもしれないということだった。
そこで、センターにいたおばさんにつたない英語で話しかけた。
つたない英語というよりも、ほぼ単語の羅列でしかない。
私の場合、なぜか西洋人コンプレックスがあり、西洋人の青い瞳に見つめられると、ドキドキして思考停止してしまい、知的生命体とは思えぬほど思考レベルが下がってしまう。
不思議に、アジア人に対してはそれほどコンプレックスを感じることなく、下手な英語で話しかけることができる。
感覚的にいうと、台湾の人に話しかけることは、日本の田舎にいるおじさんやおばさんに話しかけるのと大差がないのだ。
このツーリストセンターにいたおばさんは、私を日本人と見抜き、すぐに日本語で話しかけてきた。ありがたい。
空港のアナウンスを聞くと、中国語、英語、そして日本語のアナウンスまである。
かなり多くの日本人がタロコを訪れていることが推測できる。
で、おばさんは
「あなた日本から? どこへ行くの?」
「今から、自転車でタロコ渓谷の天祥へ行くつもりです。それで明日はできれば武嶺まで行きたいんです」
「それは大変ね。遠いよ」
「はい、わかってます」
「そこは山の中で店がないね。食べ物と水を準備しないといけないよ」
「どのくらいの距離ですか?」
「ここから50キロ。天祥から武嶺まで60キロ。天気は曇りと雨ね」
いろいろと心配して教えてくれて、有り難い。
話しながら、輪行バッグから折りたたみ自転車を取り出して組み立てを始めた。
ばっちりと緩衝材で養生しておいたのでとくに壊れたり異常は無かった。
自転車の組み立ては珍しいらしく、おばさんが間近に寄ってきた。
「日本から持ってきたの?」
「小さくて便利ね!」
としきりに感心していた。
ある程度、組み立てが終わり、デイバッグと輪行袋とディレラー保護のために輪行袋にいれてきたプチプチと段ボールを自転車に載せてみた。
デイバッグはなんとかゴム紐でキャリアにしばりつけることができた。
しかし、プチプチと段ボールがどうしてもうまく縛り付けることができない。
しばし、格闘の後に、キャリアにくくりつけて運ぶことは断念した。
でもこれらを捨てるわけにはいかない。さっき見た自転車がターンテーブルに勢いよく滑り落ちてきたシーンが頭によみがえった。
これは帰りの飛行機に預けるときの衝撃緩衝材として絶対に必要なのだ。
で、どうするか。
やむを得ない。コインロッカーに預けるしかない。
花蓮空港には、手荷物預かり所はない。田舎の空港だから、預ける人などいないのだろう。
それでコインロッカーが設置されている。
日本の駅でも見かける小と大の2サイズがあった。
念のため、おばさんにどこかに預けられないのかと聞いたら、
「これだけね。大事なものないね。だったら預かってあげる」
とセンターの貸し自転車用品をいれておく戸の中に預かってくれた。
なんとも有り難いことだ。台湾の人は一般的に親切だ。
好意に甘えることにした。
外は小雨が降り出していた。
花蓮は、太平洋側に面しているせいか雨が多いのだ。
レインウエアを着込んで、出発する。
おばさんが近くに来て、
「空港を出たら右。まっすぐ」
と教えてくれた。気になるのだろう、しばらく見ていた。
「ありがとう」
と手を振って、空港から自転車をこぎ出した。
雨がポツポツと顔やレインウエアにあたる。
日本の雨ほど冷たくはない。やはり、ここは台湾なのだ。
タイヤが回転すると、シャッーと路面の水を巻き上げる。
さあ、天祥を目指すぞ。