憲法学者が、民法の除斥期間について解説
「旧優生保護法判決
実は、東京高裁は、除斥期間の適用を制限する梃子としたのは、憲法だったのです。」
やや長いが、東京高裁の判示を引用する。
「憲法は国の最高法規であり(憲法98条1項)、国務大臣、国会議員等の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負うものである(同法99条)ことからすると、憲法違反の法律に基づく施策によって生じた被害の救済を、憲法より下位規範である民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは、慎重であるべきである。
加えて、控訴人に生じた損害賠償請求権は、憲法17条に基づいて保障された権利である。確かに、憲法17条に基づく国家賠償制度の具体的、細目的な事項の設計や法制度化は、国会の合理的な裁量に委ねられており、これを具体化する法律として国賠法が規定され、国賠法4条は国家賠償制度においても民法724条後段を含む民法の不法行為制度を国家賠償制度に導入しているところである。
しかし、権力を法的に独占する国と私人との関係が問題となっている本件において、本来、対等な私人間の関係を規律する法律である民法の条文の適用・解釈に当たっては、公務員の違法な行為に対して救済を求める国民の憲法上保障された権利を実質的に損なうことのないように留意しなければならないというべきである。
そもそも、被害者が自己の受けた被害自体は認識していたとしても、それが不法行為により生じたものであることを認識できないうちは、加害者に対して損害賠償請求権を行使することは現実に期待できないのであるから、それ以前に当該権利が除斥期間の経過により当然に消滅するというのは、被害者にとって極めて酷であるといわざるを得ない。
国家賠償請求を含む不法行為制度の理念は、損害の公平な分担にあるところ、被控訴人は、平成8年改正後も、国連自由権規約委員会の勧告や日弁連の提言などがされているにもかかわらず、優生手術について十分な調査をして、被害者が自己の受けた被害についての情報を入手できる制度を整備することを怠ってきたこと等からすると、除斥期間の経過という一事をもって、そのような被控訴人が損害賠償責任を免れ、被害者の権利を消滅させることは、被害者に生じた被害の重大性に照らしても、著しく正義・公平の理念に反するというべき特段の事情があるものと認めるのが相当である。」
だが、これは、憲法を援用したというよりも、さらにその基底にある法の一般原則を援用したとみるべきケースかもしれない。
例えば、ウクライナ市民が、領土内に侵攻したロシア兵を「押し戻す」際に、これが「違法でない」ことを根拠づけようとして、「ウクライナ憲法」を持ち出す必要があるだろうか?
つまり、ぎりぎりの局面では、憲法を援用する必要すらなくなるのである。
「旧優生保護法判決
実は、東京高裁は、除斥期間の適用を制限する梃子としたのは、憲法だったのです。」
やや長いが、東京高裁の判示を引用する。
「憲法は国の最高法規であり(憲法98条1項)、国務大臣、国会議員等の公務員は、憲法を尊重し擁護する義務を負うものである(同法99条)ことからすると、憲法違反の法律に基づく施策によって生じた被害の救済を、憲法より下位規範である民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは、慎重であるべきである。
加えて、控訴人に生じた損害賠償請求権は、憲法17条に基づいて保障された権利である。確かに、憲法17条に基づく国家賠償制度の具体的、細目的な事項の設計や法制度化は、国会の合理的な裁量に委ねられており、これを具体化する法律として国賠法が規定され、国賠法4条は国家賠償制度においても民法724条後段を含む民法の不法行為制度を国家賠償制度に導入しているところである。
しかし、権力を法的に独占する国と私人との関係が問題となっている本件において、本来、対等な私人間の関係を規律する法律である民法の条文の適用・解釈に当たっては、公務員の違法な行為に対して救済を求める国民の憲法上保障された権利を実質的に損なうことのないように留意しなければならないというべきである。
そもそも、被害者が自己の受けた被害自体は認識していたとしても、それが不法行為により生じたものであることを認識できないうちは、加害者に対して損害賠償請求権を行使することは現実に期待できないのであるから、それ以前に当該権利が除斥期間の経過により当然に消滅するというのは、被害者にとって極めて酷であるといわざるを得ない。
国家賠償請求を含む不法行為制度の理念は、損害の公平な分担にあるところ、被控訴人は、平成8年改正後も、国連自由権規約委員会の勧告や日弁連の提言などがされているにもかかわらず、優生手術について十分な調査をして、被害者が自己の受けた被害についての情報を入手できる制度を整備することを怠ってきたこと等からすると、除斥期間の経過という一事をもって、そのような被控訴人が損害賠償責任を免れ、被害者の権利を消滅させることは、被害者に生じた被害の重大性に照らしても、著しく正義・公平の理念に反するというべき特段の事情があるものと認めるのが相当である。」
だが、これは、憲法を援用したというよりも、さらにその基底にある法の一般原則を援用したとみるべきケースかもしれない。
例えば、ウクライナ市民が、領土内に侵攻したロシア兵を「押し戻す」際に、これが「違法でない」ことを根拠づけようとして、「ウクライナ憲法」を持ち出す必要があるだろうか?
つまり、ぎりぎりの局面では、憲法を援用する必要すらなくなるのである。