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みらいのダ・ヴィンチたちへ

できるかできないか。そんなことは明日に任せて、今このときを一所懸命に「ぼく・わたしは考えたよ。描いたよ。作ったよ。」

はじめてのカッターナイフだ~っ!

2011年01月24日 17時55分59秒 | 日記・エッセイ・コラム
「先生!鉛筆が折れた!」
私がカッターナイフで削っているとYくんは身を乗り出して見ている。「ナイフ使ったことある?」「まだないよ!」これもこの教室の目標の一つであると、私は腹をくくった。「挑戦してみるか?」Yくんのこわばった顔を見て安心する。この子はナイフの怖さを知っている。だから真剣に使うだろうと。私はワザとYくんの指先に刃を向けた。とっさに手を引っ込める。
これだけで指導の半分は理解しただろう。文科省の学習指導要領では1年生になるとナイフの持ち方について指導するようにとあるが、実際にどれだけの先生がやらせているのかは?である。
ふたりのやり取りを見て2,3名が挑戦したいと名乗りを上げた。(この子たちは、たいしたものです。その勇気をたたえてあげたい)案の定、刃先のその先に立つ子がいる。私はワザとナイフを滑らせ、その子を睨みつけ、[危ない!」と、大きな声を張り上げた。
●ナイフを滑らす方向に人がいないこと(自分の指がないこと)
●力まかせで削らないこと(少しづつ、ゆっくりと)
この約束をしっかりと伝える。この先も私の判断で徐々に経験させていきたいと考えています。大切なことは道具を体で覚え(痛い目にあうことも含め)正しく使わせることです。
とがった芯になるのを見て、Yくんは「お~っ」と言ってくれました。また練習しようね。嬉しそうな顔に安心しました。
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造形教室の宿題!?その理由とは

2011年01月13日 18時25分32秒 | 日記・エッセイ・コラム
ヒゲ先生:何を作るのか考えてきたかな?
Hちゃん:アクセサリーショップ!
Aくん:考えてこなかった、うーんっ!
 「宿題を出す造形教室」これだけを聞けば、良識のある多くの方は「創作は予習してできるものではない」「嫌にさせる危険な指導である」そんな声が届きそうです。もちろん、正解を求めるためではなく、時間の有効活用のためでもありません。私の考え方の結論から先にお話すれば、より深く考え、質を高めてほしいと願っているからです。毎回の授業では、はじめにイメージを伝え、手が動き出すまでの、一人ひとりの時間差はあります。もちろんのことです。しかし、そこには教室という多数の子どもがひとつの課題に向き合うという制約の中で創作活動を成立させなければなりません。いわゆる、何をしてよいのか分からず、手が止まってしまう状態は、決して意味ある思考時間とはいえません。これこそ、嫌いにさせる時間なのです。
 たとえば花の種子を植える時、いきなり土の中に埋めても芽が一向に出てこないものもあります。その際、事前に水分を含ませ、外殻を柔らかくして発芽を助けてあげることが必要になります。宿題とはそのようなものと考えています。
 次週の課題のポイントを一緒に考え、ときに助言をして、お子さんの思考をほぐして、当日の課題にスムーズに望むことで、その時間がとても充実したものになります。毎回の[ダ・ヴィンチノート」には多くは記載していません。なぜならば、私のイメージを先に植えつけてはならないからです。矛盾していますが。イメージは大きく膨らませてから、凝縮させることで質が高まります。
 ぜひ、ご家庭においてお子さんの思考を膨らませて、教室では集中して取り組めるように導いていただけると幸いです。
Hちゃんは自分の思い通りの展開で、作りながら湧きだすアイデアに時間が足らない様子でした。Aくんは材料を重ねることに終始してしまい、完成のイメージがつかめない様子。材料を使いこなしている子と材料に振り回されている子。どちらも良い学びであってほしいと願っています
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自分のスケッチブック

