これを紹介してみる。
大澤真幸「量子の社会哲学」についての感想文を書いているわけだが、それを読んで「そもそも量子力学を文化社会事象・現象のようなマクロな対象に当てはめようと考えること自体が・・・ブツブツ」と思っている人が結構いるはずである。
道具としての量子力学だけを考えればそうだ。貴方はこう言いたいのでしょう、「それは微視的領域の物理学なのだから、文化社会事象・現象のようなマクロな事象・現象にあてはまるわけがない!」と。・・・いや別に、悪質な冗談を言いたいわけではなくて。
けれども量子力学の数学的な基礎はヒルベルト空間論にある。ヒルベルト空間というのは内積が定義された完備な(通常は無限次元で可分な)線形(ベクトル)空間のことである。無限次元ベクトルとは、要は関数のことである。量子力学の場合は波動関数である。そうした関数の集合に対してその位相(トポロジ、すなわち空間の幾何学的構造)が内積(無限次元なので積分形式)によって定まっているなら、それはだいたいヒルベルト空間である。「だいたい」というのは、これだけだと完備性が怪しいからであるが・・・まあ細かいことはいいだろう。
ヒルベルト空間の定義を満たすような対象であればヒルベルト空間の理論的な帰結を適用することができる。不確定性原理なんかもちゃんと導出できる。だから、それは微視的領域の物理でなければ適用できない種類の話ではない。実際、入門レベルでは案外知られていないことだが、同じヒルベルト空間論で基礎づけられている信号処理の分野にも「不確定性原理」がある。信号処理の場合は時間と周波数の不確定性関係になる。外的な制約条件がない場合、時系列信号における事象の時間と周波数は同時に厳密に決定できない。
微視的領域の物理でないものに対して量子力学と同様の図式・状況を見て取ろうとか目論むのなら、だから、まずはヒルベルト空間論をきちんと理解することが大事なのである。そういうところがちゃんとできていれば、物理屋さんも頭からデンパ扱いトンデモ呼ばわりはしないものなのである。大事なのだが、これをちゃんとやろうとする人はなかなかいないことになっている。ヒルベルト空間論はそんなに難しいものではない(そんなに難しかったら携帯電話なんか作れないぜ)のだが、それでも通常は理工系大学の専門課程で扱われる種類の数学である。つまり難しくはないのだが、大学というのはとかく物事を難しく教えたがるところなのである(笑)。
ほんというとわが恩師の教科書でも紹介した上で例の感想文を書きたいところだったが、それをすると俺が誰だか判っちゃうかもしれないしさ(笑)。だからそれ以外で一番いい教科書、特に独学者でもなんとか食いつけそうなものを紹介してみることにした次第である。上掲書は数学屋が読んでも困惑しない程度にちゃんと数学していて、でも書いてるのは物理屋だから、いい具合に物理のイメージが残っている、そこが良書と呼ばれる所以だ。
著者は同じ出版社からもっとぶ厚い上下巻(量子力学の数学的構造)を出していたりするわけだが、あれは数理物理の本格派用だ。そうでなくても「判んないとこがあったら教師でも先輩でも何でも聞きに行ける相手がいる人向け」だ。俺みたいな異分野のボンクラ独学者には、残念ながら歯が立たなかったね、あれは。
![]() | 共立講座21世紀の数学 (16) ヒルベルト空間と量子力学新井 朝雄共立出版Amazon / 7net |
大澤真幸「量子の社会哲学」についての感想文を書いているわけだが、それを読んで「そもそも量子力学を文化社会事象・現象のようなマクロな対象に当てはめようと考えること自体が・・・ブツブツ」と思っている人が結構いるはずである。
道具としての量子力学だけを考えればそうだ。貴方はこう言いたいのでしょう、「それは微視的領域の物理学なのだから、文化社会事象・現象のようなマクロな事象・現象にあてはまるわけがない!」と。・・・いや別に、悪質な冗談を言いたいわけではなくて。
けれども量子力学の数学的な基礎はヒルベルト空間論にある。ヒルベルト空間というのは内積が定義された完備な(通常は無限次元で可分な)線形(ベクトル)空間のことである。無限次元ベクトルとは、要は関数のことである。量子力学の場合は波動関数である。そうした関数の集合に対してその位相(トポロジ、すなわち空間の幾何学的構造)が内積(無限次元なので積分形式)によって定まっているなら、それはだいたいヒルベルト空間である。「だいたい」というのは、これだけだと完備性が怪しいからであるが・・・まあ細かいことはいいだろう。
ヒルベルト空間の定義を満たすような対象であればヒルベルト空間の理論的な帰結を適用することができる。不確定性原理なんかもちゃんと導出できる。だから、それは微視的領域の物理でなければ適用できない種類の話ではない。実際、入門レベルでは案外知られていないことだが、同じヒルベルト空間論で基礎づけられている信号処理の分野にも「不確定性原理」がある。信号処理の場合は時間と周波数の不確定性関係になる。外的な制約条件がない場合、時系列信号における事象の時間と周波数は同時に厳密に決定できない。
微視的領域の物理でないものに対して量子力学と同様の図式・状況を見て取ろうとか目論むのなら、だから、まずはヒルベルト空間論をきちんと理解することが大事なのである。そういうところがちゃんとできていれば、物理屋さんも頭からデンパ扱いトンデモ呼ばわりはしないものなのである。大事なのだが、これをちゃんとやろうとする人はなかなかいないことになっている。ヒルベルト空間論はそんなに難しいものではない(そんなに難しかったら携帯電話なんか作れないぜ)のだが、それでも通常は理工系大学の専門課程で扱われる種類の数学である。つまり難しくはないのだが、大学というのはとかく物事を難しく教えたがるところなのである(笑)。
ほんというとわが恩師の教科書でも紹介した上で例の感想文を書きたいところだったが、それをすると俺が誰だか判っちゃうかもしれないしさ(笑)。だからそれ以外で一番いい教科書、特に独学者でもなんとか食いつけそうなものを紹介してみることにした次第である。上掲書は数学屋が読んでも困惑しない程度にちゃんと数学していて、でも書いてるのは物理屋だから、いい具合に物理のイメージが残っている、そこが良書と呼ばれる所以だ。
著者は同じ出版社からもっとぶ厚い上下巻(量子力学の数学的構造)を出していたりするわけだが、あれは数理物理の本格派用だ。そうでなくても「判んないとこがあったら教師でも先輩でも何でも聞きに行ける相手がいる人向け」だ。俺みたいな異分野のボンクラ独学者には、残念ながら歯が立たなかったね、あれは。