殆ど知られていない赤橋のもう一つの姿、戦時遺産。
この穴は、戦時中に米軍機の銃撃によって空けられた弾痕である。
長浜は、当時度々こうして空襲を受けている。
高知沖土佐湾の洋上にいる航空母艦から飛び立った攻撃機が呉や広島、松山などを空襲した帰りに長浜上空を通り、その際の機銃掃射だと言われる。
この赤橋にはそうした穴がアチコチに空いていて、その時のすさまじさをリアルに伝えている。
ただ、バスキュール式開閉橋、あるいは国登録有形文化財の説明は、案内看板やパンフレットに書かれているが、こうした地域にとってとても大切な歴史の記憶が、あまりにも説明されていない。
そのことをいつも残念に思っている。