ありゃりゃゴルフ.esp

建築と散歩と工事現場とご飯と写真とアコギと自転車とYesと小石川後楽園とオカリナ。

9月に食べたもの

2018年09月19日 | 食べ物のはなし
いろいろと美味しいものが出回る秋。何を食べても美味しい季節。な9月。

今季初ピェンロー。築地の見学の時に買ったどんこがやはりかなりいい仕事します。

数年に一度も足を踏み入れない板橋のフレンチ、「パリ4区」のハラミステーキ。

豚味噌。自分で味噌漬けにしたのは初めてかも。

冷やしコーンスープかけ蕎麦。SNSで話題だったので。蕎麦にコーンスープをかけたような味がします。

鶏肉とナスの唐揚げみぞれあんかけ。片栗粉の衣が溶けて必要以上にとろみが出た。

9月のお誕生会。つや子と三宿一隆。毛蟹が入荷していなかったけどずわいでもまあまあ美味しい。毛蟹の半額だし。

例の王子新道沿いにオープンした新店「来味」。新潟の人気店がチャーランひっさげて板橋にオープン。

日テレの「誰だって波瀾爆笑」で渡辺直美が食べていた唐揚げにつられて仲宿の焼き肉屋の唐揚げランチ。

麺つゆで作る親子丼。何度か試行錯誤して麺つゆ40、水60、砂糖小さじ1というバランスでようやく確定。

鮭の塩麹漬けと里芋の蒸かしたの。

余った里芋の蒸かしたのと、さつまいもと玉子と残り物ご飯でまかない食。美味くも不味くもないってこれのことか。

秋刀魚は今年2回目。大量で獲れすぎて港で下せなくてと言ってたのは最初だけだったのか。でも今年の秋刀魚は格別に美味い。

定番「よし子のハンバーグ」。何度作っても美味い。

Rさんのチキンカツ。他にサツマイモのコロッケとか玉ねぎとか。揚げたてを食べられる至福の時。

高幡不動に出かけてお昼食べないで帰ってデパ地下で買ったイタリアンで昼から飲んだ。案の定2時から6時まで寝てしまった。

これもRさん栗ご飯。栗がすごく味の良い奴で極薄い味付けで本当に美味しかった。

スペアリブ。200℃20分だったけど、あともう5分やっても良かったな。

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石神井川 飛鳥山ずい道と周辺

2018年09月18日 | TOKIO&近郊散歩

板橋から石神井川に沿って遊歩道を歩いてきて、飛鳥山手前で明治通りにぶつかるあたりで川筋は大きな楔型によって二股に分けられます。これにどういう意味があるのか気になる。

上の地図の左の赤い矢印がこの二股になるところ。①の場所から見ています。二股の右の左もそのまま飛鳥山の地下を通り抜けるだけなのになぜに川筋を2本にしたんだろう。

カーブに沿って坂を下って京浜東北線のガード下をくぐりぬけて都電荒川線の王子駅裏手に出たところ。地図でいうと②の場所からです。

この細い流れが元々石神井川の流れていた川筋です。一見自然の小川風に作っていますがこの草の下に実際に水が流れています。草と小川は暗渠のフタの上。
石神井川は地図の①から②の方に流れていたのですが、大雨で氾濫することが多かったため①4から④の方向、飛鳥山の地下にバイパスを通しました。これが飛鳥山ずい道です。

上の暗渠が開渠として現れる場所が、飛鳥山隧道の末端でもあります。この場所で3本に分かれていた川筋がひとつに戻ります。たぶん誰一人ついてきてないと思いますが(笑)
上の写真の左側の川筋に船のようなものが見えますが、これは河川環境を改善させるための水流発生装置だそうです。

1本になった石神井川は首都高中央環状線と交差しながら墨田川との合流地点を目指します。

合流地点には徒歩で行きにくかったので飛鳥山公園に戻ります。写真でいうと⑤のあたり。公園の中に人工的に作られた滝や水の流れ。地下のずい道の水を利用しています。たぶん。

本来の川筋であった⑥の場所は音無親水公園として川筋を生かしたまま憩いの場所となっています。

音無親水公園へ水を流す場所には何やら複雑な形をした施設があります。公園用の浄水施設とかそういった類かな? いつか管理人のおじさんと仲良くなって何なのか聞いてみたいですね。

王子駅の下から飛鳥山の下へ流れる川筋を本来の川筋と言っていますが、それも実際には人の手によって導かれたものです。
それより遥か以前には飛鳥山南西を通って上野の不忍池方面に向かっていたことが地形図から分かります。が、話が広がる一方なのでとりあえずここまで。
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高幡不動尊

