王様の愛犬が亡くなった。
15年間も王様に仕えた犬だった。
王様は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
大臣は国葬を進言した。
公爵は勲章の授与を提案した。
王妃は、「王様が元気をお出しになることですよ。」と優しく言った。
その他、様々な家臣が様々なことを進言した。
けれど、亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がした。
その時、王様は思い出した。
犬が初めて命を救ってくれた時、王様は褒美を与えた。犬は大喜びをした。
はて、それは何だったのか。誰の進言だったのか。
王様は一生懸命記憶を辿った。
大臣はパレードを進言し、公爵は食べきれないほどのご馳走を与えることを提案した。
王妃は、「王様がご無事だったことが、この子にとっても何よりですよ。」と、中庭で、犬の首筋を撫でてやりながら言った。その時だった。
「寝室に入れて。」
足元に座っていた犬が言った。王様と王妃は、驚いて顔を見合わせた。
ほどなく、犬の後ろの茂みの陰から庭番の息子が連れてこられた。
「王様の犬は、寝室に入れて欲しいって言ってるよ。」
衛兵に引っ立てられてきた庭番の息子は臆することなく繰り返した。
「この犬は犬舎に入れられると、王様が恋しくて遠吠えをするんだ。放してやると王様のお部屋の下に行って、ずっとずっと敵が来ないか見張っている。」
王様は少年の言葉を、なるほどそんなこともあるかもしれない。そんな犬であろう。と納得した。
犬は王様の寝室に入れられた。犬は大喜びした。
それから、犬は5回も侵入者を捕まえた。犬は身を呈して、王様の身を守った。
けれど、それだけではなかった。王様が不安で気が狂いそうな時、孤独で引き裂かれそうな時、犬はそっと王様に寄り添って、王様の心を守った。それは、王妃も知らない秘密だった。
名犬の誉高い犬はいつも王様の傍に控えていた。犬が王様の傍にいることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、王様はすっかり思い出した。そこで王様は庭番の息子を呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜びません。王様、犬は亡くなったのです。」
庭番の息子は立派な青年になっていた。賢明で率直な気性は昔のままだった。
王様はとても悲しかった。しかし、王様は青年の言葉に頷くよりなかった。
「それでも王様が、あの犬に何かをあげたいと思われるのなら・・・・・時間をお与えになってはいかがでしょうか。」
「時間?」
王様は思わず、身を乗り出していた。
「忘れるのではなく、覚えておくのではなく、あの犬が王様の元に、帰ってきたように思い出される時は、そのままあの犬のことをお心に浮かべてやって下さい。その一瞬の時間を犬にお与え下さい。」
いつからか王様には青年の言葉を借りて、愛犬が話しているような気がしていた。
「わかった。約束しよう。確かに、予の犬はそのように愛されるのが相応しい犬だ。」
こうして亡くなった犬は王様と命を分け合い生き続けた。