

さあドイツの絵を描こう!そうは決めたものの、子どもたちはポカ~ンと宙をさまよう真っ白な画用紙のよう。ドイツなるものの姿がつかめないでいる。無理もないことだ。いきなり知らない国の絵を描けと言われましてもね。ドイツ大使館主催の「わたしのドイツ」絵画コンテストに全員の出品を計画したものの、夏休みの課題やら、猛暑で、挑戦者が少なくなってしまった。課題選択を誤ってしまったか?「じゃあ、やめよう」とは決して口には出せない。あれやこれや、私の薄っぺらなキーワードを並べるも、子どもたちはポカ~ン。久しぶりに焦りを感じたそのとき、Kくんが「ブンデスリーガじゃん!僕知ってるよ」フットボールをこよなく愛する(良い意味でサッカーのことだけしか描けない!と言い張る)彼が沈黙の空気をやっぶってくれた。そこからはみんなでイメージしりとりが始まる。ビール、ワイン、ソーセージ、、、。「大人のばかりじゃん!」いや、バームクーヘンがあるよ。グリム童話やベートーベンもドイツなんだね。みんなが乗ってきたところでドイツの歴史をカンタンに話し、国旗の色の説明をしてみる。「黄色は本当は金色なんだ!知らんかった。カッコイイね」もう、あとは本人にお任せすることにした。
さあ、ドイツが(誰が)東京南麻布のドイツ大使館へ招待されるのか、期待に私の胸が膨らむ。(随行者としてついていこうと目論んでいる)
「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない。*レイチェル・カールソン
この言葉は、知識を盾に考えることばかりに終始してしまう、柔軟性を失ってしまった大人に向けた苦言です。
「こどもは感じる天才です」人は本来持って生まれた資質である表現要求(歌い踊る、描く作る など)が成長とともに知性を身にまとってこそ、しなやかな人格成形がなされるのではないでしょうか。「水族館(魚図鑑)にいないカニの後ろ姿は描けない」「緑色の空なんて、ありえないから描けない」その子の知性が感性をじゃますることはよくあることです。そこで大切にしたいことは、感じてわかる(知る)の繰り返しサイクルをバックアップしてあげることです。まずは新しいことに挑戦する決断の場面で見守ること。(良かれと思って大人が口出ししないこと・安易に楽なほうを選ばないように)多少の疑問や失敗も「まあいいや!」のおおらかさ(自己肯定)も大切だと思います。
今回の課題は「飛び出す絵」~迫力を出すにはどうしたらよいのか~の副題がついています。立体物をどうしたら奥行きのあるものに見せることができるのか?こんな部分が飛び出してきたらおもしろいな!常識の枠を壊してもらいたいです。さあ、普段のおとなしい自分(?)から飛び出してみよう!
*マグカップからミルクが! *だれ?テーブルクロスを引っ張っているのは!
夏休みが始まります。塾生は通常時間内での宿題もアドバイスできるので、用意をして来て!
7月4日教室のアベマキの大きな木でセミが鳴き始めました。夏休み宿題特訓教室の受付の始まりを知らせています。この夏はどんな出会いと楽しい時間が展開されるのでしょうかワクワクしています。昨年まで満席でお断りをしていた子の多いことに反省して、この夏は一日三名限定でおこなうことといたしました。いろいろ迷ったのですが、三名での同席時間がもたらす、自分ひとりではできない気づきが共鳴しあう機会が、良い結果となることに期待しています。だからといって、鬼のヒゲ先生の甘えに対するカミナリは決して優しいものではありません。さあ、たっぷりの心のあせをかきましょう。「愛鳥週間ポスター」図鑑をペラペラめくって、お気に入りの写真に似せて描けばよい なんてことは絶対に許されません。まずは「鳥」を知り、「環境」を思い、「自分ならどんな行動」をすればよいのかを考えてから描くようにしましょう。これが課題です。
6年生(意欲のある子はやらせたいとは思いますが、ミリ単位での精度を理解しなくてはなりません)の課題 「ちっチェアー」が完成しました。さすがKくん、ビシッと決まりました。裏板に日付と名前を書いて持ち帰りました。
今年度も無事に卒業生を送ることができましたこと、親御様に感謝申し上げます。正直にいいますとこれまで多くの子を送りましたが、今期卒業生が一番いろいろな意味で心に掛けていました。これは決して技能がどうだとか、理解がどうとかということではありません。まだ予期せぬ中学生として困難な状況にあっても、必ずやそれを乗り越えてほしいと願っての思いです。
一年生の時期にしか身につかない習慣があります。三年生、六年生の時期、それぞれに一人ひとりにちょうど良い時期に、それは身につけなくてはならない大切な習慣があります。たとえば一年生に六年生が身につけるべき敬語は難しく、あいさつや後片付けといった躾は六年生になってしまっては、これもまた難しいものです。
教室では授業の中で自己表現の方法や発想、創作もまた同様に時期を見逃さないように細心の目配りをしてきました。この教室は小学生までの指導で終了、いわば後が無いとの意識で子どもに接しています。それゆえに小学生で習慣づけられなかった事は、その子にとって宿命課題として残り、背負わなくてはなりません。(親御様にもまだピンと来ないとは思いますが)しかしながら教室で経験した困難の壁を乗り越えた実績があれば、この先いつか必ずその経験が活かされ、自分で背負ったものが身を助けることができると私は信じています。
素敵だったダ・ヴィンチの子どもたちへ Good luck!
*教室の花桃(?)が咲き始めました。新学期が始まります。新しい子たちとの出会いにワクワクします!さあ、思いっきりぶつかってきなさい!