そう言われるといかにも本当らしく聞こえる(また実際にも本当かもしれない)が、ひっくり返してみると怪しくなってくるところがないでもない。それは結局「金持ちになるためには金持ちのように振る舞わなければならない」と言っているのと同じだ
俺の場合はblogを書いたり、その延長でtwiiterで呟いたりするのは、タバコを吸うのと一緒のことだ。ものを書くというのは俺にとってはそういうことだということだが、他人にとってもそうかどうかは知らない
匿名でやってるのもそういうことだと言えば判りやすくはなる。タバコ吸うのにいちいち名乗って吸うやつはいない
そうするとニュースや他人の言葉の字句を拾ってきて、それをネタに何か書いたりするのは、それらの字句に火つけて燃してるようなものかと言われれば、今までそんな風に考えたことはなかったが(笑)そうかもしれない
とはいえ、言葉については各種の保存則は成り立たないので、燃して煙にしたからと言ってもとの言葉がなくなるわけではないし、何か化学的な変化を蒙るわけでもない
ただどうも燃すための字句は他人の字句でなければならないということはあるらしい。実際、そうでないなら自分の書いたことをそのままネタにして、言葉の高速増殖炉を実現できる(笑)はずだが、そういうことにはなっていない
まあ時々はblogの過去記事にリンク張ったりしているから、全然ないこともないのだが、それもシケモクに火つけているようなものではある
これも、市民社会云々はさておいて、影響力やPVが二義的なことだというのは、実際にそうだと思う。影響力やPVが云々されるようになったのは、Web上の日録ページが広告宣伝媒体だったり、広告宣伝そのもの(つまりステマ)だったりすることができるということに注目が集まってからのことだ
「blog書くのはタバコ吸うのとおなじ」な俺の場合は、影響力やPVとかいったことは排気口の実効流量という意味だけはもっている。形の上では排気口を取り付けてあっても、実際に空気が流れなければ意味がないし、煙は拡散しなければならないという意味でそれは大きい方がいいのである
流量は大きい方がいいと言っても、部屋より大きな換気装置をつけるバカはいない。部屋の大きさによって自然な限界をもつことになるはずだし、事実その限界はあるように思える
他人の厚顔無恥に腹が立つとき、ただちに自らに問うてみよ。「世の中に恥知らずの人間が存在しないということがありえようか」「ありえない」と答えるだろう。それならば、ありえぬことを求めるな。 =アウレリウス=
世の中にありえぬことを求める人間が存在しないということがありえようか。ありえない。ありえぬことを求めるとは本当のところ何をしていることになるのだろうか
Steppenwolf - Born To Be Wild: youtu.be/rMbATaj7Il8
東北~北海道 猛烈な雨に警戒(NHKニュース) nhk.jp/N48s5jIc ”気象庁は、秋田県では「これまでに経験したことのないような大雨」になっているとして、最大級の警戒をして安全な場所に移動するなど「命を守るための行動」を取るよう呼びかけています”
世界的な異常気象、気候変動フェーズなので過去からリニアに「これまでに経験したことのないような大雨」って言っても、ここ数年では常態である場合が多いので、確率論的にも表現を改めたらどうか?危機感が高まらない headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130809-…
これまでに経験したことのないような小惑星帯に突入しようとする際のミレニアム・ファルコン内での会話:
C-3PO「小惑星帯を上手く抜けれる確率は3720分1ですよ!」
ハン・ソロ「確率なんて知るか!」
英語では
C-3PO: Sir, the possibility of successfully navigating an asteroid field is approximately 3,720 to 1.
Han Solo: Never tell me the odds!
猫物語(白) 第懇話『つばさタイガー 其ノ伍』 (24:09) #nicoch2575664 #so21535065 nico.ms/1375856240 いい最終回だった、というか、最終回でやっと何の話だったのかわかった。うまく作ったものだ
今もまだ「気象庁」「地震速報」がトレンドに入っている。俺はテレスクリーンもスマホも持ってなくて、ゆえに緊急地震速報も見てないから何とも思わないわけだが、震度7の警報を見た人のショックは、やはり相当大きかったということなのだろう
同じことは東日本大震災と福島第一の事故の後の人々の狼狽っぷりについても言えるのかもしれない。俺自身も地震それ自体にはショックを受けて狼狽もしたわけだが(笑)
今も反(脱)原発テロのデマ言説を流している人があれほどたくさんいるというのは、事故それ自体よりも、事故に伴って流された情報(映像とは限らない)から受けたショックが尾を引いているのではないか。文字通りのPTSD(心的外傷後ストレス障害)として
なんでそんなことが言えるかと言えば、テレスクリーンはともかくインターネットは俺も使える状態にあったわけだが、福島第一の事故に関する限りその情報は意図的にほとんどシャットダウンしていたからだ