2018年09月17日 | TOKIO&近郊散歩
昔から名前はよく聞くけど実は一度も行ったことのない場所シリーズ。今回は高幡不動へ。
今回からシリーズとしますが、過去の深川不動尊、池上本願寺を第一回と第二回ということにしよう。高幡不動尊。精査粋な名称は高幡山明王院金剛寺。

京王線高幡不動駅を降りて駅前広場から表参道越しにいきなり大きな門が見えています。

短い参道の先、やや広い道路の信号の先に大きな仁王門と五重塔が見えてきます。

仁王門。

土方歳三像。菩提寺であることから全体的に新撰組のあれやこれやが見られます。

境内で骨董市が開催されていました。陶磁器、日用品、着物その他がらくた類。なかなか面白い。

おちょこいろいろ。小さいものなら少し集めてみたい気がしました。

敷地の南側が木々に覆われた丘陵地になっていて八十八か所参りを模した散策コースが作られています。

五重塔。

山門。

大日堂。

咲き始めた彼岸花に導かれて山道へ入ります。

四国は一十八か所の札所と対応させた八十八体の石仏が道沿いに短い間隔でおかれています。



仏様の後ろにうっすらと五重塔の相輪が写っています。そんな高さまで登っているのでした。

この山は高幡城だったらしいです。

薄暗い道の中の彼岸花はとてもきれいでした。もう少し上の方に群落地があるようですが、けっこう何か所も蚊に刺されてしまったので今日はここまで。
新撰組っぽい饅頭とどら焼きを少し買って帰路につきました。
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銚子遠足

2018年09月15日 | TOKIO&近郊散歩

久しぶりの平日大人の遠足ということで東京発7時38分の総武本線で銚子へ。銚子から銚子電鉄に乗って犬吠駅までやってきました。

初めての銚子電鉄。公式サイトで自ら宣言していますが「経営がまずい」らしいです。走行中の車内では金髪のかわいい車掌さんが切符売ったり改札したり、一人で大忙しでした。がんばれ。

犬吠駅を降りてまずは山側へ。小高い岩山の崖下にある万願寺へ見学とお参りに。昭和51年に開創された新しいお寺で、関東八十八か所霊場という近年定められた巡礼地のひとつ。
新しいだけあっていろいろと話題になりそうな仕掛けが満載のお寺でした。写真右手の一見、懸造風の赤格子の上に立つ金色の六角堂は展望台になっていて一番上から犬吠一帯を見下ろせます。

再び駅に戻って今度は海側へ。まずは犬吠埼灯台へ。明治7年竣工。高さ31m。日本産煉瓦を二重に積み上げています。昭和末期にPCコンクリートで耐震補強済み。登録有形文化財。

200円の入場料で敷地内に入り、99段の階段+数段の鉄梯子で最上階のベランダに。少々くたびれますがこれは絶対に登って見るべき眺めでした。

電球とレンズのある部屋には入れませんが隙間から覗いた1枚。「日本に5つしかない最大の第1等レンズを使用した第1等灯台」なんだそうです。

岬の外縁は遊歩道が整備されていて海岸まで出ることができます。岩に当たる波が大きな飛沫を上げていました。遊歩道から数分の場所にある犬吠埼ホテルへ。
そこから3kmほど離れた食事処に行くためのタクシーを待ちながら、しばし足湯で寛いだりしました。

昼食は「一山いけす」さんを予約。銚子漁港の端に立つ海鮮処で、店内に大きないけすがあるのが特徴。

お造り3人前。

伊勢海老の天ぷら。

いわしのフライ。

金目鯛の煮つけ。

金目鯛のアラで骨湯がしたいと言ったらちゃんと熱湯とお椀を持ってきてくれました。

うに丼。
全部美味しかった~。

食事が終わってから今度は表通りを2kmほど歩いて「ウオッセ」という魚介類の販売センターへ。私は買わなかったけどみんないろいろ買ってました。
最後はまたタクシーに来てもらって銚子駅まで。駅前の喫茶店で若干時間調整してから再び房総特急に乗って東京に戻りました。
大急ぎで回って食べた銚子。なかなか面白かったです。いくつか回れなかった場所も残っているので今度は一泊二日でまた行くつもり。
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谷端川跡を歩く3(板橋駅から東京ドーム)

