★突然の再会そして別れ★
純ちゃんは、つぶやくように言った!
「日本を離れていると、季節感が分からなくなるな~」
少し照れながら、体調が悪い私をきつく抱きしめた事が、気まずく思ったようで・・・
「もう、焼き芋やさんが来る季節なんだね!」
「カコ、おいも、食べてみる!」
突拍子もなく、照れ隠しのように、そう純ちゃんがすすめてくれると、私は不思議に、なんとなく、食べたいような気がした。
私はもう何日も、あまり、食欲がなくて、口の中がかさつき、食べ物の味がしない、ただ苦味があるだけで食べ物が喉を通らなくて困っていた。
私が返事をする間もなく、部屋を出て行ったが、母が直ぐに気付き!
「もう、買いに行っても、間に合わないから・・・」
玄関で、止められたと言って、私の部屋に戻って来た。
「アラスカはもう雪が降る日もあるけど!」
「8月の末になったばかりだから、日本はまだ夏だったね!」
「ここの焼き芋やさんは、変な時期に来るんだね!」
確かに、世間一般的では、この時期に焼き芋屋さんは似合わないけれど、なぜか、この土地、我が家では、不思議な事ではなかった。
純ちゃんは、突然、仕事の話をはじめた、「カリブーやビックベアー(グリズリー)」にすぐ近くで遭遇したよ!、しかも何度もだよ!
そうかと思うと、明日、一日だけ何もしなくていい時間があるから、何処か、行きたい所につれて行ってあげる!
「何処にする!」
私は今、外出が出来る状態でない事を純ちゃんは充分にわかっていながらも私の為に何か役立ちたかった!
けれど、純ちゃんは、日本にいられる時間がない事で焦って落ち着けないようだった。
実際に明日、純ちゃんが使える時間はは半日だけだ、どんな短い時間であっても、一緒にいられる事がふたりは幸せだった。
両親はふたりに気を使い・・・
「今夜は、泊まってくださいね!」
「カコのそばにいてあげてください、お願いします!」
私の両親はいつになく、特に母は強い口調で、純ちゃんにお願いしていた。
私は、やはり、夜になって、39度に熱があがってしまい、意識も途切れがちだったけれど、純ちゃんは、一睡もせずに、私のそばにいて、私の高熱を下げようと、介抱してくれている事をおぼろげに感じていた。
私は夢を何度も見ながら・・・
夢の中で、ふたりは、旅をして、楽しく笑いながら、寄り添いながら・・・
そして、私の体は、なぜか、何処か、恐ろしく暗闇の深い谷底へ落ちて行く瞬間に眼を覚まし、震えながら、涙を流して・・・
そんな時はいつも、そばで、純ちゃんは私の手を握っていてくれた。
次々とみる夢の中で純ちゃんと私は、以前から約束していながら、叶わずにいた海を見に来ている!
「そしてふたりは手をつなぎ砂浜を元気に走っていたいた!」
今まで一度も海へ行った事がなかったけれど、とても鮮明に浮かぶ、夢の中で!
誰ひとりとして、人の姿がみえない広い砂浜に座り、波静かな海!大海原をたったふたりだけでいつまでも眺めていた。
カコは高い熱に意識がもうろうとして定かでない!夢をたくさんみた夢の中で、純ちゃんとふたりが砂浜で海を眺めている季節は春なのだろうか?とても明るい陽ざしだ!
太陽が優しく私たちを照らしてくれて、とても気持ちが良くて、でも、私は耐えられないほど陽ざしが眩しくて眼を閉じてしまう!すると、柔らかに細い光は揺らぎながら、私の眼の奥へ、奥へ、そして、私の体のすべてを揺らぐ光で包んでくれていた。
純ちゃんは何処にいるの?、私のそばで声がしてるのに・・・
「カコ、そっちは危ないからダメだよ!」
「向こうへ一緒に走ってみようか!」
と言ってる声の人は純ちゃんのはずなのに、その人の顔が見えない!
気がつくと純ちゃんは私の手を取って、ゆっくりと走ってくれる、まるで、碧い空へふたりで飛んで行くように・・・
私と純ちゃんは、海の波うちぎわに裸足になって立っている!
いつの間にか、私の両足の下の砂は足の周りから音もなく崩れて行く、足の指先から砂が崩れて行く、少しずつ小さな波が崩して行く!
