バリん子U・エ・Uブログ

趣味、幸せ探し! 毎日、小さな幸せを見つけては、ご機嫌にハイテンションに生きているMダックスです。

『金子みすゞの詩とたましい』酒井大岳 を読んで

2014-08-30 02:35:48 | Weblog

『花のたましい 
      
       金子みすゞ


  散ったお花のたましいは、
  み佛さまの花ぞのに、
  ひとつ残らずうまれるの。

  だって、お花はやさしくて、
  おてんとさまが呼ぶときに、
  ぱっとひらいて、ほほえんで、

  蝶々にあまい蜜をやり、
  人にゃ匂いをみなくれて、

  風がおいでとよぶときに、
  やはりすなおについてゆき、』

 この詩と同じ感覚で、わたしはバリが死んでも幸せになれることを確信していました。
 だから、宗教的なお見送りはしませんでした。
 宗教という枠に捕らわれず、真に自由に幸せになって欲しい。
 むしろ、わたしが宗教の枷をかけない方が、幸せになれると思いました。
 



「わたしに報いたいと思うならば、わたしの説いた教えを大切にし、教えを実践して欲しい。
 ただ一筋に教えを守りぬくものこそ、私につかえ、私を敬うものである。
 香や、華や、伎楽をもってするのはほんとうの道ではない。
 ひたすらに法を守り、法に生き、法のために精進するがよい。
 これこそ、こよなき供養というものである。」
               『金子みすゞの詩とたましい』酒井大岳


 それでも、時には不安になっていたのだけれど、
 "こよなき供養"っていうのは、花やお供えではなく、亡くなったものの遺志を継ぐことなのだという、このフレーズを読んでほっとしました。

 きっと、バリなら言うんだろうな。
「あのね、バリのためにしてくれるなら、バリがお願いしたことをして欲しいの。バリがしてたことをして欲しいの。
 幸せでいてね。愛してね。愛されてね。楽しんでね。おいしいものを、おいしい。おいしい。って食べてね。
 そうしてもらうのが、バリ、一番嬉しい。
 ずっと、一緒にそうしてきたから、大丈夫、ひとりでもできるよ。そうしてね。」

 愛してる、バリ。

それは、わたしにもわからない

2014-08-14 01:28:36 | Weblog
夢を見た。
夢の中でわたしはテレビを観ていた。
テレビでは、アメリカの犬が中国産のおやつを食べて亡くなったというニュースを、飼い主のインタビューを交えて伝えていた。
ローティーンの女の子が「おやつをあげたら亡くなるなんて信じられない。大切な家族だったのに。兄弟みたいな犬だったのに。」と泣いていた。
本当にひどい話だと思う。喜ぶ顔がみたくてあげたおやつのせいで死んでしまうだなんて悲しすぎる。惨すぎる話だと思う。絶対にあってはいけない。
夢の中のわたしも胸を痛め、憤っていた。
そして、テレビの前で話していた。
「かわいそうに。・・・・でも、もう、バリにはそんな心配はないね。」
横にいたバリが、同意するようにのぞき込んだわたしの顔を舐めてくれた。

果たして、わたしの潜在意識はバリの死を認めているのか。認めていないのか。(^_^;)\U(・_・ Uオイオイ


それにしても、久しぶりにバリに”賛成のペロッティ”をしてもらえて嬉しかったよ。
愛してる、バリ。