残照日記

晩節を孤芳に生きる。

長所発掘

2011-08-03 18:23:34 | 日記
【千の悪の中からでも、たった一つの善を】
≪あらゆるものの中に長所を見つけよ。自分から探しさえすれば、どんなものにでも何かしらよいところがあるものだ。しかし、不満ばかりにとらわれている者は、たとえ千のよいものに囲まれていても、まるでハゲタカのように人の心や意図を漁り、たった一つの欠点をほじくり返す。塵芥のような他人の過ちをかき集めることによって優越感をおぼえ、歪んだ喜びを味わっているのである。≫(バルタザール・グラシアン著「賢者の教え」加藤諦三訳 経済界版より)

【わたしと小鳥と鈴と】 金子みすゞ
 私が両手をひろげても、
 お空はちっとも飛べないが、
 飛べる小鳥は私のやうに、
 地面(じべた)を速くは走れない。

 私がからだをゆすっても、
 きれいな音は出ないけど、
 あの鳴る鈴は私のやうに、
 たくさんな唄は知らないよ。

 鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがって、みんないい。

∇東日本大震災直後、金子みすゞの詩「こだまでしょうか」がテレビコマーシャルに流れて、一時大流行になった。 ≪「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。/ 「ばか」っていうと 「ばか」っていう。/ 「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。/ そうして、あとで さみしくなって、/ 「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。/ こだまでしょうか、 いいえ、だれでも。≫ この後、男性の声で「やさしく話しかければ、やさしく相手も答えてくれる」という語りが入る、という構成で。先日NHKだったかテレビ朝日だったか忘れたが、某小学校の或るクラスの授業で、教師が全員にこの詩を朗読させた後、「作者の金子みすゞさんは、この詩のあと、何か言いたかったと思うんですよね。それはどういうことだったんでしょう」と言って、それぞれ児童たちに自由意見を書き出させていた。恐らく先生の頭の中には、「やさしく話しかければ、相手もやさしく答えてくれる」、だからお互い優しい思いやりのある言葉を投げかけるようにしましょうね、というCMの「語り」に類した回答を描いていたに違いない。

∇無論間違ってはいない。しかし、この詩の意味するところはもっと深い。みすゞの詩に教訓的要素は殆どみられない。何気ない“子ども心の純真さ”、それがそのまゝモチーフとなっている。表現が適切とは言えないが、「子どもの心はひねくれていない。こだまが返るように、素直に響応するものだ」とか、「子どもというものは、時には友達同士でも諍いを起こすが、やっぱりさみしくなって仲違いのヨリを戻そうとする本能が働く」とでもいうような“深層心理”を、金子みすゞは直感的に見抜いている。ところが大人はどうだ。この詩が連日流れるや、色々な人がこの詩のパロディーを作って政治を風刺した。作者名を記録するのを忘れたが、こんなのがあった。≪「大丈夫?」っていうと、「大丈夫」っていう 「漏れてない?」っていうと、「漏れてない」っていう 「安全?」っていうと、「安全」っていう。そうして、あとでこわくなって、 「でも本当はちょっと漏れてる?」っていうと、「ちょっと漏れてる」っていう こだまでしょうか? いいえ、枝野です。≫ 政府の隠蔽体質を皮肉った。大人、特に政治の世界は「騙し合い」。子どもたちが「皆のため」と言えば、文字通り「皆なのため」だが、政治家が「皆なのため」という時の「皆な」は、「選挙区民」「所属政党」「支援業界」という自分を支援してくれるほんの狭い世界を指している。

∇金子みすゞの「みんな」は森羅万象全ての「みんな」を指している。冒頭に引用した「わたしと小鳥と鈴と」にそれが表れている。≪鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。≫ あれだけ悲惨な人生を送ったみすゞが、「みんな」即ち、森羅万象・全ての人々の“それぞれの違い”を、≪みんないい≫と言う。「みんな」それぞれに長所と短所を持っている。それでいい。否、それがいいのかも。何と優しい目線を注ぐ詩人だろう。冒頭に引用したバルタザール・グラシアンの警句がズシリと胸に響く。17世紀スペインのイエズス会の高僧で学者だった人。彼の著作は早くから世界各国に紹介され、殊に「賢者の教え」は、哲学者のニーチェやショペンハーウェル等の愛読書として知られる。≪あらゆるものの中に長所を見つけよ。自分から探しさえすれば、どんなものにでも何かしらよいところがあるものだ。≫ 他人の批判ばかり繰り返し、≪塵芥のような他人の過ちをかき集めることによって優越感をおぼえ、歪んだ喜びを味わっている≫如き人種に赤く染まってはいけない。そういえば、現役時代、よく安積得也の詩を講演に使ったものだった。 ≪【明日】はきだめに/えんどう豆咲き/泥池から/蓮の花が育つ/人皆に/美しき種子あり/明日何が咲くか≫ 【光明】≪自分の中には/自分の知らない/自分がある/みんなの中には/みんなの知らない/みんながある/みんなえらい/みんな貴い/みんなみんな/天の秘蔵っ子≫(注:栃木県や岡山県等の県知事を歴任、後に社会評論家。詩集「一人のために」より)