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ありゃりゃサンポ

近現代の建築、町並みと橋が好き。
一日八千歩の散歩の忘備録。美味しいご飯と音楽と。
東京都全域をGPSで塗り潰し中。

はじめての鹿児島旅⑤石橋記念公園

2020年03月28日 | たびたび旅
とうとう鹿児島にも感染者が出てしまいました。残念。イギリスからの帰国者ですけど。

さて鹿児島最終日。朝から傘が要るか要らない程度の小雨。ホテルをチェックアウト後、リュックをあずかってもらい傘もホテルで借りました。ドーミーイン、便利です。
最初に市電で鹿児島駅にやって来ました。鹿児島の中心地は新幹線も停まる鹿児島中央駅。そこから3km離れた場所にある鹿児島駅。
この二つの駅の関係性が気になっていました。中央駅が駅ビルに観覧車まであるド派手な存在なのにこちらの【元祖】鹿児島駅の慎ましいこと。
二つの駅の成り立ちに興味がある方はこちらでもお読みください。ちなみにこの鹿児島駅、一月前の2020年2月から使われているできたてほやほやの駅舎です。

駅の近くにあった古びた雑居ビル。Rさんが先に気づいていい感じと教えてくれました。私に付き合って無駄にいろいろな建物を見ているので目が肥えてきました。

鹿児島駅から海岸線を10分近く歩いて来たのがこちら、石橋記念公園。
甲突川には江戸時代に作られた5つの石橋がありましたが、1993年8月の集中豪雨でそのうちの2つが流されてしまいました。上流の乱開発が原因という人もいます。
それで、残った3つの橋を貴重な文化遺産として未来に残すために、河川の改修に合わせて安全な一か所に移設して公開することに。それがこの公園の成り立ち。

私は石橋が好きで、熊本旅行でも通潤橋に行く途中で熊本の名工が作ったたくさんの石橋を見てきました。
ここ鹿児島の石橋も薩摩藩が肥後から招いた名工岩永三五郎の手によるものです。斜めの敷石がおしゃれ。3つのうちの最初のこれは西田橋。

熊本では連アーチの橋は見ませんでした。その分、単アーチでもっと高さがある物が多かった。川幅があって谷の浅い川だと連続アーチがいいんですね。
水切りがこんなに間近で見られるってすごい。ちなみにこの数分後にこの「川底」に人工的に水が流されて、橋の下は歩けなくなります。

高麗橋。橋の中ほどを傘を差して渡るRさん。

保存のために移設されたわけですが、その時点で川を渡るための橋という存在意義自体は失われてしまいました。ここは屋外展示の「橋の博物館」です。
絶滅危惧種を檻の中に集めた動物園に似ているかも知れません。

肥後の名工、岩永三五郎さん。肥後の石工集団、種山石工の中心的人物です。

石橋だけでなく公園としても静かで美しい公園でした。西南の役での官軍の戦没者慰霊碑。

西田橋の下では野太刀自顕流の稽古中。示現流と混同されますがよく似た別物です。猿叫と呼ばれる気合の奇声を発しながら頭上から一撃必殺の件。
大河ドラマの西郷どんでも子供たちが稽古していました。

西田橋のすぐ横の石橋記念館。五石橋の歴史や架橋技術についてとても分かりやすい展示がされています。

ジオラマと映像で分かる石橋の作り方。石橋の下にこれほど広範囲に敷石がされていること。その敷石は胴木という木組みの上に作られます。

よくできたジオラマなんですが。運んでいる石の大きさに対して人が少なすぎませんか。
例えば右上の二人で運んでいる石。こちらでちょっと計算して見たのですが比重2.2の凝灰岩だっだとして、大きさ80×60×60cmだと仮定すると。
この石の重量はなんと633kgになるそうです。とても二人で担ぎ上げられる重量ではありません。(展示は最高です。いちゃもんつけているのではありません。念のため)

最終日のフライトが13時。お昼ご飯と移動を考えると8時から11時くらいまでしか使える時間がありませんでした。
仙厳園に行きたかったのですがやはりちょっとドタバタしそうだったので市電+歩きで行ける石橋記念公園にしましたが、結果としてよかったです。

一方、Rさんの心残りは「しろくま」が食べられなかったことだったようで、前夜からぶつぶつ言ってましたが、なんと空港の山形屋レストランにありまして。
無事にいただくことができました。私も少しもらったのですが、ちょっと意外なくらい美味しかったです。
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