2018年09月14日 | TOKIO&近郊散歩

谷端川跡歩き三日目。我が家の真ん前を流れていた谷端川はJR埼京線板橋駅の下をくぐって、大塚駅を越えて最後は現在東京ドームがある場所の水戸藩下屋敷の中を通ってお堀に落ちます。
谷端川という名称は大塚を超えたあたりで千川と呼ばれ小石川植物園のあたりからは礫川(こいしかわ)→小石川と変わってゆきます。
この川筋というのが私がほぼ毎日自転車で走っていた通勤のコースに非常に近いものであったので個人的に特にこの川に強い興味を抱いたものです。
三日目はその自転車通勤コースを一気に走って写真を撮って来たのでとりあえずそれをベタベタ貼りつけてこのシリーズをひとまず終わりにします。上の写真が板橋駅越えのトンネル。

そこにかつては川があった、ということを表す目印みたいなものがいろいろ言われていますがクリーニング店というのもその中の代表的なものです。
この道筋、本当にクリーニング店は多い、ような気がするんですが全部が全部暗渠になる前にそこで開業していたわけではないのであくまでも参考として。

ソース工場なんていうのもやはり水を多く使い、そしてまた排水も多く流していたことでしょう。

明治通りを越えてしばらく行ったマンションの生け垣の中に隠すように、かつてここが谷端川であったという説明が書かれています。

大塚駅のガードを越えて、この辺りから千川上水の分水と一緒になって千川と呼ばれます。この先の道路も千川通りという呼び方が一般的。

共同印刷もかつては千川に面し、千川に排水していた時期があったはずです。

正面の大きなビルが文京シビックセンター、そして正面に東京ドーム。千川はまっすぐに水戸藩下屋敷の中に流れていました。自転車ではいけないので回り込みます。

こちらの公園は礫川公園(こいしかわこうえん)。礫川はいつしか小石川に表記が変わります。難しい漢字覚えられないからね。

東京ドームを白山通り側にパスします。

東京ドームシティの中で白山通りに沿って作られている噴水池は、かつてここにあった谷端川=千川=小石川を思い出すモニュメントです。

水道橋駅の裏手で外堀に注いで川の旅は終わります。もういちど三日間で通った川筋を貼っておきます。
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谷端川跡を歩く2(要町から粟島神社)

2018年09月13日 | TOKIO&近郊散歩
1の続きの2です。

場所の説明をしておきます。ある朝に思い立ってA地点の下板橋駅付近からB地点の要町まで歩きました。次の日にB地点まで自転車で行ってそこからC地点を目指します。

谷端川南緑道歩き2日目。要町通りを渡ったここからスタートです。

変なオブジェその3。お尻の下の石は最初から置いてありました。まあこのデザインなら置かれてもしゃあないですね。

昨日と同じような雰囲気の緑道を1kmも行かないうちに電車の線路で行き止まりになってしまいました。緑道としてはここでおしまいのようです。またはここが始まりかも。

一番誓踏切を渡って先ほど途切れた場所の反対側に来ました。ゴルフで秩父方面に行く時しか乗らない西武池袋線。椎名町駅のちょっと天前の場所です。

C地点に向かって進みます。ここから先は暗渠であることもほとんど分からない普通の道が続きます。

椎名町駅の踏切を越えます。

商店街を進みます。
谷端川が暗渠化され始めたのは1934年(昭和9年)。全区間の暗渠化が終わったのが1964年(昭和39年)。西武池袋線の椎名町開業は暗渠化が始まるよりずっと前の1924年。
なので昭和のどこかまでは駅の踏切の脇のこの場所にはまだ谷端川が流れていたということです。それから暗渠になって道ができてその両側にいつしか商店街ができる。
面白いですね。古い航空写真で調べて見たら、昭和22年には椎名町駅の北、南とも細い水路が写っていました。昭和38年の地図では北側、写真の商店街のあたりは暗渠化されていました。
へ~なるほどーって感じですが、先を急ぐので航空写真のキャプチャを貼ったりはしません。

で、いきなりC地点。ゴールです。あと200mくらいで千川駅という場所にあるこの神社の中の湧水が谷端川の源泉なのでした。

石碑に清水が湧出の、後の谷端川のと書かれています。

こちらがそのお池。今ではもう水が湧いていることはないそうです。
当時も大した湧出量ではありません。谷端川がある程度の水量を得るようになったのは江戸時代に近くを流れている千川上水の余水を落とし込むようになってからです。
ということで、引き続き千川上水を遡って行かなければならないところですが、その前に今度は谷端川の下流へ向かって川の終着点を見に行ったのでした。
「谷端川跡を歩く3」に続きます。
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谷端川跡を歩く1(下板橋から要町)

