ログビルダー日記

徳島のログハウス情報

古里の未来

2007年01月28日 | Weblog
先日、徳島県のお隣の東洋町が、高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地として立候補した。住民の賛同をほとんど得ず、議会の6割の反対を無視しての町長の独断とも言える行為。
目先の利益の為に、自身の古里のみならずその近隣各地の未来を奪いかねない事を、いともたやすく決めてしまう行為も理解できないが、中央で自分達が使った電気の残飯を、財政難で苦しむ地方に大金をちらつかせて押し付けようとする、国のやり方にも憤りを感じる。

政界財界においても、民主主義が無形化しつつあるこの国の現状の中、自分の子供達が暮らす環境を守っていく事は、不可能な事になりつつあるのだろうか・・・

国という単位で己を見たとき、その小ささと無力さにただただ焦燥感を感じてしまう問題だった。

丸太搬入

2007年01月24日 | ANA-LOG ログハウス


新しくはじまるP&Bの丸太が、ログサイトに入った。
今回の丸太は、木沢村産の樹齢60~70年の杉。
素性のしっかりした、なかなかの良材。これだけの良い丸太があっさりそろうところが、徳島県のすごいところ。



この世界に入って十数年になるが、丸太の搬入に立ち会う瞬間はいまだにわくわくする。やっぱりログワークが好きなんだなあとつくづく思う。

これから2ヶ月間の作業を経て、この素朴な杉丸太が見上げるようなログハウスに変身するのである。
いいものを作ったときの達成感と、お施主さんの笑顔を思い浮かべると・・・・

これだから、ログビルダーはやめられない。

しっぽくうどん

2007年01月18日 | Weblog


今日は、雨だったので仕事も休み。

かねてから行ってみたかった、うどんの福助に家族で昼食に行く。

うどんの福助は、「その後の坊ちゃん」羽里 昌著 という小説に登場する、明治の頃から阿南市の商店街で営業する老舗中の老舗の麺所。

「その後の坊ちゃん」は、夏目漱石の「坊ちゃん」のモデルとなった弘中又一氏が松山の中学から、阿南市の富岡中学(現 富岡西高校)に赴任した3年余りの騒動記。
普通に読んでも十分に面白いのだが、自分が生まれた町の明治の頃の情景を思い浮かべながら読むと、なお一層面白い。

その頃の商店が、今も尚、富岡の町で営業しているとなると感慨深いものがある。

福助もその1つ。昔ながらの町屋風の店構えは歴史を感じる。
弘中氏が好んで食べた「しっぽくうどん」が今は「坊ちゃんうどん」としてまだメニューに残っている。
お味の方は・・・かつおのだしがしっかり効いてなかなかの美味。

富岡の商店街に寄る事があれば、是非、のれんをくぐってみては。


それにしても弘中さん。うどん4杯は食べすぎでしょう。

夜、走る

2007年01月15日 | Weblog


昨年暮れに受けた人間ドックの結果、高コレステロールに内臓脂肪が確認された。

今年の元旦から、夜、愛犬と走ることにする。

最初は100mも走ると目の前がかすんでくるくらいダメダメだったが、2週間程走り続けたら、2キロくらいは気持ちよく走れるようになった。

高校生の頃、ラグビーの練習でよく走ったものだ。結構、走る練習は好きだった。

杉本君、走るの結構、面白いよ。

フラフラしたいのに、黙ってジョギングに付き合ってくれる燦に感謝。

十日戎。

2007年01月13日 | Weblog


十日戎。徳島市内の事代主神社に行ってきた。

所要で徳島市に行ったのだが、何かに引き寄せられるように神社へ。
僕も商売をしている以上、えべっさんには手を合わせておこう。
財布の中の小銭は45円。始終ご縁があるようにと、えべっさんには45円の賽銭が縁起がいいらしい。
45円に気持ちを込めて、願掛けをする。

今年も、健康で良いログハウスが作れますように。

2007 海

2007年01月07日 | 趣味


今年に入って、もう2回海に行った。
南の海は、まだまだ暖かく、ブーツを履かなくても裸足で十分遊べる。

冬の徳島は、G岬を境に海の温度が変わるらしい。
確かに去年入った2月の北の脇海岸は、ヤバイくらいに冷たかった。

冬の海は、夏と違って人が少なく空いていていい。僕みたいなビギナーは、ちょっと上手な人がいるとすぐに蹴散らされてしまう。

ビギナーと呼んでもらえるのもあと少し。
この冬しっかり練習して、次のステップに行けるよう頑張ろう。

羽子板

2007年01月04日 | Weblog


正月3日目。昨日の雨もなりを潜め、冬晴れの気持ちの良い一日。

生まれて初めて、羽子板をする。

男系家族で育った僕は、生まれてこの方、実物の羽子板を見たことがなかった。
どちらかというと、いいとこのお嬢さんの遊びという認識で、いよいよ縁遠く感じていた。

ところが僕の奥さんは、子供の頃から良く、お正月といえば羽子板、くらいに遊んだらしい。
さては、いいとこの出だったのか、いぶかしんだりしてみたものの、人によくよく聞いてみると、女の子の遊びではそこそこポピュラーな遊びだったようだ。

うちの娘にも、鳥取のおばあちゃんが羽子板を送ってくれた。
3歳児には、まだまだ難しい遊び。
元テニスプレーヤーのお父ちゃんはといえば・・・動体視力の衰えはごまかしようがなく、顔に墨をつけるのが正式ルールであれば、数分でラッツ&スターのようになってしまう有様。

それでも、娘が大きくなったときに、「子供の頃、お正月は羽子板でよく遊んだ」とか言ってくれたら、ちょっとエグゼクティブな感じがしてうれしいだろうな、なんてほくそえんでしまう、穏やかな一日だった。

明けましておめでとうございます

2007年01月02日 | Weblog
新年、あけましておめでとうございます。
今年も、最高のログハウスを目指して日々精進を重ねてゆく所存です。
どうぞ、旧年と変わらぬお引き立てのほど、よろしくお願いいたします。



2007年スタート。今年は僕も本厄。一桁の年齢からの悪友と連れ立って、年越しと同時に薬王寺に厄払いへ。
厄歳なんてあまり気にしない方が良い、なんていわれたりもするが、小さい頃から厄歳にはオヤクッサンへ、という風習が体に染み付いている。
気持ちの問題であるなら、僕らは厄払いに行ったほうが精神的に断然良い。

夜中の国道55号線は、思ったより空いていた。20年前は阿南~日和佐間は渋滞で1時間半程かかっていたが、今日は普通に30分で付いた。初詣の風習も年々廃れていってるのだろうか・・・

まあ、厄も落ちた事だし、おみくじが「凶」でも大丈夫だろう・・。




明るくなって、家族で近所の氏神様に初詣。神社の階段を長女が一人で上って行く後姿に、子供の成長を感じる。



世の中、暗くなるニュースであふれていますが、笑顔で過ごしていれば必ず福の神はやって来てくれます。
希望を持って、今年一年頑張りましょう。