世の中的に、
まだまだ発達障害やアスペルガー症候群という言葉だけが闊歩し、
本当の姿は見えていないのだろうと思う。
私だって、話に聞くだけでは、
へぇーと分かった気になるだけだったろう。
支援級に関わるようになった親として、
一括りで綴られる記事を見るたびに
心が痛む。
前頭葉の働きが未発達な為に、
感情のコントロールが上手くできない傾向もよく見受けられるが、
それは固執という形や、過度の嫉妬など、
様々な現れ方をするようだ。
そこから、
過度の自己否定、
過度の被害者意識、
からの、相手への攻撃へとつながる事もある。
感情が抑えられないという事は、
そういうことなのだ。
我慢を続けてきた良い子が、感情は開放した方が良いと教えて貰うように、
感情は抑えなければいけない事も、
あるように思う。
でも、感じてしまうものを取り払うことは出来ないのだろう。
一概に、特にアスペルガーと言うのがマスコミに取り上げられるのは、
中でも天才系が出現する可能性や、
人とのコミュニケーションが上手く取れない、という、
話題として取り上げやすいからだと思われるが、
生まれつきの脳の障害によるものの障害とは一線を画しているにも関わらず、
誰もそれを理解して解説はされていないように思う。
発達障害は決して障害ではないと思う。
それでも確かに、前頭葉の働きが上手く出来ていない事が原因と言われている。
その為に薬が処方される事もあるのだろう(私は薬は否定的だけど、人によっては暴力を抑える必要があるのかもしれない)。
その理解不足により、
チョット多動だと診断をされたら、直ぐに薬を出す医者がいるのも腹がたつが。
ただ、アルベルガーの傾向には、
社会生活において、とても不都合になりかねない、
《気質的な暴力性》があることが問題。
この暴力は、実際の目に見えるものではなく、
言葉や感情の抑制が効かないことによる過度な被害者意識、強迫観念から起こりうる。
そのターゲットになるのは、
大人しい、優しい、内気なタイプだったりする。
発達障害と括られる人への
社会的支援や一般的な理解はとても大切なことであるが、
当の当事者たる人々も、
自分の特性を知り(個々でまた違う)
自分は可哀想な人、とアピールするだけではなく、
自分がする態度について考える姿勢が大人になるにつけ必要だと理解する事も大切だと思う。
もちろんその前に、
自分の苦手を知り、相手を責める前に、理解を求める謙虚さ、
理解してもらうための自己理解への取り組み、
それには数少ない専門家の知識も必要なのかもしれない。
単に多動という事も本人の特性であり、
感情の揺らぎによるもの、
二次的被害による後天的な自己否定感と怒りなど、その傾向がない人とは明らかに違いがあるものだろうから。
とにかく、
その特性を武器に、
すべての出来事を人のせいにするのは良くないし、生き辛さはもちろんあるだろうから、
加害者にもなり兼ねない危うさを知った方が良いと思う。
IQと呼ばれるものが高いアスペルガータイプは、
時に人をコントロールしようとしてしまうようだ。
すべての発達障害が社会的弱者ではないのに、
そこを振りかざして、
他者に自己への扱いを強制しないよう願う。
つまり、
発達障害と呼ばれる個性の特性は、
阿吽で覚えられる、気概を飲み込めず、
学ぶことができないことによる、
将来的なコミュニケーション能力の不足につながるのだと思う。
笑って許せる範囲の偏屈で済むように、
それこそ今できるのは、
なるべく早くからの脱・自己否定感だと思う今日この頃。
因みにハナは、
新しい学校での成功体験が良い傾向を示していきそうだが、
まだまだ時に感情を抑えられず、
やりたい事が止められず、
被害者意識も強い。
我慢はするが、突発的に何かをきっかけに過去が蘇り攻撃に出たりもする(言葉や態度で)。
偏りのないタイプ能力の方々への被害はあってはならないが、
善と悪とも違う。
二元性の考え方が分離を作る。
何よりもジャッジのない判断と
個々の自己受容は必要なのかも。
まとまらないけどね。
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まだまだ発達障害やアスペルガー症候群という言葉だけが闊歩し、
