バリん子U・エ・Uブログ

趣味、幸せ探し! 毎日、小さな幸せを見つけては、ご機嫌にハイテンションに生きているMダックスです。

亡き犬のためのパヴァーヌ お姫様編 

2015-05-03 20:35:33 | お話 ペットロス
お姫様の愛犬が亡くなった。
お姫様と一緒にお嫁入りしてきた犬だった。
お姫様は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
家老は血筋の犬の後任任命を進言した。
大僧正は菩提寺の建立を提案した。
その他、様々な家臣が様々なことを進言した。
「わしらの犬はかようなことを望みはしないであろう。」とお殿様は言った。
お姫様も亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がしていた。
その時、お姫様は思い出した。
嫁いで来たばかりの頃、お殿様はお姫様と犬を野に連れ出してくだされた。犬は大喜びをした。
はて、それは何だったのか。誰の進言だったのか。
お姫様は一生懸命記憶を辿った。

輿入れして来たばかりのお姫様はひどく塞ぎ込んでいた。お城の薬師はいく種類もの薬を出し、僧侶達は夜毎日毎に加持祈祷を繰り返した。けれど、塞いだ気分は治らずお姫様はやつれ果て、連れてきた犬の相手も満足にしてやれなくなった。お殿様はたいそう心配していた。互いの祖父の代までは仇と呼ばれた両国の、和睦の証にと輿入れして来たお姫様が万が一にも身罷かられるようなことがあっては、戦が始まるかもしれないと危惧していた。
「薬草をご用意下さい。」
万策尽き果て、最後に里人達が仙人と呼んでいる山の端の薬師が呼ばれた。
「ただし、その薬草はお姫様の目の前で、お殿様がお摘みください。また、その折には日の入りから日の出までの間、お二人は野に出てお互いより他の人を目の中に入れてはなりませぬ。」
奇妙な処方であるとは思ったが他になす術もなく、お殿様は薬師の言葉に従った。
薬草は早々に摘み終わり、満月の光の中、手持ち無沙汰になったお殿様は、奥方様に従って付いてきた犬と鬼ごっこを始めた。犬は大喜びして駆け回った。喜び跳ねる犬を見て、お姫様は手を打って笑い声をあげた。お姫様の無邪気にはしゃぐ姿を見てお殿様も何だか嬉しくなった。
次に薬草を摘みに行くように指示されたのは、新月の夜だった。
薬草を早々に摘み終えたお殿様は、星明かりと一本の松明の灯りしかない野で、お姫様と身を寄せ合っていた。犬はお姫様のそばに控え、なにものかの気配を感じると吠えながら闇の中へ駈けていき、しばらくするとお姫様の元へ戻ってきた。お姫様は自分を守ってくれる犬の身を心配し感謝した。お殿様は犬とお姫様を見て、大事な人を守るというのはどういうことかを学んでいた。そして、そのうち、お殿様は犬が駆け出すと、刀を構え、お姫様を背中にかばうようになった。犬もお姫様もすっかりお殿様を頼りにするようになった。
何度か薬草を摘みに行くうちに、お姫様は健康を取り戻した。そして、お姫様と犬とお殿様はすっかり仲良くなり、お殿様は犬のことを、“わしらの犬”と呼ぶようになった。

お殿様とお姫様と犬がお忍びで野遊びすることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、お姫様はすっかり思い出し、お殿様にも話して聞かせた。そこでお殿様は山の端の薬師を呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜びません。お殿様、奥方様、犬は亡くなったのです。」
山の端の薬師はずいぶん老いていた。自分では城に上がることができず、お殿様とお姫様が山の端を訪ねた。
お姫様は泣き出してしまった。お殿様もとても悲しかった。しかし、二人は薬師の言葉に頷くよりなかった。
「それでもお二方が、あの犬に何かをと思われるのなら・・・・・強く優しい涙をお与えになるとよろしゅうございます。」
「涙?」
お殿様は思わず、身を乗り出していた。
「悲しみの涙でもなく、悔いの涙でもありません。お殿様は、戦で命を落とした家臣を思い出されるときに流されるのと同じ涙だけを、あの犬のためにお流しなさい。奥方様は、美しすぎる夕日やお国元での幸せな時間を思い出されるときに流されるのと同じ涙だけを、あの犬のためにお流しなさい。他の涙は流してはなりません。この世で一番美しい涙だけを犬にお与えなさい。」
いつからかお姫様とお殿様には薬師の言葉を借りて、神仏が話されているような気がしていた。
「わかった。そのようにすると約束しよう。確かに、わしらの犬はそのように遇されるのが相応しい犬じゃ。」
数年後お殿様とお姫様の間に待望のお世継ぎが誕生した。二人は生まれてきた赤ん坊が元気な泣き声を上げながらほろほろとこぼす美しい涙を見て、顔を見合わせた。
お殿様とお姫様は亡くなった忠義ものの犬が、二人の涙を返してよこしたのかと思った。けれど、それに答えてくれる山の端の薬師はもういなかった。
こうして亡くなった犬はお殿様とお姫様と命を分け合い生き続けた。