私はすべて波に包み込まれて体ごと海にのみ込まれてしまうように・・・
そんな怖い夢を何度も繰り返しみて、私はすこし泣いていたのだろうか、純ちゃんは、やさしく私の顔をつめたいタオルで、おでこを冷やしながらも、眼の涙をも拭いてくれていた。
その冷たさがとても気持ちが良くて、私は又、夢の中へ入って行くようだった、明け方になって、私は、意識もはっきりとした、どうやら、熱もだいぶ下がったようで、目覚めると、母が笑顔で私に話しかけた。
「すこしは、気分が良くなったかしら!」
「熱は三十六度までさがってるわ~」
もう少し、ゆっくりとおやすみなさいね!そう言って、洗面器やタオルを持って、部屋を出て行った。
昨日、確かに、純ちゃんがいてくれたのに、どうしたのかしら、姿が見えないけれど、あれはすべて夢の中での事だったのかしら・・・
確かに、私を、抱きしめてくれて、あの頬の冷たさの感触があるのに!あの感覚は幻だったの・・・又、母が部屋に入って来た!
「なぜ、純ちゃんは私のそばにいてくれないの?」
どうして母は何も話してくれないのかしら、まるで私に意地悪してるように!、いつもの優しい母ではないは、なぜ?!私はもうこれ以上、我慢できない!
「ママ!純ちゃんは、何処にいるの!」
いきなり、私は、もう長い間、使っていなかった「ママ」と言う呼び方がなぜか出てきた!
カコが幼かった頃に良く使った、母への一種の甘えたい時の呼び方だったので、母はびっくりしたように、しばらく、私の顔を見てから・・・
「あなたのそばで、熱が下がるまで!
「朝方まで、ず~と!」
「純輔さんは、貴方の看病をしてくれたのよ!」
「ここに、いられる時間のぎりぎりまでね!」
「すこし、休んで、私が替わるからと、何度も言っても、聞かずにね!
「本当に、一睡もせずに、氷水でタオルをゆすぎながら変えてね!」
「あなたの額のタオルを必死で取り替えてくれたのよ!」
「朝方に、あなたが熱が下がってから!」
「カコが落ち着いたことを確かめてから・・・」
「どうか、カコさんをよろしくお願いします!」
まるで、私たち、親よりも、必死になって看病してくださって、ありがたいけれど、純輔さんも忙しい体で疲れているだろうに・・・
「純輔さんは本当に優しい人ね!」
母は、急に呼び方まで変えて、感激していた、純ちゃんに対しての嬉しさと感謝する気持ちから、母はすこし、涙ぐんでいたようだった。
「今日、アラスカへ戻りますが!」
「カコさんには、又、時間をつくって、必ず来るからと、伝えてください!」
そう言って、今朝の5時過ぎに純輔さんは出かけたのよ!
私は何処へもぶつけようの無い、寂しさと怒りのような感情が、弱った体で震えながら言った!
「どうして、私を、おこしてくれなかったの!」
「純ちゃんが、帰るからって一言、いってくれれば・・・」
母が困っているのは分かっていた、私の我がままだと言う事も、充分に理解していた!
けれど、心が許せない怒る気持ちになる!
それは、自分自身へ情けない思いと怒りと寂しさで悲しみである事を私が一番良く知っていた。
ベットで横になっていても、気持ちが暗くなるばかりだった。
しばらくして、耳障りの良い、聞きなれた、音楽!
「サイダーハウス・ルームのメインテーマ」
純ちゃんとふたりで何度となく見た韓国のドラマ「遠い路」に使われていて、私の大好きな、憧れの俳優「美しき人」が演じている主人公が、とても、純ちゃんの雰囲気と似ていた。
いつかこんな風な役で主役を演じて見たいと言った、その時の純ちゃんの眼がキラキラと輝いていたのを私は忘れられない!
ふたりの大好きな曲だ!!!
私は病弱な体だから、友人や世間とはつながりが少ない為、あまり使う事のない携帯電話!
まるで純ちゃんと私との専用の電話のような!ベットの横においてある携帯電話からあの懐かしい曲が流れた。
「今、僕は成田でございますが!」
「どうでしょうか、姫のお体のお具合は・・・」
「姫がお元気でいてくださらないと僕はとても悲しいです・・・」
純ちゃんのそんなジョークも寂しさを隠しての言葉で、私を元気づけてくれる為の精一杯の純ちゃんの優しい気づかいが私には辛かった。
私の部屋で、一晩中、私の高熱を下げる為に、冷たい氷水に手をつけて、看病して、寝ずに又、アラスカへ向かった。
シアトル経由でも、殆ど一日がかりだ!飛行機の中で少しでも、寝られたら良いのだけれど、日本から持ち込む、いろんな資料に眼を通さなくてはいけない仕事を山ほど抱えているのだろう・・・
私のところによったばかりに、三日三晩寝ずでの行程は、いくら良く鍛えた体であってもきつい事だろうと、私は気が気じゃなかった。
「じゃ、行ってくるね!」
「今度、逢う時は、ちゃんと僕を成田に迎えに来てね!」
「アンカレジに着いたら又、電話するから・・・」
そう言って、アラスカに戻った純ちゃんからの電話は切れた、けれど、アンカレジからはなぜか、純ちゃんから電話は無かった!
