今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

逢いたくて<永遠> 6 (小説)

2013-10-20 10:13:50 | 逢いたくて<永遠> (小説)

★遠く離れて★

純輔と取材チームは広大なアラスカの大自然の中で毎日が感動の連続、時には大自然の驚異に出会いながらもその大自然が牙をむく!けれど幸運と自然との折り合いにめぐまれ取材は大満足してその後の取材も進んでいた。

そしてあの、日本人女性!、たったひとりで豪快に勇敢に、アラスカの大地のひとつの生き物と
して、大自然に溶け込んだ生き方をしている場所へセスナ機が純輔たちを運んでくれた。

セスナ機が飛びたつのも、着地するのも、湖や川の中がほとんどで、アラスカのセスナ機は、水陸両方使えるように、タイヤとスキー板の大きくしたような物が着いているのが不思議に感じていたが何度も乗りなれているうちに頼もしくも感じるようになっていた。

その女性は、もう、五十歳は過ぎているだろうか、深い森の中にたった一軒、粗末なつくりだがどっしりとした安心感がある家だ、私たちが、訪れる事は、すでに無線で知らせていたようで、セスナ機が河に着水して、ただ、粗く削った丸太を何本か並べただけの粗末な桟橋にはもう、両手を大きく振って、私たちを迎えて、歓迎してくれた。

このアラスカのうす暗く深い森をひとりで切り開いた凄い女性だ!20数年前に、まずは森林伐採の許可をとり、一本、一本、自分で木を切り、一間とキッチンだけの小屋を建て、そこに住み始めたのだそうだ。

アラスカの森は、普通に街で生活している人間には、想像もつかないほどの過酷な大自然の驚異がある!六月だというのに、一日のうちに四季があるほどの天候の変化で、現に純輔たちは、何度も天候の急変に脅威を感じた。

彼女は今、五十歳を過ぎていると思うけれど、これまでに、何度も、何度も、命の危険を感じた事があっただろうかと思う、電話も通じない、ましてや、滅多に人に出会う事の無い原生林の森の中で、ビックベアーが襲い来る危険やそのほかの獣がたくさんいる中で、一瞬の気を許す事も出来ない緊張感が必要だ!

ある時は、夜寝ていて、この家を狼や熊が襲う「がりがり」と爪を立てる音に目覚める時の恐怖は、さすがの私も恐怖感と緊張感で、銃持った手や体の震えが止まらなかったと笑いながら話してくれた。

大怪我をしても、誰も助けてはくれないので、怪我や病気は自然に治るのを待つしかなく、ただひとり不安に耐えて、寝ているしかない日々も何度も体験し、あったと、にこやかに平然と話す、あまりにも毅然とした姿に圧倒されるような気迫さえを感じて、純輔は人の生きるエネルギーの強さがとても美しく感じた。

けれど、この女性、「三島美佐子」さんに、純輔はこの取材旅行の最後に大きな関わりを持つ大事件あう事になるとは、その時は考えもつかないほど、満足で感動的な時間だった、それまで純輔の生きた世界で知る人々の中でもっとも刺激的で、魅力ある女性だった。

純輔たち、アラスカ取材チームは、すこしの時間も惜しむように、高津さんを中心に追いながら、アラスカ中をセスナ機で飛び回り、次々と、素晴らしい映像を撮影し、取材して、時間があまりにも早く過ぎて行った。

★ ★ ★

私、カコは、純ちゃんを成田に送ったその足で、両親にも、誰にも、何も言わずに、ひとりで病院へ入って行った、これから、どうすれば良いのか、担当医との今後の治療方法について相談があった。

もう、だいぶ前から、右の胸が痛くて、時には腕を上げるのさえも辛い時があった、何度も、こんな症状があって、その度に、乳がんの検査をしても、見つけることが出来なかった、ただ、私は、赤ちゃんを産んだ経験が無いのになぜか、いつも、「慢性の乳腺炎」だと診断されて、治療の方法がないと言われるのが不思議だった。

「ホルモンバランスがくずれているから、痛いのでしょう!」
いつも、ドクターにはそんな風に言われては、痛さと不安に耐えて来たのだが・・・

純ちゃんとの恋!、純ちゃんに愛されている!、その想いが、私の体に変化が現わしてくれていた、以前の私の体調を考えた時、私は不思議なほど、元気になれたと思っていた。

とても気分の良い日が多くて、胸の痛みもさほど気にならなかった事も事実だった。けれど、ある日、とても胸が苦しくて、痛さが今までとは違うように感じて、先日、純ちゃんにも、家族にも、誰にも秘密で、胸の検査をして、分かった事は、乳がんである事を診断された。

