バリん子U・エ・Uブログ

趣味、幸せ探し! 毎日、小さな幸せを見つけては、ご機嫌にハイテンションに生きているMダックスです。

亡き犬のためのパヴァーヌ 富豪編 

2015-05-10 20:06:40 | お話 ペットロス
富豪の愛犬が亡くなった。
初めて会社を興したときに買った犬だった。
富豪は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
第一秘書は銅像を作ることを進言した。
専務は記念切手の発行を提案した。
飼育係りは、「ご愛犬の名前を付けた、捨て犬の保護施設の建設を。」と熱く語った。
その他、様々な人々が様々なことを進言した。
けれど、亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がした。
その時、富豪は思い出した。
犬はワゴン車の後ろの席に大きな身体を窮屈そうに押し込んではしゃいでいた。確かに、犬は大喜びをしていた。
はて、それは何だったのか。誰の提案だったのか。
富豪は一生懸命記憶を辿った。

急に決まった長期出張の前日、第一秘書はペットホテルを探し、専務はペットシッターの面接をしていた。
レッスンに来ていたドックトレーナーがそれを見て、「偉そうに若手起業家だ、新世代の実業家だ、何だって言っても、犬の子一匹まともに飼ってやれないんだな。」と、犬の首筋を撫でながら鼻先でせせら笑った。そして、封筒を差し出した。
「この犬を買うよ。」
封筒には100万円が入っていた。青年実業家は驚いた。
「この犬はこんな扱いを受けるべき犬じゃない。あんたにはもったいない犬だ。」
「忙しい中、自分でちゃんと餌もやって、散歩にも連れて行っている。」
青年実業家は憮然として答えた。
「それは、一日に一回の給餌と、一日二回五分間の排泄のための外出のことを言ってるのか。それさえしていないんなら、立派な虐待だ。犬は犬舎に閉じ込めておくオブジェじゃない。犬を飼う甲斐性もない奴が犬を飼うんじゃない。」
青年実業家はドッグトレーナーの言葉を聞いて、激怒しながらも、確かにそうだと納得した。そして、自分は犬もまともに飼えない実業家などではないことを示してやろうと決心した。
まず、青年実業家は犬を出張に連れて行くことにした。犬は大喜びした。
それから、青年実業家はいつも犬と行動を共にした。どれほど忙しくても、毎日必ず一時間は犬と散歩をした。
犬と移動するためにキャンピングカーを買い、自家用 ヘリコプターも買った。犬との散歩時間をとれなくなるような仕事は断った。犬を部屋にいれないホテルには泊まらなかった。そのうちに、犬を入れてくれなかったホテルも、レストランも特別室を用意してくれるようになった。青年実業家にとって、犬は自分がどれほど重要視されているかのバロメーターとなった。そして、アイリッシュセッターを伴った青年実業家はマスコミにも取り上げられるようになった。
犬はいつも飼い主の青年実業家と一緒にいれることを、ただ単純に喜んでいた。

年月が経ち、青年実業家は富豪になった。美しいアイリッシュセッターはいつも富豪の傍に控えていた。犬が富豪の傍にいることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、富豪はすっかり思い出した。そこで富豪はあの日のドッグトレーナーを呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜ばない。犬は亡くなったのだから。」
不機嫌きわまりない顔でやってきたドックトレーナーは、富豪の質問を聞くと吐き出すように言い捨てた。
それは富豪が一番認めたくないことだった。しかし、富豪はドッグトレーナーの言葉に頷くよりなかった。
「ただ、もし、これ以上あの犬を失いたくないと思うのなら、方法はある。」
富豪は思わず、身を乗り出していた。
「誠実になるんだ。」
「誠実?」
「犬のことを語るとき、実際以上に飾り立てる必要はない。実際以下に謙遜する必要もない。ただ、ありのままにあの犬のことを語るんだ。あんたの犬は最高の犬だった。あんたがあの犬をどんな風に利用しようと、あの犬は一途にあんたを愛した。あんたの横で幸せでいた。」
犬はフォトジェニックでパブリックマナーが良かったが、中身は富豪の祖父が飼っていた雑種犬と同じ、純朴でいたずらで愛情深いただの犬だった。富豪にはそれがわかっていた。そして、そんな犬が愛おしかった。それなのに取材を受けるとついおおげさに犬のことを話してしまった。
話すうちに、富豪はドッグトレーナーではなく、愛犬家の祖父に叱られているような気がしていた。
「その通りだ。私の犬はありのままで最高の犬だ。語るときはありのままの彼のことを語ろう。」
こうして亡くなった犬は富豪と命を分け合い生き続けた。