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令和元年七月の旅・熱海で昼食2

2019年07月06日 | ★イベント★
辛味大根蒸籠蕎麦
辛味大根(からみだいこん)
ダイコンの品種。別名は吹散大根。京野菜の一つであり、「京の伝統野菜」に指定されている。
また、小ぶりで辛味の強いダイコンの総称とされる事もある。
 
 
 
 
 
 
 
 
特徴
葉も根も小かぶによく似た形状で、直径4 - 5cm、30-50gほどの大きさとなる。葉柄の基部は紫色を呈する。9月に播種を行い、11月上旬から12月中旬に収穫する。
 
根部は強い辛味があり、肉質が緻密で水分が少ないため、大根おろしにすると蕎麦の薬味に最適とされる。
ワサビのように非常に強くさわやかな辛味臭を有し、辛味成分である4-メチルチオ-3-ブテニルイソチオシアネートを他のダイコンの2倍以上含む一方で、水分や還元糖の含有量は他品種よりも少ない。
 
 
 
歴史と栽培地域日本では元禄の頃から京都の原谷高原で栽培が始まり、江戸時代には香辛野菜として盛んに利用されていた。
 
また、原谷が原産地であり、元禄から宝永にかけて現在の北区鷹峯で栽培が始まったともいう。
近代以降は需要とともに生産が減少し、昭和初期に10戸ほどだった栽培農家は1980年代には1戸のみとなっていた。
 
近年では、京都市が特産そ菜保存圃を設置して鷹峯の農家に栽培を委託しており、7戸が栽培を行っている。
 
 
蒸籠蕎麦
お品書きによく見かける「もり蕎麦」と「ざる蕎麦」。手打ちの専門店などでには「せいろ蕎麦」と書かれていることがあります。
 
三つの蕎麦のの違いをご存じですか。
地方では昔から太打ちの田舎蕎麦が食べられて来ました。製粉技術が現代のように洗練されておらず手挽きの石臼による挽きぐるみでは、そば殻などのつながりの妨げとなる異物も多く、細く打つと千切れてしまうのです。
 
 
 
 
 
 
蒸籠蕎麦とは
江戸時代に小麦粉をつなぎに使ったニ八蕎麦(にはちそば)の技術が確立されるまで、十割蕎麦は茹でるとちぎれやすく、それ以前の江戸では和菓子屋さんがお饅頭を蒸す片手間に蒸籠で蒸し蕎麦を出していました。
 
大工や荷役労働者、運搬の仕事など肉体労働が多かった江戸では、正式な食事は白米を炊いたご飯を食べて、蕎麦は間食や夜食として食べられていたのです。
 
ススっと短時間で食べられるお蕎麦は、気が短くて、ええ格好しいの江戸っ子の気風に合っていたのでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
ざる蕎麦とは
ざる蕎麦を始めて出したお蕎麦屋さんは、江戸時代に深川にあった『伊勢屋』というお店です。
海苔をのせ始めたのは明治以降で、専用の汁を使っていたそうです。今ではざる汁を別に作る店は少なくなっており、海苔の有無だけが「もり」「ざる」の違いとなっているようです。
 
「ざる蕎麦」と「せいろ蕎麦」は同じもの?
「ざる」も「せいろ」も調理道具ですね。今では本来の役割を越えて蕎麦を華やかに盛る器として使われています。
 
塗り物の器にスノコを敷いて盛るスタイルが現代のせいろ蕎麦の姿ですが定義は曖昧になりつつあり、ざるに盛っても「せいろ」と称しているお店もあります。
 
 
もり蕎麦は、また別のもの?
もり蕎麦の由来
小麦粉をつなぎに使うニ八蕎麦の登場で、グルテンの恩恵によって細切りにしても切れずに茹でることが可能になりました。
 
ところが当時は現代のように、つゆは猪口(ちょこ)につけるのではなく皿盛りにした蕎麦の上からまわしかける「ぶっかけ」スタイルでした。
 
 
ざるを器に使うようになったのは、江戸中期以降のことです。
結局3つの蕎麦の違いって?
改めて整理してみますと、もり蕎麦は皿盛りが語源ですが現代では塗り物のせいろに盛られることが多く、基本的に海苔は掛けません。
 
せいろ蕎麦は蒸し器のせいろに盛られたのが語源ですが、近年は器の種類は問わなくなって来ていて、手打ちの専門店によく使われる名称。
 
 
ざる蕎麦は、大衆的なお店では海苔掛けそばを指しますが、手打ちの専門店などでは海苔は掛けずに本当のざるに盛るお店もあります。 出典・macaro-ni.jp > TOP > トレンドニュース > 雑学・豆知識。
 

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