純ちゃんがハリウッドから帰って、逢いたい想いと不安がごちゃ混ぜの揺れ動く中で、過ごしていても、純ちゃんへの想いが強い分だけ胸の痛さにも耐えられたし、乳がんと診断された事も忘れられた気がしていた。

純ちゃんのアラスカ行きを見送った後の病院で改めて精密検査をして、その結果をきく私は、担当医の説明をまるで、他人事のように、何の感情も無いままに聞き、ドクターの言葉だけが自分の体を通り抜けて行くような気がしていた。

これから、自分の身に起きる、重大な事だとは、すこしも考えが行かなかった気がする!

ましてや、純ちゃんはハリウッドから日本へ帰国して、突然、注目された忙しい身になり、世間から見られる特別な存在になって、その事が、少なからず、私は行動や感情が制限された日々がつづいて、自分の体の事を考えないように、その不安を遠ざけていた気がする。

今、私はたったひとり!、取り残された気持ちと、純ちゃんのいる世界が、あまりにも遠くなってしまったように思えて、むしろ、病気の事よりも、純ちゃんとの遠く離れてしまったと感じる隔たりの大きさが悲しかった。

幸いにも、まだ乳がんは、手術によって、治せると医師は言ったけれど、私は、今、自分の中で時間が止まってしまった気がする、なぜか、病気の事は深刻に考えられず、悩む事もせず、この乳がんと言う病気は自然な状態で何処かに消えてしまうとさえ思えるのだった。

純ちゃんは、アンカレジやフェアバンクスに滞在している時だけ、電話してきた!
『ハーイ、ハニー、元気にしているのかな?』

かなり、興奮しているのか、とんでもなく、上機嫌で話す声が弾んでいた!
いつもながら、一方的に話しては、私の声が聞きたいから、何か言って!と・・・
でも、いつだって、純ちゃんは、自分が伝えたい事がたくさんあるのよね!、仕事での感動が大きくて・・・私は益々、寂しさと不安が募るばかり・・・
『私!純ちゃんにとても逢いたいの!』
『今すぐに、飛んで逢いに行きたいの!』

そう伝えたいけれど、言葉が体のどこかで固まってしまったように出てこなくて悲しかった。
だから、私の口から出る言葉、純ちゃんに伝える言葉は、無理に強がって、元気なふりをする!ぎこちないまでに弱さを悟られまいと・・・
「私は益々元気で、もっと、健康になる為にね!」
「ビューティー、ヨガを始めたのよ!」
「純ちゃんがアラスカから、帰国できる頃にはね!」
「見違っちゃうほど、綺麗になっているわ~」
「成田で逢った時、驚かないでね!」

そんな心にも無い嘘を、声を弾ませて言いながら、突然涙が流れて止まらなくなって・・・
純ちゃんは、私との電話を切ってから、どんなふうに感じたかしら?今は純ちゃんにとって、すべてが大切な時、純ちゃんに絶対、私の病気の事を気づかれないようにしなくてはいけないのだから!

純ちゃんの仕事に余計な煩わしさがあってはいけない!今が一番の勝負の時ですもの・・・
けれど、私の胸の痛みは激しく、意識さえもが薄れて行く、見知らぬ街で私は倒れても、なお、純ちゃんのあの微笑に逢いたい!!!

「悲しい愛」
貴方の瞳に映る愛はこんな悲しい愛でしょうか
あの微笑に酔いしれたあの頃ただ愛してると言って
貴方がいつもそばにいてくれた頃運命は残酷に静かに密やかに
悲しい愛をもって来るただ貴方に逢いたくて
幾千距離が遠く離れて悲しい愛が私をつつむ

★ ★ ★

アラスカと日本、純ちゃんと私は遠く離れた場所で、日常を必死で生きていた。
何度かの純ちゃんからの電話での会話で、私は、感の鋭い純ちゃんだから、私に何か変化があった事を感づいていると思った!

