残照日記

晩節を孤芳に生きる。

気韻生動

2011-08-02 18:59:13 | 日記
【死ねば皆腐骨】    
≪十年なるも亦死し、百年なるも亦死す。/仁聖なるも亦死し、凶愚なるも亦死す。/生きては則ち尭舜なるも、死すれば則ち腐骨。/生きては則ち桀紂なるも、死すれば則ち腐骨なるは一なり。/孰(た)れかその異なるを知らん。/且(しばら)く、当生に趣かんのみ。なんぞ死後に遑(いとま)あらん。(「列子」揚朱篇)

≪戯題画山水図歌≫   杜甫
十日画一水     十日かけてひとつの川を描き
五日画一石     五日かけてひとつの石を描く
能事不受相促迫   よき仕事をするには他人の催促を受けぬことだ
……… ……………

∇今日は雑談。高田馬場(ビッグボックス)と西部池袋別館で開催されていた「古本まつり」二箇所を冷やかし、膨大量の書物を立ち読みしていたら、「列子」と「杜甫」の懐かしい語句に出会った。そして大画集「横山大観」を捲っていたら、数年前、家内と三越7階の会場で拝観した「横山大観展」のことが思い出された。──重要文化財に指定されている「生々流転」や歴史画論争を巻き起こした「屈原」は無かったものゝ、名高い「無我」「紅葉」や「霊峰飛鶴」をはじめとする気高い富士を描いた画が一堂に会した豪華なものだった。出光美術館で出会った仙和尚の「飄逸洒脱」の遊興美に劣らぬ、「気韻生動」の精神美を感じたものだ。

∇明治・大正・昭和三代にわたり、日々創造を試みた日本画壇の巨匠・横山大観(1868~1958)は21歳で東京美術学校入学以来90歳で没するまで、文字通り生々流転・波乱万丈の履歴を経ながら、孫の横山隆氏が「祖父大観の思い出」に綴っている通り、≪どの作品もみな、全く新しい構想・技法をもって、自己の気高い生活感情を表現した≫。年代順に陳列された作品群を追っていると、それが素人目にも明白に理解される。それは師であった岡倉天心の≪一切の芸術は無窮を逐ふの姿に他ならず。絵画は感情を主とす。世界最高の情趣を顕現するにあり≫という教えの実践であった。

∇「気韻生動」とは≪絵や書などで、気品がいきいきと感じられること≫(広辞苑)で、大観が好んで用いた。曰く、≪画論に気韻生動ということがある。気韻は人品の高い人でなければ発揮できない。人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、日本画の究極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じている。今の世にいかに職人の絵が、またその美術が横行しているかを考えた時、膚の寒きを覚えるのは、ただに私だけではあるまい≫と。又曰く、≪筆をもって絵を習うことはそう大騒ぎしなくてよい。それよりも人物を作ることが大事だ≫と。(「大観自伝」講談社)

∇「画は人なり」が大観の信条だった。人間ができてはじめて絵ができる。それには人物の養成ということが第一で、そのためには歌も、詩も、宗教も、哲学も知っていて、そしてこゝに初めて世界的の人間らしき人間ができて、こんどは世界的の絵ができる。世界人になって、初めてその人の絵が世界を包含するものになるのだ。近頃はみな流行ばかり追っている。誰それがこういうことをやっているとかいってあとを追っかけ、それを真似る。そんなでは作家の恥だ。本を読め、勉強をせよ。何でも猛烈に勉強して、人真似でない自分を絶えず創造せよ。──大観は至る機会を捉え後輩を叱咤した。

∇大観の勉強振りは例えば模写一つとっても凄い。修業時代に古典研究ということで沢山古画の模写をさせられた。先ずは3日間位は毎日原本に向かってじーっと見つめる。ものによっては一週間見つめる。それから初めてあげ写しをする。目をつぶっても、原画が頭の中に浮いてくるまで観察して、それから筆をとる。誰よりも時間が余計かゝった。岡倉天心や橋本雅邦等の指導法だったらしいが、後年大観は≪大変いいやり方だ≫と回顧している。制作に入るまでには、黒皮の写生帳に下絵を納得のいくまで書き直し、使用する画具の全てを人の手を煩わすことなく丁寧に洗い整えた。(対談 回想の画業)

∇≪君子は器ならず≫と「論語」にある。終生「不器用」を自他共に許していた大丈夫・横山大観。≪画は人なり。士気、気迫がなければたゞの職人だ≫と言い続けた彼の座右銘は≪自ら反みて縮(直)くんば、千万人と雖も我ゆかん≫(孟子)だった。大江健三郎が師の渡辺一夫に≪ある作家、詩人、思想家をきめて、その人の本、そしてその人についての研究書を三年間読み続けよ。4年目には新しいテーマに向かって進むように≫と言われて、老年までそれを15回くり返したのと同じその牛歩の不器用さが、大観をして明治以降の美術界の歩みをも変えるほどの偉業をなさしめたのであろう。──久し振りの古書展。書物は家内亡き後の我が人生最良の友。晩節は隠居して一人居ながら、心根だけは「気韻生動」を以て生きてゆきたいものである。勉励/\。