旧閑谷(しずたに)学校 岡山県
パンフレットによると、清閑の地にある世界最古の庶民のための学校。特別史跡になっていて、赤い備前焼瓦で覆われた建築物、それを取り囲む長く続く石塀も、閑谷学校の構造物のほとんどは国宝や重要文化財に指定されている。武士の子弟が学ぶ藩校は岡山市内にあって、二つ目の藩校・閑谷学校は、初めから庶民のための学校・地方のリーダーを育てる学校として1670年(寛文10年)に創建された。
駐車場でバスを降り、学校に向かって歩いて行くと、閑谷学校へようこその看板が私たちを迎えてくれた。泮池に沿ってしばらく歩き石橋を渡って真直ぐに進んで行くと前方に校門が見えてくる。

泮池(はんち) 重要文化財
閑谷学校の場合は幅3m、長さ80mを超す長方形。石橋も重要文化財になっている。

校門
この学校の正門で鶴鳴門と呼ばれている。棟には鯱がのっている。
正面奥には孔子を祭る聖廟がある。
校門からは入れないので、右に曲がって受付の門から中に入った。右手に売店があり、前方に閑谷神社と聖廟が、左手には講堂があった。

受付の門

閑谷神社
学校の創始者池田光政公を祭っている。聖廟より一段低い所に建てられている。

聖廟
儒学の始祖孔子が祀られている。聖廟の前に中国の孔子林の種を育てた
一対の楷の木があり、素晴らしい紅葉は有名だが 残念ながらすでに落葉していた

繋牲石

聖廟の門 (左上)
正門(校門)からの外の景色。屋根に鯱が見えます。(右上)
聖廟前の対の楷の大木 左側の木の方が赤が強く右側は黄色みがあるとのこと (左下) 売店で写してきた対の楷の木の紅葉 (右下)

講堂(国宝)
入母屋造り、錣(しころ)葺きの大屋根を載せている。


講堂内部
花頭窓からの明かりを反射している床、10本の欅の丸柱は江戸時代から今に至るまで、ここに座った生徒たちによって拭きこまれている。一と六の付く日に四書五経などの講釈が行われたとのこと。講堂で敷かれる座布団(右下)

小斎 重要文化財(左)
藩主臨学の際のお成りの間。この建物だけがこけら葺で現存する建造物の中で
最も古い姿を残している。
公門(右) 藩主臨学の際に使用した門で御成門とも言う。

習芸斎 重要文化財(左上) 毎月1日には朱文公学規の講和がなされ、
近隣の百姓の聴講も許された。
飲室 重要文化財(右上) 生徒たちの休憩室。湯茶を飲むことができた。
文庫 重要文化財(左下) 閑谷学校の教科書、参考書をおさめた書庫。
火除山(右下) 現在国宝や重要文化財になっている建物はすべて
この丘の東にある。

石塀
校地を取り巻いている石塀の長さは765mで、南側と東西の石組は
「切り込みはぎ式」と呼ばれる精巧なもの。