【視点】経済産業省や日本経団連などはこのほど「IT経営協議会」を発足させ、「IT経営憲章」を制定した。これは、各企業がCIO(最高情報責任者)を育成することを支援し、米国などに比べ遅れている企業のIT活用を推進させることにより、国内産業の国際競争力を高めることにその狙いがある。今回策定された「IT経営憲章」を見る限り優れたものだし、同協議発足に至る現状分析のデータ類も説得力を持っている。しかし、これらの施策によって本当に日本の企業の国際競争力が付くのであろうか。
まず、今回設置が決まった「IT経営協議会」は今後、どのような影響力をわが国のが産業界に与えようとしているのであろうか。既にCIOに関しては大手企業ユーザーからなる組織として日本情報システム・ユーザー協議会(JUAS)があるし、ITベンダーごとのユーザー会もある。また、経営情報学会、国際CIO学会などの学会もある。このような状況下で経済産業省が直接乗り出してくる意図はどこにあるのであろうか。屋上屋を重ねることにはならないであろうか。今政府が行わなければならないのは小さな政府づくりであり、行革である。そして、今政府が取り組まねばならないのはエネルギー政策である。こんなとき、新たに組織をつくるのではなく、既存の組織を支援し、育成することの方が重要ではないのであろうか。
各企業で情報システムに携わったことのある人なら分かるであろうが、産業育成の延長線上でユーザー問題を捉えては必ず失敗する。各企業の情報システムは、現場との複雑な関係の上に築かれており、なかなか外部の人間が首をつこっめない状況が多い。それと、企業の情報システムが一概に言えないのは、業種の違いがあることだ。製造業では当たり前でも流通業では当たり前でないシステムなどそれこそ掃いて捨てるほどある。例えば、金融業で大手銀行や証券取引所などがたびたびトラブルを起こして、その度に政府が苦言を呈し、CIOを任命しても一向に改善改善される兆しはない。つまり、その業種独特の問題が大きく立ちはだかり、いくら優秀なCIOを置いてもなかなかきれいごとが成り立たない世界なのだ。
仮に、CIO育成学校をつくったとしても、そこを卒業した人材がわが国の国際競争力を高められるかというとなかなか難しいと思う。わが国の生産性が欧米の企業に比べ低いのは必ずしもIT化の格差だけではない。生産性が低いといっても、日本のブルーカラーは昔から現在に至るまで世界的に見て高い水準にあることに変わりはない。中小企業はそもそも生産性が低ければ生き残れない。このように考えていくと日本の労働生産性を高めるには、官公庁や大手企業のホワイトカラーなどの生産性を高めることが急務であることに行き着く。
最近、IMFが発表したデータによると、国民一人当たりのGDPで日本はついにマレーシアに抜かれアジア第2位に転落した。この調子では国民一人当たりのGDPで韓国、台湾に追い抜かれることだって考えられないことではない。また、GDPの絶対値でも近いうちに日本は中国に追い抜かれることは間違いない。つまり、GDPの国民一人当たりでも、絶対値でも日本はアジア第1位の地位から滑り落ちて2位に甘んずることになる。この原因の一つにIT化の問題があるであろうし、だから、CIOの育成が急務だという考えも存在しよう。しかし、今回国民一人当たりのGDPでアジアトップの座をマレーシアに明け渡した日本の企業の国際競争力弱体化の問題は、単にIT化の促進やCIOの育成ではかたずけられない、もっと別な要素が絡み合った結果ではないであろうか。(ESN)