パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

法律上問題はなくても、感情が、、、

2012年04月01日 08時47分59秒 | Weblog

猫ヒロシがカンボジア国籍をとって
ロンドンオリンピックのマラソンの出場権を
手に入れたことに関して様々な意見が交わされている

有森裕子さんの「心情的には疑問が残る」
の意見に納得する人は多いのだろうけれど
問題は、なにも法律違反ではなくその範囲内での判断で、
マスコミが面白おかしく報道することを
除けば何ら問題はないはず

これは、高校球児が競争率の高い地区を逃れて
比較的甲子園に出場しやすい地区に転校したり
またはその反対に名門校に越境して通ったりすることと似ている
(バスケットだったかバレーはダメという決まりがあったかな?)

このあたりまでは、何か割り切れないがしょうがないか!
と言ったところで落ち着けるかもしれない

しかし、政治家がこの手法を使ったら
つまり、何だか変なのだが法律的には問題はない
もっと言えば、法律上の手続きの上だけはちゃんとしている
としたなら、人はそれを仕方ないと思えるか?
ということ

勿論、疑わしきは罰せず
の原則はわからないでもないし、
闇雲に怪しんだりするのもよくないことは分かる
また多くの場合メディアがそうした雰囲気を作り出している
現状がよくないことも分かる

しかし、人間はそこまで理性的な存在ではない
人に対する判断は理性と言うより直感・第一印象に基づくものが大きく
まずその判断があった後、それに至った理由付けを理性の分野で行う
のではなかろうか?

第一印象すらメディアに左右されている可能性も否定はしないし
必ずしもその第一印象・直感が正しいとは限らないが
人間は自分の中の理性と感情が戦ったら
大概の場合、理性は勝ちを収めることができない

つまり、何か変だな
と思った政治家を法律上はクリアでも
人は認めることができないのではないか
(それが誘導されたものであっても)
これはメディアに支配される面があり怖いことであっても
ある程度仕方ないのかもしれない

こうした時に間違いを起こさないためには
要は一人ひとりの直感を磨く訓練をする
ということしかないのではないか

いや、これもいい加減な方法すぎるかな?

とにかく、法律上さえ守っていれば!
と言う態度は以外に穴が多いということ
だから法律は徐々に文言が増えて
ますますわかりにくくなっていくのだろうが

困ったもんだ
仕方ないか!

 

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