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みらいのダ・ヴィンチたちへ

できるかできないか。そんなことは明日に任せて、今このときを一所懸命に「ぼく・わたしは考えたよ。描いたよ。作ったよ。」

子どもたちの期待を裏切ることも先生の役目?

2011年01月31日 17時01分15秒 | カリキュラム
「2月はさかなを描きま~す」私の発表に小さな声が耳に入りました。「さかな図鑑を持ってこよう」「きっと、1階の熱帯魚のことだよね」
先生はそんなカンタン(?)な課題はおもしろくないと思います。みんながギョッ!と驚くような絵を期待しているのです。だからといってナポレオンフィッシュやマンボウは捕まえてくることができません。だから、、、、。これ以上はさかなを見てからのお楽しみ。
先生はみんなにいつも大きな声で叫んでいるよね。「描いている自分の絵を見るんじゃなくて、描こうとするモノをじっくりと観察しなさい!」さかなだって、じっくりと観察しなければ描けないよ。
話が脱線します。
スケッチ=見たままを描く 誤解を招く言葉ですね。ダ・ヴィンチ教室では観察しなさいと指導しています。「観て察する」まさに注意深く見て、深く考える作業です。つまり、さかなを見たまま描くことの前に、さかなと接し、何を感じ、どのように思うかが、子どもには大切なことです。何度もお話していますが、上手に描くことだけが目的ではありません。
小学2年生前後でそろそろ、さかなを記号イメージで描くことから次のステップに入ります。描こうとする対象物に興味を持つことを習慣づけたいと考えています。
魚の身になって考えれば、せっかく描いてもらうんだから、じっくり観察してほしいと思うんじゃないかな。耳はどこ?ひれはどこに付いているの?なんでこんな形のカラダなの?そんなことを観察して、魚のことを知ると、まるで生きているような、いきいきとした魚が描けると思うよ。
お刺身は好きですか?塩焼きは、干物はどうですか?
さかなのいのちを考えながら描くことで、いのちの大切さ、食べるときにも、いのちのありがたさ(食べられること)が分かってくれると嬉しいです。
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はじめてのカッターナイフだ~っ!

2011年01月24日 17時55分59秒 | 日記・エッセイ・コラム
「先生!鉛筆が折れた!」
私がカッターナイフで削っているとYくんは身を乗り出して見ている。「ナイフ使ったことある?」「まだないよ!」これもこの教室の目標の一つであると、私は腹をくくった。「挑戦してみるか?」Yくんのこわばった顔を見て安心する。この子はナイフの怖さを知っている。だから真剣に使うだろうと。私はワザとYくんの指先に刃を向けた。とっさに手を引っ込める。
これだけで指導の半分は理解しただろう。文科省の学習指導要領では1年生になるとナイフの持ち方について指導するようにとあるが、実際にどれだけの先生がやらせているのかは?である。
ふたりのやり取りを見て2,3名が挑戦したいと名乗りを上げた。(この子たちは、たいしたものです。その勇気をたたえてあげたい)案の定、刃先のその先に立つ子がいる。私はワザとナイフを滑らせ、その子を睨みつけ、[危ない!」と、大きな声を張り上げた。
●ナイフを滑らす方向に人がいないこと(自分の指がないこと)
●力まかせで削らないこと(少しづつ、ゆっくりと)
この約束をしっかりと伝える。この先も私の判断で徐々に経験させていきたいと考えています。大切なことは道具を体で覚え(痛い目にあうことも含め)正しく使わせることです。
とがった芯になるのを見て、Yくんは「お~っ」と言ってくれました。また練習しようね。嬉しそうな顔に安心しました。
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造形教室の宿題!?その理由とは

2011年01月13日 18時25分32秒 | 日記・エッセイ・コラム
ヒゲ先生:何を作るのか考えてきたかな?
Hちゃん:アクセサリーショップ!
Aくん:考えてこなかった、うーんっ!
 「宿題を出す造形教室」これだけを聞けば、良識のある多くの方は「創作は予習してできるものではない」「嫌にさせる危険な指導である」そんな声が届きそうです。もちろん、正解を求めるためではなく、時間の有効活用のためでもありません。私の考え方の結論から先にお話すれば、より深く考え、質を高めてほしいと願っているからです。毎回の授業では、はじめにイメージを伝え、手が動き出すまでの、一人ひとりの時間差はあります。もちろんのことです。しかし、そこには教室という多数の子どもがひとつの課題に向き合うという制約の中で創作活動を成立させなければなりません。いわゆる、何をしてよいのか分からず、手が止まってしまう状態は、決して意味ある思考時間とはいえません。これこそ、嫌いにさせる時間なのです。
 たとえば花の種子を植える時、いきなり土の中に埋めても芽が一向に出てこないものもあります。その際、事前に水分を含ませ、外殻を柔らかくして発芽を助けてあげることが必要になります。宿題とはそのようなものと考えています。
 次週の課題のポイントを一緒に考え、ときに助言をして、お子さんの思考をほぐして、当日の課題にスムーズに望むことで、その時間がとても充実したものになります。毎回の[ダ・ヴィンチノート」には多くは記載していません。なぜならば、私のイメージを先に植えつけてはならないからです。矛盾していますが。イメージは大きく膨らませてから、凝縮させることで質が高まります。
 ぜひ、ご家庭においてお子さんの思考を膨らませて、教室では集中して取り組めるように導いていただけると幸いです。
Hちゃんは自分の思い通りの展開で、作りながら湧きだすアイデアに時間が足らない様子でした。Aくんは材料を重ねることに終始してしまい、完成のイメージがつかめない様子。材料を使いこなしている子と材料に振り回されている子。どちらも良い学びであってほしいと願っています
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