みらいのダ・ヴィンチたちへ

できるかできないか。そんなことは明日に任せて、今このときを一所懸命に「ぼく・わたしは考えたよ。描いたよ。作ったよ。」

緑区初のダ・ヴィンチ展 やっちゃいま~す!

2013年07月19日 16時15分51秒 | インポート

有言実行でないと、言い訳するばかりで何も始まりません。はじめての教室展を企画します。10月12日~14日会場は徳重のCCNetさんのイベントルーム(ウォークヒルズ北)6月の課題で制作した自画像をメインに展示したいと考えています。さらにはご家族全員でそれぞれ自画像を描いていただき、お子さんの作品と並べて展示なんてことも考えています。(その際はふるってご協力をお願いいたします)近日、詳細は発表します。
Rimg3670(ピカピカの新築です


コンクールの功罪 あれこれ

2013年07月19日 15時41分31秒 | インポート

絵や工作を教える。教えることに強制力を持って子に伝えることは、子どもの心を抑制することになります。また、大人の価値観を満足させるために顔色をうかがうような子の成長であってはなりません。その場合、大人受けの良いテクニックの期待の代償として、貴重な創造力を失うことになること大人は知っておかなくてはなりません。それは成長の根幹を脅かす傾向にもつながります。
指示されなければ行動しない。考えない。(自主性、積極性の欠落)学識・記憶力はあるがそれを応用する勇気・パワーがない。
他人の目、見栄えばかりを意識して自由な発想を自ら束縛しているのです。自由とは本来強いものです。しかし抑制された子は自由力を成長過程で身につけることなく大人になるのです。
自由とは教えられるものではなく、気がつくものです。子どもたちが気がつくように支援することが本当の「教える」なのです。だから、テクニックを教えてはいけない、上手に描くコツなど、もってのほか。しかし、気づかせることは何度でも仕向けるべきです。そこではケガも必要です。ナイフを使わせないのではなく、使い方でナイフを分からせることが大切です。根気も必要です。失敗もさせてみることです。挫折して、乗り越えさせてみることです。
コンテストの功罪、賛否ありますが、評価などは一喜一憂しなくてもいいのです。作品の良し悪しでは決してないのです。その子の今現状の心を表した証、それをほめてあげれば。悔しさもいいでしょう。励ましてあげれば。私自身は今後もコンテストの趣旨をよく吟味したうえで出展させたいと考えています。
コンクールを競争と捉えることはいたしません。その子の生々しい成長の証と、尊厳をもって捉えています。
提出から半月以上が経過して、ある賞を受けた作品が手元に帰ってきた時に本人がひとこと「これ、わたしが描いたんだっけ?」成長スピードのなんと早いこと、ヒゲ先生の方がビックリです!
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気温の激変に夕方に羽化(ガオー教室の庭にて)


お絵かき教室じゃないのよダ・ヴィンチは~ハッハッハ~ン

2013年07月10日 10時22分46秒 | インポート

最近入会してくれた女の子がポツリと「ダ・ヴィンチって絵ばかり描くところだとおもっていたのに~」ひまわりのモザイクを延々と貼る作業が続く中だったので、その気持ち、わからないわけではありません。今回のひまわり課題の画材は色彩透明シールです。1センチ角の小さなモザイクを切って、台紙をめくって、貼っての連続です。「センセイ~ここは広いから小さく切らずにそのまま貼ってもいい?」確かにそうなんですが、丁寧にお話ししました。絵具では思い通りの色が作れなくて挫折する例を多く見てきました。そんな子たちは混色を避け、絵具チューブからそのまま塗ろうとするため、色彩に変化が乏しく、広がりのない絵になってしまいます。小さなモザイクで貼るということは隣と重なって色が濃くなったり、別の色が重なって色が変わったりして、意外な表現ができることもあります。白い隙間ができても、その上にもう一枚貼ることでまた色の変化が。そのようにして自分で色を操るトレーニングをしているのです。「めんどくさ~い!」の声にも心鬼になって「きれいな色がみつかるから辛抱してやってみようよ!」 

またある子は、ステンドグラスの輪郭線にあたる黒色テープの太さ(5ミリ)を考えず、細かすぎるほどの下絵を描いています。サンプルを見せても理解が難しいようです。黒色テープを貼りはじめて気が付きます。「センセイ~、テープをもっと細く切ってよ!」(負けそうになります) 「そうだね、どうしようか?」まずは大きく描いた主役さんから順に描いていこうよ。しばらくすると「せんせー~この小さなやつ、やっぱりいらない!」何が一番描きたいのか、対象の整理。描くもの、構図の整頓ができるようになります。子どもが表現しようとすることはすべて同じです。ただ、時と場合によって、扱う画材が違ってきます。(活躍する分野が違ってきます)将来に向けて、手法の多さが生きる力になると確信しています。
ひまわりの花弁いちまい一枚にその思いが表現できていることを願っています。
(写真はYくん 年長 制作途中ですが本人は完成といいはっています。どうしましょう?)
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自画像に目覚めるとき

2013年07月02日 09時08分23秒 | インポート

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月末、最後のひとりが描き終えるまでハラハラしましたが、コンクールの申し込みに行きました。さすがに全員の画用紙はズッシリとした重さがあり、その嬉しさと同時に責任の重さをあらためて感じました。
学校での自画像指導は高学年での課題になります。自分自身に深い興味を持てないと、じっくりと観察することができないとの理由です。確かに観察力は年齢によって精度や範囲に差がでるでしょうが、観察する意欲(姿勢)には関係がないと思います。すごいな(感動)、なに?(関心)、なるほど(納得)、やってみようかな(向上心)など、観察を通してこれらの経験値が少ない子は自画像描画においても、その子の幼少期に刷り込まれた概念に頼ってしまい、記号化された顔のパーツでスタンプされたように生彩を欠いた絵になってしまいます。(掲載の3点の絵はどれもイキイキとしたステキな作品として紹介しました。上段から1年生・1年生・4年生)

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ここでも鏡を見て描くことを無理強いはさせないように注意しています。「耳のシワをよく見て」「鼻の形は三角の、、、」など、観察力を要求するのではなく、「どうなっているのかな?」という問いかけに、どんな小さな発見でもよいので、その子がそれを表現することができたのなら、それを大いに褒めるようにしています。
その子が自分の顔の絵にビックリしたように、私もその子の成長をビックリしたいのです。

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