私はこれからどうすればいいの?、私は乳がんになってしまい、手術が必要な事を隠してはおけないと思い決心して、ある日の純ちゃんの電話で打ち明けた!
「私の体に!乳がんが棲みついちゃったの!!!」
「だから、少しだけ、手術が必要なそうなの!!!」

だけど、ほんの初期で、乳がんの組織だけを取り除く、手術をする事になったと純ちゃんにストレートに伝えたけれど、言葉ひとつ、ひとつが、まとまりの無いぎこちなさを隠せなかった、果たして、純ちゃんはどんな風に受け止めたのだろうか・・・

純ちゃんは、しばらく、黙ったまま、電話の向こうで、微かに聞こえた!うめき声をあげているように私には感じた!!!そして、純ちゃんは、深呼吸してから・・・
「カコ、ゴメンね!」
「僕がそばにいてあげられなくて!」
「カコの、体の事、気にしてないよ!」
「直ぐに、又、元気になるものね!」
「今は、素晴らしい医学の発達で乳がんもそれほど怖くないのだよ!」
「初期だと言う事は、ほんのすこし、傷をつけるだけ!」
「でもね、もしもだよ!」
「もしも、片方の胸があれば!」
「僕は、充分だよ!・・・」
「僕は、カコが元気になってくれるほうが嬉しいから・・・」
「僕は、カコのどんな姿も大好きだよ!」
「今すぐに、カコのそばへ行きたいよ!」

そう言いながら、純ちゃんは、言葉にならない、言葉で、何かを言いながら・・・
「今、とにかく、少しでも、早く帰れるように、仕事を頑張るからね!」
「僕を、待っていて・・・」

そう言うのがせいいっぱいの、苦しそうで辛そうな、純ちゃんの息づかいが聴こえた。
まだ、アラスカでの取材が半分も進んでいない状態の、この時期に、純ちゃんに知らせる事がどれほどの苦痛になる事か!、わかっていながらも、私の心が不安で純ちゃんにしがみつきたかった。

私は早急に手術をしなくていけない!手術日も決まっているために、黙って手術をする事が純ちゃんへの裏切りになるような気にもなっていたし、辛すぎて話さずにはいられないほど、私の心が弱くなっていた。

純輔は、予定されたアラスカでの取材期間が伸びて、帰国が遅くなる事を、カコには伝える事が出来なかった、仕事を優先して、そばにいてあげる事が難しいから!

今回の取材は、同行スタッフも多く、純輔がこの仕事の一番の責任者である事で、一時帰国など許されるはずも無く、又、今、スタッフ、そして、アラスカでの取材協力者全員が一丸と成って、気持ちが盛り上がっている時に、自分の個人的な事情を純ちゃんの性格からして、たぶん、誰にも話さずに、ひとりで、苦しみに耐え、私を、私の体を、純ちゃんは胸が張り裂けるような思いで、心配し、気づかっている事が分かる私は、辛く、寂しくて、不安が大きいけれど、耐えるしかなかった。

純ちゃんは、前にも益して、電話が通じる場所からは、頻繁に電話をして来ては・・・
「ごめん!」「カコ、ゴメン!許して!」
「きっと、大丈夫だから・・・」

いつも、自分がそばにいてあげる事が出来ない事を気にしていて、心配をしている事が、私には良く分かっていた。

純ちゃんは、予定された取材期間が長くなる事で日本への帰国が今、予定する事が出来ない!、その事をどうしてもカコには話せずに辛い日々を、過ごしながらも、その事を周りの人たちには気づかれないように、仕事に集中するしかなかった。

私は純ちゃんからの遠く離れて伝わり来る電話の声が聴き、純ちゃんのその声を聴くだけでも、勇気がもらえているような気がして嬉しかった。

純ちゃんの為、いや、私自身が少しでも健康な体になり永く生きていたい!

そのためにも一日でも早く、手術をしなければと思い、手術日を決めたけれど、いざとなると、今まで、両親へ心配させたくない為に言えなかった事実を伝え、やはり両親はショックが大きくて、オロオロするばかりだったけれど、私は手術の前にしておく事が多い、いろんな雑用があった。

もしもの時に、純ちゃんに迷惑がかからないように、純ちゃんとの繋がりを消す努力も必要だった!