そんな純ちゃんからの約束を心待ちにしていて、連絡が無い事が気になり、不安がよぎりながらも・・・
私は、純ちゃんがアラスカに戻った、数日後に、やっと体を動かせるまでに快復して病院に入院した、今度の入院は、今までの入院とは違って、体にメスを入れる手術!、しかも、女性としての象徴のような『右乳房を取る』
両親にも、純ちゃんにも、右の乳房を取る事を私はは言えなかった!
だが、他への転移を防ぐ為にも、乳房を取る方法しか、私の場合は外に治療法がなかったのだった。
純ちゃんは、感のいい人だから、ある程度、感づいていたようで・・・
「もしも、もしもの時だよ!」
「君の胸が片方だけでも、僕は充分だと、思うよ!」
そんな、気休めを、さりげなく言ってくれる人だ!
私の両親は、かなりのショックだったようで、ただ無言で、部屋に入って来た。
両親は、担当医からの説明を受けて分かったのだった、乳房を取り除く手術だという事を・・・
私はあえて、両親へも純ちゃんにも知らせずに、私ひとりで決めての入院だった。
私の大切な人たちに何度も辛い話を聞かせたくなかった。
確かに、両親のショックは大きいけれど、これからの日々、どんなに辛くて、苦しむ事には変わりなかった。
相変わらず、入院と同時に、私の腕は、点滴の手ぐさりに繋がれた日々の始まりだった。
血管が細くて、注射針が上手く刺さらないのも同じだ!
いや、前よりも、もっと、試し打ち回数が多くなった気がする。
「痛いの、痛いの、何処かへ、飛んで行け・・・」
幼かった日、母がよく私に言ってくれたおまじないが懐かしく、虚しくも心をよぎって行く。
たちまち、点滴液が漏れて、私の腕には、いくつもの黒いあざで膨れ上がってきた、この状態も、同じように何度も繰り返した事だった。
看護士さんの中には、さりげない言葉で・・・
「カコさんは痛がりやさんだからと笑いながら言う人もいた」
私はそんなに、わがままで、大げさに騒ぎ立てる人間なのだろうか?
もう、自分がどんな人間なのか、分からなくなって来た。
私には拷問のような辛い日々がつづく・・・
そのころ、純輔は、精一杯、渾身的に取材撮影進めて、アラスカでの取材も終盤を迎えて、久しぶりに、フェアバンクスの郊外、深い森の中にある、高津さんの家で、しばしの休息を楽しんでいた。
九月中旬でも、ここは時々雪が降る冬を迎える時期だった。
家の中は暖炉を焚いて暖かく、快適に過ごせているが、いざ、一歩外に出れば、直ぐにからだごと凍りつくほどの寒さだ。
フェアバンクスは、北極圏からすこし南に位置している、アラスカでは第2の大都会だけれど、高津さんの住む、この森は、広大なアラスカでの事、お隣の家が果てしなく遠い、森の中の一軒家だ。
必要最小限の家具があるだけのこじんまりとした家だ、ご夫婦が寝る、寝室があるが、後は大きな書棚のある二十畳ほどの広さの中心に暖炉が置かれていて、食べ物やその他の煮炊きする物は、すべて、この暖炉の上に置くだけで、出来上がっていた。
純輔は、このリビングのソファーに寝かせて貰った。
何時間か寝た頃に、高津さんにいきなり起こされた!
「李さん、今、素晴らしいのが出てます!」
「外に、急いで出てください!」
そうせかされて純輔はダウンジャケットを急いではおり、慌てて外へ出てみた!
その世界は、あまりにも、あまりにも、大きな空!!!
いや、大宇宙のうねる音がするように、青黒い虹と、簡単な言葉では表現をしてはいけないほどの気高さと神秘の世界がひろがっていた!!!
それは「光のロンド」「天空からの光のメッセージを伝えるのように!」
ダイナミックに揺れ動く、大宇宙から聴え届く音楽のように・・・
純輔はあまりに美しくて、感動と共に震えるような恐怖感さえ覚えるのでした。
私は、純ちゃんが、終盤の仕事に集中出来るようにと思い、私は、入院後に純ちゃんから電話があっても勤めて明るい声で話す努力をし、手術日を純ちゃんに言わずに・・・
「今ね、私よりも、もっと、大変な患者さんが多いらしいのよ!」
「私は、ちょっと、待たされてるようなの!」
そんなふうに言ったり、時にはどうしても気分が悪くて辛い時などには私の変わりに母に電話に出てもらう時もある!
「今、検査に行って、ここにいないのよ!」
そんなへたな嘘でごまかしの言葉が私をなを苦しめていた。
次回につづく