2018年09月13日 | TOKIO&近郊散歩
JR板橋駅と下板橋駅の間は谷端川の暗渠でその上に公園を兼ねた遊歩道が作られています。道路と交差する場所には「一の橋」「二の橋」など標識のついた親柱が残っています。
暗渠にした後に植えたのか前なのか、順序は定かではありませんが遊歩道にそって桜が植えられていて春には見事な花を咲かせます。近年、この桜が次々と切られて行くのが悩みの種。
谷端川という名称はほとんど使われませんが、JR板橋駅を越えた先の桜並木沿いには「北谷端公園」「南谷端」公園があって、谷端川がそちらへ延びていたことが分かります。
そんな谷端川跡の目の前に住んでいる私ですが、川そのものについて考えたことはあまりありませんでした。
仕事で渋谷から自転車で帰宅する途中、山手通りから下板橋駅に向かう道筋も同じような暗渠の上の遊歩道に沿って走っていたので、それが西に延びていることは知っていました。
ネットで調べると、それほど遠くない有楽町線椎名町の先の方に谷端川の水源があることが分かったのでウォーキングの一環としてそちらに向かって歩いてみました。

東武東上線下板橋東。この後同じような写真がひたすら続きますので一般の方はここで止めて他へ行くことをお勧めします。

東上線踏切を越えて。この辺りは自転車置き場として使われています。

東上線沿いに遊歩道が始まります。

最初の変なオブジェ。

橋の跡。橋ごとに写真を撮って行きましたが基本同じなので省きます。

変なオブジェその2.オブジェじゃなくて遊具ですけどね。

前野町交差点。ここで一度分断されます。川越街道を歩道橋で越えます。

大きなドン・キホーテのある交差点の歩道橋。渋谷から自転車で戻るときにいつも通るところ。この歩道橋を歩いて超える日があるとは思わなんだ。

遊歩道再スタート。これを書きながら地図を見て初めて知りましたがこの遊歩道が板橋区と豊島区の区界になっていたんですね。それではこの遊歩道はどっちの区の管轄なんだろう。



ちょうどここに「谷端川緑道散歩マップ」がありました。写っていませんがこれの左下に「豊島区役所土木部公園緑地課」と書かれています。どうやら豊島区管轄のようです。たぶん。

大きな木の一部と化したアパートがありました。

みたけ通りという聞きなれない道路越えます。(聞きなれないのもあたりまえで、2018年の3月にできた新しい道路でした。)

ちょっと開けた感じでお寿司屋さんなんかが遊歩道に向かってあったり。暗渠と生活が繋がっている感じがいいです。

古来、川には背を向けて家を建てるのが基本なんですが、もうほとんどの家が川が暗渠になってからできたもののようでその法則は当てはまりません。

水の抜けた親水公園。

再び4車線の道路で遊歩道は分断されました。

歩道に上がってみると、有楽町線の要町の駅でした。この先も遊歩道は続いていますが、これ以上先に行くとお昼までに家に戻れなくなるので今日はこれまで。
遊歩道から左に向かって歩き出すとすぐに池袋でした。ここから家までは3kmありません。40分くらいかな。ずいぶん歩きでの行動範囲が広がりました。
「谷端川跡を歩く2」に続きます。
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天丼 金子半之助本店

2018年09月12日 | 食べ物のはなし

日本橋は金子半之助本店で天丼を食べてきました。

開店1時間前から行列ができるこちらのお店。メニューはこの天丼のみ。穴子1本、海老2本、イカのかき揚げ、それと玉子。
これでお値段はなんと980円ぽっきりなので、まあこれは評判になるのは致し方ない。味も揚げ方も私には文句ないです。崩すととろりと気味の溢れる玉子が良かったです。

前回、門前仲町の穴子丼が食べきれなかったので今度も不安だったのですが、なんと丼が上げ底になっていてご飯は少なめです。
ちゃんと食べたい人には同じ値段で「大盛」もあります。たぶんこっちは普通の底まである丼で提供されるものと思われ。

ちなみに、11時開店の店に私は10時15分に到着。並んでいた人は7人でした。ファーストロットの20人に入りたかったので一安心。しかも最初の8人までは椅子に座って待てます。
11時30分に向かうあたりで急激に並ぶ人が増え始めて11時半には30人超えていました。私がいるところから最後尾は見えないので開店時に何人いたかは不明。