担当医は、カコの幼い頃からの長い付き合いから、手術日をカコに優先的に組んでくれてはいても、やはり、ひと月先まで手術スケジュールは一杯で、カコの手術は出来なかった。

今は、それほどまでに、乳がんの患者が多いということなのだろう、担当医は、無表情、無感情に言った!
「君よりも、もっと、深刻な患者さんがいる!」
「でも、君はまだ、手術で治せる時期なのだから!」
「まだ、不幸だとは思わず!」
「あまり、深刻に考えないように!」

そう、言ってはくれるが、私は、何を言われても、気分が晴れる事は無かった。
「ただ、純ちゃんに、逢いたい!」
「無理だとわかっていても、心はわがままになる!」
「時には、行き交う見知らぬ人にまで、怒りの眼差しを向けてしまう・・・」

今の体の状態は、もう、右の肩に重い石を乗せているように腕が重くてあがらない、時には、耐えがたい痛みが背中を突き抜けるような感覚で暴れているような・・・

私の場合、痛みが激しい!、私の知る知識で、不確かな事だが、乳がんは、殆どの人が痛みがないために、気づかない事が多いのだと聞くが、私はもう10年以上前から気になっていた、不快感と痛みがあった。

けれど、純ちゃんの仕事の事や純ちゃんからのプロポーズが嬉しくて、自分の体の事は考えや思いから意識的に遠ざけていたのかもしれない!
それは女として、純ちゃんから感じる熱い眼差しの恋する想いが幸せすぎたから・・・

私には、純ちゃんがあまりにも大きな存在であり、ある意味では私のすべてのような気もしていたから、確かに、純ちゃんは、ハリウッド映画に出演した事で、少しだけ、純ちゃんは自分自身が持つ価値感や性格が変化した気もするが、本質的には変わっていないと思いたい!

前のように頻繁に気やすくは逢えないけれど、私を変わりなく大切に想ってくれている事が何より感じているし、ただ、今は、あまりの忙しさに、純ちゃん自身をその時間の流れに飲み込まれまいと必死で自分の居場所を確保している。

自分をその場所に馴染ませる努力をして、今までには考えていなかった事でも、純ちゃんの信じる道の中のひとつなのだと思えるように少しだけ、気持ちや物の見方の巾を広げている時期なのだろう・・・

そんな純ちゃんにとって、今は一番大切な時期なのに、私の事を思いながら、日々の仕事を頑張っているだろうと思っただけで、私は苦しかった。

やはり、病気の事は伝えるべきではなかったのだ、後悔の気持ちが大きくなって行ってきもちが落ち込みがちになる、そして入院の日が近づいて来たある日、突然、純ちゃんが私の目の前に立っていた。

私は、夢の中で純ちゃんに逢えたのだと錯覚していた、数日前から、風邪の症状があり、熱が三十八度五分ほどある、私は平熱が低く三十五度くらいだから、やはり体が辛くて、家で寝ていたもつねに夢を見ているような現実離れした状態が続いていた。

私の部屋のベットの脇で純ちゃんは黙って、私の顔をみていてびっくりした。
そして、いきなり、私を抱きしめてくれた!
「どうしても、カコの顔が見たくて、ちょっとだけ、帰ってきた!」

そう言って、又、私を抱きしめた。
その時に聞こえてきた、場違いな声!家の脇の路地を行く、今年はじめて聞く・・・

「焼き芋~、焼き芋~、や~き~い~も、美味しいよ~」
「なんと場違いな、やきいも屋さんだこと!」

母がいらだつように、私たちの事を気遣いながら言ってるのが聴こえた。
我が家は、小さな住まいだから、外の物音が良く聞こえてしまう!

私が元気な時であれば、母は喜び勇んですぐに飛んで行って買うのがいつものこの時期の行事だ!、その事を焼き芋やさんは覚えていて、少し大きな声を出して、伝えたかったのでしょう。
そんな、外の風景も気づかないように、純ちゃんは私を抱きしめて・・・

どうしても君に逢いたくて、今回のアラスカの取材企画の打ち合わせを、急ぎつくって、二日だけ戻って来たと言った。

純ちゃんは、自分のおでこを、私のおでこにつけてみて!
「カコ、やっぱり、熱があるんだね!」
「僕の顔を見て、急に熱が出たのかな・・・」

純ちゃんは無理にジョークを言っては、少しでも私に心配な気持ちを見せないように純ちゃんのオーバーな仕草が夢の中で観ているような気もして可笑しかったし、嬉しかった・・・
私の熱い体は、純ちゃんの冷えた、冷たい頬がとても気持ちが良い感触・・・
私はながい夢を見ているように、純ちゃんの幻を見ているような・・・


                         次回につづく


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