残照日記

晩節を孤芳に生きる。

パンドラの箱

2011-08-27 19:23:29 | 日記
○どんな英雄も最後は鼻につく人物になる(エマソン)
○どのような人間でも近づけば小さくなる。(タルムード)
○来て見れば何の奇も無し富士の山
    釈迦や孔子もかくてありなん  村田清風
(幕末期長州藩の藩政改革の推進者)

≪リビア反体制派、「自由宣言」へ 独裁体制と決別うたう──リビアの反体制派「国民評議会」が、カダフィ大佐の独裁体制との決別をうたう「リビア自由宣言」の準備を進めていることが27日までに分かった。宣言から30日以内に暫定政権を樹立、暫定政権が任命した専門家が憲法草案を作成し、国民投票を経て憲法を制定する方針だ。国民評議会の法律委員会メンバー、ムスタファ・マネイ氏が北東部ベンガジで、共同通信との会見で明らかにした。自由宣言の詳細は不明だが、42年にわたる独裁から民主的な国家体制に転換する原則を示すとみられる。国民評議会が速やかな政権移行に向けて着実に準備を進めていることが明らかになった。≫(8/27 ベンガジ共同)

∇42年も独裁者たり得たカダフィ大佐が、約1億3000万円の懸賞金を懸けられて逃亡しながらも、反体制側に抵抗を続けている。未だに「カダフィ神話」を信奉している民がいるからでもある。古訓ではとうの昔に“偉大なる統率者”が実は“似非リーダー”だったことを幾例も証明しているのだが……。我が国の如く、為政者の日常の隅々まで報道される国とは違って、未だに情報公開が統制せれている国々の国民にとって、「似非偉人」たちが≪鼻につく≫までにはまだ時間がかゝるのであろう。又、独裁者に変わる新体制が、必ずしも従前に比して国民を幸せにしてくれる保証が見えないからでもある。難しい問題であると思う。昨日の「天声人語」は次のように語っていた。≪「アラブの春」の民主化は、チュニジアに始まりエジプト政権も倒した。挟まれる形でリビアも続いたが、前途はとりわけ多難視される。民主政治の基礎となる仕組みや経験、その一切がこの国にはない。独裁の重しがとれた後の混乱は史上に多い。人々の利害や思惑、欲望が詰まるパンドラの箱の扱いは容易ではない。多くの血で購(あがな)うリビアの春に、打算抜きの国際支援が要ろう。希望を殺す失敗のないように。≫ と。

∇今回は「天声人語」の悪口ではない。「パンドラの箱」についてちょっと付け足しておきたい。一般に「パンドラの箱を開ける」(open Pandora's box)は、「思いがけない災いを招くこと」の意に用いられる。ヘシオドスの「仕事と日」(岩波文庫)やブルフィンチの「ギリシャ・ローマ神話」(岩波文庫or角川文庫)によれば次の神話から生まれた。──昔々、ギリシアの神ゼウスは、人間のために火を盗んだプロメテウスと弟のエピメテウスのもとにパンドラと名づけた女性を送り込んだ。二人と人間を罰するために……。パンドラは天上の神々から美貌、音楽、説得力等あらゆる贈り物を授けられて地上のエピメテウスに与えられた。兄のプロメテウスからはゼウスからの贈物には一切用心するようにと厳命されていたのだが、彼女の魅力には抗し難くパンドラを妻にした。ところで、エピメテウスの家にはかつて天上界にいた頃から持っていた一つの壺があった。その中にはありとあらゆる「有害」なものが詰まっていた。パンドラには決してそれを開けぬようにと言い聞かせておいたのに、パンドラはつい好奇心で開けてしまった。すると中からあらゆる病気や憎悪・嫉妬・怨念・復讐といったものが飛び出してきた。パンドラが慌てて蓋をした。壺の底にはたゞ一つ“希望”だけが残った……。

∇この神話から、ブルフィンチは、≪今日に至るまで、私たちがどんな災難にあってとほうに暮れている時でも、希望だけは決して私たちを見捨てない意味がこれでわかるでしょう。同時に私たちが希望を失わないあいだは、いかなる不幸も私たちを零落させ尽すことができないわけもわかるでしょう。≫と一つの教訓を導いた。一方でブルフィンチは、パンドラはゼウスの好意で、人間を祝福するために贈られたのだ、という他の説を取り上げる。即ち、パンドラは神々がそれぞれ祝ってくれた贈物を一つの箱の中に入れて持っていた。だがうっかりその箱を開けると、祝物は皆逃げ去って、“希望”だけが残ったというのである。ブルフィンチ曰く、≪前の話にくらべると、この方がずっと尤もらしく思われます。なぜならば、前の話のような、あらゆる禍にみちた瓶の中に宝石のごとく貴重な希望が保存されているはずはありませんから≫と。(岩波文庫) 以上から「天声人語」の≪人々の利害や思惑、欲望が詰まるパンドラの箱の扱いは容易ではない。…希望を殺す失敗のないように。≫は、明らかに≪前の話≫を念頭に引用されている。さて、「パンドラの箱(或は壺)」は、人間のために火を盗んだプロメテウスとそれを受けついだ人類を罰するために用意された「禍の壺」だったのか、或はゼウスが人間を祝福するために贈られた「善意の箱」だったのか。老生には≪前の話≫の方が、より現実的な気がするのだが……。折りしも我が国では29日に「民主代表選」が行なわれ、次期首相が選出される。愈々≪人々の利害や思惑、欲望が詰まるパンドラの箱≫を開けるわけだが、せめて“希望”だけは残っていて欲しいものである。