20分後、食べ終わって外に出た時はこんな感じ。やはり効率よく食べたいなら10時15分までに!と思います。
しかし、考えてみると日本橋まで来る往復の交通費と移動時間、45分という待ち時間を金額に換算すると軽く千円は超えると思うんですよね。

こちらの写真は7月に上野の老舗、天寿ゞで食べた2,050円の天丼。待ち時間なし。写真見比べると地味ですが海老なんかはいいの使ってます。どっちがいいのかは微妙です。
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2018年の誕生日

2018年09月11日 | 日記B
ということで、昨日で58歳になりました。特に感慨はないんですが、とりあえず今は心配事も悩み事もなにも思いつかない58歳でいられてありがたいなあと思うのみです。
「58歳」で画像検索してみたら、勘三郎さんと清志郎の写真がありました。享年58歳だったそうです。ヒロミ郷は58歳で双子のパパになっていました。元気で何よりです。

山野楽器で吹き比べて選んだ1本はフォーカリンクのテラコッタでした。左の赤いのがオオサワのAC管。右の茶色いのが新たに仲間に加わったフォーカリンクのSF管です。
お店の人に使えそうなF管を6本ほど出してもらって吹き比べました。この時に価格を知らない状態で吹いていたのですが、一番良かったこれはやっぱり高価なグループものでした。
じゃあ、高いものがみんな良かったかというと全然そういうことはなくて、2番目にいいなと思ったのが1番良かったテラコッタの半額くらいでした。
「コストパフォーマンス」という観点で見ると2番目に良かった半額のものなんですが、でも今回は1番気に入ったものを買いました。58歳だし。誕生プレゼントだし。大人だし。

誕生日前日にはいつものYesの会で、ここでも他の何人かと一緒にお祝いに誕生ケーキをもらいました。

Rさんからは他にトランクスを3枚ほどもらいました。普段買わないような高級な奴で、さすがに空気のような履き心地。自転車模様がイイね!
ということで、50台の残り2年も無事にスタートしました。来年の今頃も悩みなく暮らしていますように!

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銀座ランチとオカリナとクマのナマコ

2018年09月10日 | TOKIO&近郊散歩
仕事で長い付き合いがあったのに、タイミングが悪くて最後の挨拶もなくお別れすることになってしまった人とのランチ会。後輩社員が企画してくれて平日のお昼に内幸町へ。

お店は私がよさげなところを選びました。後々、使える可能性がないかどうかの下見も兼ねて。ランチの選択肢が広くてお店もおしゃれだったのですがホールの声が響きまくり。
輪をかけて店員が大声を出すタイプの接客で。残念ですが次はないです。静かに話せることというのが熟年の食事は必須です。でもランチは楽しかった。

ランチの後山野楽器のオカリナ売り場へ。Rさんから私の誕生プレゼント何がいいか聞かれて自分で買いに来たのでした。プレゼントは本当に欲しいものをもらう作戦。

その後、銀座一丁目まで歩いてこちらの住宅関連メーカーのビルに来ました。この2階がギャラリーになっていて年に4回、建築デザインとその周辺をテーマに小さな展示があります。
その展示関係の図録など印刷物の仕事を長くやらせてもらっていて、今日は半年ぶりにそこのスタッフに会いに来ました。

本日のシューズ。こんな写真に見おぼえないでしょうか。1月に同じようなのを載せました。右のは前回と同じですね。でもきれいに磨いてて偉い。
あんまり周囲にこういう靴の女性がいないんですが、これはジャンル的にはどういうんでしょう。8か月ぶりで話すことも多くて2時間楽しくおしゃべりしました。。仕事の邪魔してごめん。

メインの展示会場では明治時代に絹織物と並んで日本の主要輸出品だった工芸家具の里帰り展示でした。その横のサブの部屋では東京大学の隈研吾の研究室がこんなのを展示していました。
「建築とは編むものだ」という考えに基づいたオーストラリアに建築予定のパビリオンの模型。

イメージはナマコらしいんですが、中に飛び出してる毛みたいなもしゃもしゃがすごい。

このもしゃもしゃ。実はひとつひとつが結束バンドだったのでした。一体全体全部で何か所結束したのやら。

久しぶりの銀座もあちこちで新しいビルができていたり、古いビルが消滅していたり。栄枯盛衰激しいです。

これは新しいビル。ミッドタウン日比谷だそうです。でかい。なくなったのはテアトル銀座のビル。ついに一度も足を踏み入れることなくなくなってしまいました。

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