ベコが行く!涅槃な旅路

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萩紀行3 明倫学舎で歴史の勉強だべこ!

2023年05月21日 | ベコの萩紀行2022

ベコの萩紀行萩城下町を訪問中。

初日とは打って変わって、2日目は朝からドン曇りです。

ベコ 「ありゃー、雲行きが怪しいべこ〜」

ここは菊が浜

美しい海岸が有名ですが、ドン曇りで残念。

気を取り直して本日の活動開始です!

まず最初にやってきたのは明倫学舎

ベコ 「旧藩校だべこ!」

そう、ここはかつて長州藩の藩校・明倫館があった場所。

この建物は、明倫館の跡地に建てられた旧・明倫小学校の建物。

昭和初期の建築だけあって重厚ですな。

内部は昭和のレトロな雰囲気。

ほー、これは雰囲気満点ですね。

廊下の窓からはお隣の2号館が見えます。

格子窓がいい感じです。

ちょうど、教室の様子が再現されていたのでちょっと見学です。

ベコ 「廊下に立ってろだべこ!」

なはは、先生に怒られたことを思い出しますね。

木造の校舎は珍しいですが、これだけでも訪れる価値がありそうです。

ちなみに、この建物は全体がミュージアムとなっています。

幕末から明治にかけての社会や政治の展示室もあれば、

萩周辺の地質の展示室などもあって興味津々。

明倫学舎の見学で、萩のことをよく勉強できました。

しかも、その間に空に晴れ間が!

おー、これはラッキー。

このまま町歩きを続けましょうか。

   

どのように歩いたのか分かりませんが、再び武家屋敷の町並みです。

地図をよく見ながら歩かないとね。

そして、やって来たのは明倫学舎からほど近い木戸孝允の生家

ベコ 「木戸孝允とは桂小五郎だべこ!」

そうそう、そうだったね。

外観からは分かりづらいのですが、内部は結構広いお屋敷でした。

掛け軸の「今日」は、幼少期に書いたものだとか。

子供の書いた字とは思えません。

それにしても、広いお屋敷ですな。

部屋がたくさんあって迷いそうです。

ここは中庭でしょうか。

ベコ 「南国風だべこ」

南国っぽい木が植えられています。

さあ、お天気も回復して気分も上々。

中庭の夏みかんも食べ頃のようです。

引き続き城下町散歩を続きましょう!

つづく

 

<ベコたびinformation>

明倫学舎

かつての長州藩の藩校「明倫館」の跡地に立つミュージアム。昭和初期に建てられた旧・明倫小学校の木造校舎を改修して、平成に開設されたそうです。

建物はご覧の通り味わいのある木造校舎で、外観・内装とも古き日本の面影を感じる施設でした。

内部には旧・明倫館や明倫小学校の展示室をはじめ、幕末から明治にかけての産業遺産や生活様式の展示室、そして萩周辺の地質の展示室まで充実した内容。

特に、萩が明治期の日本の発展に果たした役割の大きさにはビックリ。世界遺産に登録されたのもうなづけます。

なお、建物は本館と2号館がありますが、本館は無料で2号館は有料。せっかくなので有料エリアも訪問されるのがオススメです。

木戸孝允旧宅

幕末に活躍した木戸孝允の生家で、父親である藩医・和田氏の邸宅。木戸孝允が江戸に出るまでの20年間を過ごしたようです。建物は大正時代に木戸家から萩市に寄贈され、昭和初期に国指定の史跡に。

ご存じの通り、木戸孝允は尊王攘夷派の長州藩を率いて明治維新に活躍した一人。青年時代には藩校・明倫館で吉田松陰と出会うとともに、松下村塾の高杉晋作や伊藤博文などと親交を深めたようです。

長州藩の要職についた後は、薩長同盟を結び倒幕に尽力。明治維新後は新政府の中心人物として、五箇条の御誓文、版籍奉還、廃藩置県などの実現に貢献しました。

ちなみに、木戸孝允はもともと和田の姓でしたが、幼少期に桂家へ養子に出されて桂姓へ。明治維新後には当時の藩主から木戸姓を賜ったそうです。

一方、名は小五郎や孝允以外にも貫治、準一郎も使っていたそうです。幕末に命を狙われることが多く、その都度名前を変えていたようです。歴史の勉強にはちょいと厄介かも。


 


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