紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

27 蒼の線

2021-11-14 09:26:24 | 夢幻(イワタロコ)


 駅からの遊歩道を過ぎた所に、白いボディーに一本の蒼い線を描いたポストがある。俺は前々からそのポストに興味があった。
 定年間近に見える男がポストの前で立ち止まった。背広やズボンのポケットに手を入れ丁寧に探っている。
 名刺のような物を取り出した。街灯の明かりでそれを眺めるとポストの口に投げ入れた。そして、埃でも払うように音を立てて全身を叩いた。

 俺は男が立ち去るのを待ってポストに近づいた。ポストの口は直径十センチ前後だろうか。中の物は見えない。
 終電の去った街は静まりかえっている。辺りに誰もいないことを確認してジャケットを脱いだ。ワイシャツの袖をたくし上げる。
 ポストの口に腕を差し込んだ。中にはいろいろの物が入っていた。
 一枚の名刺らしい物を掴んだ。腕を引き上げるがスムーズに手首から先が出ない。人差し指と中指で名刺のような物を挟み直してやっと手を出す。明かりに照らして見ると、カフェの女性の名刺だ。
 俺は再びポストに腕を差し込む。今度は真新しい水玉模様のネクタイ。次は香水の匂いがついた花柄のハンカチ。裂けた写真の男の顔。それに片割れの女の顔。飲食店名入りのライター。ホテルのタオル。

 車のエンジン音が近づいて来た。慌ててワイシャツの袖を下ろす。急いでポストから五メートルほど離れた。スピードを上げて車が通過していく。男の視線と合った。
 手の甲に痛みを感じた。ポストの口で擦った傷から一筋血が流れている。
 俺はきっと、このポストを、いずれ利用することになるだろう。


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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