2010年12月27日 19時23分58秒 | 日記・エッセイ・コラム

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2010年もあと少しで終わります。2か月を要した力作の動物もそれぞれの家でお正月を迎えることと思います。あらためて、本当によくがんばって続けてくれました。
思うようにならない新聞紙、デコボコの面を塗る絵具、でっかい相手に立ち向かう一人ひとりの素顔を見ていると、もっともっとこの子たちに課題を通して多くの体験と困難を出会わせてあげたいと思います。「生きる力」は教えられて育まれるものでもありません。その時その場で「自分はどうするのか」をひとりで決め進むことで得られるものです。このことは子どもを見ても、まして聞いても分かるものではありません。しかし親としては、そこが一番知りたいものであることは十分理解できます。そこで、ひとつのメッセージとして、今回、スケッチブックを子どもたちに渡しました。なぐり描きをする子、だれにも見せたくないと言う子、そのものに関心がない子もいるでしょう。それでいいんですね。その子の日記としてそれは大切な記録なのですから。
そこでひとつだけお願いがあります。すべて描き終わったら、ぜひ、保管しておいてください。いつの日にか、迷った時、きっとお役に立てる記録になっていると思います。自分で描いた絵は自分を導く力があると思ってます。 
ご家族の皆様に新年が良き育みの時間となりますようお祈りいたします。
ありがとうございました。
  
  

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クリスマスのキラキラを飾りました。

2010年11月16日 17時49分28秒 | 日記・エッセイ・コラム

少しずつ北風が冷たくなってきました。毎朝、先生のクルマの上には落ち葉がドッサリと積もっています。だから、走り出すと落ち葉が後ろへ舞って、フランス映画のワンシーンのようです。「ボンジュール!」

日曜日に大きな木の枝につかまって枝打ちをしました。安全ベルトを腰に巻いて、登っていくのですが、以前はヒョイヒョイと枝から枝にお猿のように乗り移ったのですが、今回は少し恐怖感がありました。でも、樹の上から見る鈴鹿の山々はいつも絶景です。それがあるからやめられません。

オーナメントが少しずつ増えています。12月24日の2.3日前になると半額以下になるのを待って残り物を買っています。紅葉のハナミズキにミラーボールをたくさん吊り下げています。もうしばらくすると葉っぱが落ちて裸んぼになってしまいますが、銀色のボールだけでもシンプルなツリーの出来上がりも楽しみです。

メダカたちも水が冷たくなって、餌をあげても顔を出さなくなりました。今年は夏の暑さのせいなのか、卵をほとんど生みませんでした。少し心配ですが、春にはまた、多くの子メダカが泳ぎ回ることを楽しみにしています。

実りの秋です。みんなおいしいものをいっぱい食べて元気に冬を迎えましょう。
芸術の秋でもあります。さあ、今度は何をつくろうかな。


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君は空を飛ぶことができただろうか。

2010年09月15日 18時46分13秒 | 日記・エッセイ・コラム

ほとんどの子は空を飛ぶ自分の姿をイメージできます。これまでに絵にも描いたんだろうと思います。でも、空を飛ぶ自分像を作るのは、おそらく初めての経験だったんじゃないでしょうか。しかも、始まりからいきなり、骨、関節、筋肉の図鑑を見せられては、戸惑うのは当たり前です。でも、みんなは人体の構成をよく理解しているようでした。背中の翼にはさすがにどうしてよいのか固まっていましたね。先生は意地悪な質問をしました「みんなのカラダが空中に浮くには、どんな形をした翼がなくてはならないのだろうかな」その答えはひとりひとり違います。それを表現して形にしていかなくては納得できないでしょう。だから、必死で形を考えましたね。みんなと一緒に飛びたいから。

先生は迷っています。完成したら、ロダンやラファエロにも負けていない純白の像が空を飛ぶ優雅な姿になります。それで完成にするべきか、着色までを続けるべきかを。(黙って持ち帰ってもらうことにします。その後は自分で考えることですから)

授業中にみんなで盛り上がった話題がありましたね。先生が「お尻のカタチもよく観察しなさい」と言ったら、ある子が「センセイのおしりは大きすぎるなぁ!」またある子は「おなかも出ているし!」なんと失礼な!先生が一番気にしていることを、正確に指摘してくれて。みんなの観察力は大したもんです!(そこで先生は思いました。描写の上達には模写も大切だけど、本物を目の前にしてそこで感じる存在感も描写には大切な意欲につながるものだと)

これからもダ・ヴィンチは本物をできる限り、体験してもらいたいから、先生は努力します。みんなには将来、本物の人物になってもらいたいから。そう信じています。

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