残照日記

晩節を孤芳に生きる。

風評被害

2011-08-21 16:11:58 | 日記
≪海越えた風評被害、深刻 日本産リンゴ、輸出8割減──安全、高級、高品質を売りにしてきた日本の農作物の輸出が、東京電力福島第一原発の事故で激減している。主に台湾へ輸出され、額で4割近くを占めるリンゴは、震災後の4~6月の輸出額が前年同期比で8割減にまで落ち込んだ。日本産品の放射能汚染への不安は、国内で思う以上に大きく、信頼回復は簡単ではない。≫(8/13朝日新聞)

∇同紙によれば、リンゴ輸出先の9割を占める台湾での苦戦に、先月末、青森県の三村申吾知事が台湾の衛生署(衛生省)や現地テレビ局、青果業者を訪問し、「青森で放射線検査をしていますから安全です」とPRしたが、台湾のスーパー松青幹部は、「青森が福島から300キロ以上離れていることを知らない人は多いが、同じ東北地方であることは知っている。消費者が警戒している」と話していたそうだ。 尚、農林水産省によると、2010年の野菜と果物を合わせた農作物の輸出額173億円のうち64億円をリンゴが占める。被害は農作物にとどまらず、畜産品や水産物、観光などにも広がっている。又、汚染された土地が嫌悪感を引き起こし、地価を下げる現象を不動産業界では「スティグマ」というが、被害は所謂“ホットスポット”地にまで影響が及ぶ可能性がある。週刊誌に「東京100ヵ所、千葉50ヶ所」などと騒がれた地域はたまったものではない。「風評被害」とは、東洋大の関谷直也准教授によれば、≪人々が事件や災害などの報道をきっかけに、消費や観光などを根拠なく危険としてやめることによる経済被害≫と定義されている由だが、「精神的・心理的被害」、場合によっては「身体的被害」までも加えるべきであろう。

∇辞書によれば、「風評被害」は、≪根拠のない噂のために受ける被害。特に、事件や事故が発生した際に、不適切な報道がなされたために、本来は無関係であるはずの人々や団体までもが損害を受けること。例えば、ある会社の食品が原因で食中毒が発生した場合に、その食品そのものが危険であるかのような報道のために、他社の売れ行きにも影響が及ぶなど≫とある。(「大辞泉」) 類似の言葉に「流言蜚語」というのがあるが、これは≪根拠のないのに言いふらされる、無責任なうわさ。デマ。≫(「広辞苑」) 関東大震災時、いわれもない「流言蜚語」のせいで、約6000名の朝鮮人が虐殺された。(金原左門著「大正デモクラシー」) 吉村昭著「関東大震災」にその発生から朝鮮人虐殺に至るドキュメントが縷々述べられているが、一節を引けばこんな具合だ。≪朝鮮人来襲の流言は、唯一の報道機関である新聞によっても一層広範囲に流布される結果を生んだ。東京市内の新聞社は壊滅していたが、地方の新聞社は朝鮮人による暴動事件を大々的に報道し、それらの新聞が焦土に化した東京、横浜にも持ち込まれていた≫。このあとの記述が、そのまゝ「流言蜚語」「風評被害」の本質とドミノ倒しを穿っている。

≪流言は乱れ飛んで、政府、軍、警察関係も一時はそれを信じ込んでいただけに、新聞は、巷間に伝わる流言をそのまま記事にしていたのだ。それらの新聞報道は、一般人に大きな影響を与えた。かれらは、争って新聞記事を読み漁り、流言が事実だと信じ込んだ。内務省では、大地震発生後新聞報道が人心の動揺をうながすことを恐れていた。そのため、大地震の起こった九月一日に、警保局長名で通牒を発し、「人心の不安を増大さるゝ如き風説は務めて避けられ」たいと強く要望した。そのうちに朝鮮人来襲の流言がすさまじい勢いでひろがるに伴って、新聞も一斉に報道し始めた≫。 そこで内務省は再三に亘って≪朝鮮人の妄動に関する風説は虚伝にわたる事極めて多い≫ので報道関係に慎重に扱うべし、時勢に妨害ありと認めれば頒布禁止処分をする、と通告した。≪しかし、これらの発令にもかかわらず新聞には依然としてそれに類した記事が掲載され、通牒に違反した理由で≫、報知新聞や東京日日新聞、時事新報等、当時の基幹新聞が差し押さえ処分を受けるまでに発展した。──流言の中味には、朝鮮人来襲の他に、「朝鮮人井戸に投毒」「富士山が大爆発中」「東京湾沿岸に大津波発生」「更に大地震の来襲あるべし」「社会主義者による暴動と放火多し」などがあったそうだ。

∇上記の文章から次のことが引き出せる。①新聞は何も検証せずに、≪巷間に伝わる流言をそのまま記事にしていた≫。②政府(内務省)の通牒文は≪務めて避けられたい≫とか、≪虚伝にわたる事極めて多い≫とか、≪多くは事実相違し≫等々曖昧な字句が羅列されたものだった。③市民は事実が知りたくて≪争って新聞記事を読み漁り、流言が事実だと信じ込んだ≫。④頒布禁止処分通告にもかかわらず、地方紙のみならず当時の大新聞までが≪それに類した記事を掲載≫し続けた。これがまさに「流言蜚語」発生と拡大の核になっている。後日この大震災を振り返って、社会学者の清水幾太郎が「流言蜚語」なる題名の著書を発刊した。(最近「ちくま学芸文庫」で新装出版されている。) 彼は、≪まづ「流言蜚語」はアブノーマルな報道形態として規定することが出来る≫とし、事実を正確に伝えるべき責任を持つ「報道」が、その本来を果たさず、≪要素と要素の間、知識の断片と断片との間に溝があり矛盾があって、到底それだけでは首尾一貫した報道として万人を満足させることが出来ないといふことが流言蜚語の成立に必要なのである≫とした。市民は“事実”を知ることに≪飢え≫ている。そこへきて曖昧で無責任な情報が、信頼すべき政府や一流紙からもたらされる。否応なく疑心暗鬼に油を注ぐ。それが「流言蜚語」をさらに伝播させる。……

∇彼は既に、今日の東日本大震災のそれを見通したかの如き指摘をしていた。曰く、≪報道と言われるものの中には、或る事件に関して行なわれる政府当局の発表の如きものも含まれる。民衆の信頼の上に立ち固有の権威に拠るところの政府当局の発表が流言蜚語の材料となるという如きは、いかにも有り得べからざることのように思われるが、そうではない。当局の発表は往々にして極めて抽象的であり、舌足らずである。民衆が事件について知ろうと欲するものはその詳細な経緯と彼等自身の生活に対するその作用とについてである。しかるに当局の発表は多くこうした欲求を満足させるものではなく、かえってその冷たい難解な言辞文体によってよそよそしい態度をとるのである。流言蜚語の材料となる所以である≫と。例えば初期の枝野発言。≪原子炉本体、圧力容器と格納容器については、問題が生じないという状態、外側でしか爆発していないし、そのレベルの衝撃には耐えられる構造≫≪外部の放射線量は風向きなどによって、変動するものであり、持続的な上昇でなければ心配ない≫≪「(3号機に)爆発的なことが万一生じても、避難している周辺の皆さんに影響を及ぼす状況は生じない≫≪20~30キロについても、仮に屋外で活動したとしても直ちに健康に、人体に影響を及ぼす数値は出ていない≫etc 今日はこゝまで。明日又。