本当の姿は見えていないのだろうと思う。
私だって、話に聞くだけでは、
へぇーと分かった気になるだけだったろう。
支援級に関わるようになった親として、
一括りで綴られる記事を見るたびに
心が痛む。
前頭葉の働きが未発達な為に、
感情のコントロールが上手くできない傾向もよく見受けられるが、
それは固執という形や、過度の嫉妬など、
様々な現れ方をするようだ。
そこから、
過度の自己否定、
過度の被害者意識、
からの、相手への攻撃へとつながる事もある。
感情が抑えられないという事は、
そういうことなのだ。
我慢を続けてきた良い子が、感情は開放した方が良いと教えて貰うように、
感情は抑えなければいけない事も、
あるように思う。
でも、感じてしまうものを取り払うことは出来ないのだろう。
一概に、特にアスペルガーと言うのがマスコミに取り上げられるのは、
中でも天才系が出現する可能性や、
人とのコミュニケーションが上手く取れない、という、
話題として取り上げやすいからだと思われるが、
生まれつきの脳の障害によるものの障害とは一線を画しているにも関わらず、
誰もそれを理解して解説はされていないように思う。
発達障害は決して障害ではないと思う。
それでも確かに、前頭葉の働きが上手く出来ていない事が原因と言われている。
その為に薬が処方される事もあるのだろう(私は薬は否定的だけど、人によっては暴力を抑える必要があるのかもしれない)。
その理解不足により、
チョット多動だと診断をされたら、直ぐに薬を出す医者がいるのも腹がたつが。
ただ、アルベルガーの傾向には、
社会生活において、とても不都合になりかねない、
《気質的な暴力性》があることが問題。
この暴力は、実際の目に見えるものではなく、
言葉や感情の抑制が効かないことによる過度な被害者意識、強迫観念から起こりうる。
そのターゲットになるのは、
大人しい、優しい、内気なタイプだったりする。
発達障害と括られる人への
社会的支援や一般的な理解はとても大切なことであるが、
当の当事者たる人々も、
自分の特性を知り(個々でまた違う)
自分は可哀想な人、とアピールするだけではなく、
自分がする態度について考える姿勢が大人になるにつけ必要だと理解する事も大切だと思う。
もちろんその前に、
自分の苦手を知り、相手を責める前に、理解を求める謙虚さ、
理解してもらうための自己理解への取り組み、
それには数少ない専門家の知識も必要なのかもしれない。
単に多動という事も本人の特性であり、
感情の揺らぎによるもの、
二次的被害による後天的な自己否定感と怒りなど、その傾向がない人とは明らかに違いがあるものだろうから。
とにかく、
その特性を武器に、
すべての出来事を人のせいにするのは良くないし、生き辛さはもちろんあるだろうから、
加害者にもなり兼ねない危うさを知った方が良いと思う。
IQと呼ばれるものが高いアスペルガータイプは、
時に人をコントロールしようとしてしまうようだ。
すべての発達障害が社会的弱者ではないのに、
そこを振りかざして、
他者に自己への扱いを強制しないよう願う。
つまり、
発達障害と呼ばれる個性の特性は、
阿吽で覚えられる、気概を飲み込めず、
学ぶことができないことによる、
将来的なコミュニケーション能力の不足につながるのだと思う。
笑って許せる範囲の偏屈で済むように、
それこそ今できるのは、
なるべく早くからの脱・自己否定感だと思う今日この頃。
因みにハナは、
新しい学校での成功体験が良い傾向を示していきそうだが、
まだまだ時に感情を抑えられず、
やりたい事が止められず、
被害者意識も強い。
我慢はするが、突発的に何かをきっかけに過去が蘇り攻撃に出たりもする(言葉や態度で)。
偏りのないタイプ能力の方々への被害はあってはならないが、
善と悪とも違う。
二元性の考え方が分離を作る。
何よりもジャッジのない判断と
個々の自己受容は必要なのかも。
まとまらないけどね。
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