グラニーのブログ

旅の思い出

ポツダム2

2008-12-21 08:25:56 | Weblog
 
サンスーシー宮殿
生涯、戦争に明け暮れたプロイセン大王フリードリヒ2世が、憂いのない(サンスーシー)場所を求めて夏の宮殿として建てられた宮殿。1745~47年にフリードリヒ大王がフランスのヴェルサイユ宮殿を模して建てた。ドイツのロココ建築の傑作と言われている。宮殿に入っていくと、階段状の部分にはブドウが植えられていた。300haもあると言う庭園には沢山の種類の樹木が植えられている。内部はガイドツアーで回ることになっていて、裏手の扉から入り、ギャラリー、図書室、寝室と書斎、音楽会の部屋、応接間、大理石の部屋、ゲストルームと回る。また、宮殿を出たところに、ドイツ再統一で戻されたと言う大王の亡骸が、愛犬たちとともに眠っている。【都合により次回は1月5日または6日になります】
    
歴史的風車 ツェツィリエンホーフ宮殿からサンスーシー宮殿に行く途中で見かけた。風車及び粉挽機の展示や展望台がある。
    
サンスーシー宮殿へ行く途中に出会った町の音楽家。日本人のグループと判断したのか桜や赤とんぼなどを演奏してくれた。
    
サンスーシー宮殿
    
ブドウが植えられているサンスーシー宮殿の大壁段
    
外壁に施された精巧な装飾からも宮殿内部の豪華さが感じられる。
    
フランスのヴェルサイユ宮殿を参考に設計、建築された庭園
     
宮殿を出たところにある大王のお墓





ポツダム1

2008-12-14 11:00:36 | Weblog
 
ポツダム
近代的なっベルリンとは対照的に、自然の風景と調和したドイツ的な古都の風情を漂わせている。17世紀にフリードリヒ・ヴィルヘルム侯が別荘を立ててから現在の基礎が築かれた。
ツェツィリエンホーフ宮殿
1888年に即位したドイツの最後の王ヴィルヘルム2世が、1913~19年にかけて王子ヴィルヘルムとその妻ツエンツィーリエンのための住居として建てた宮殿。煙突を屋根に持ってる英国のチューダー様式の建物で、宮殿というよりはカントリーハウスのようである。蔦が絡まる素朴な外観とは異なって内部は一部屋ごとに贅沢な趣向が凝らされている造りになっているようだが、残念ながら内部の見学はなかった。また、この宮殿は歴史的なポツダム会談が行われた場所としても世界に知られている。日本の無条件降伏が決められた場所でもある。1945年、アメリカのトルーマン、ロシアのスターリン、イギリスのチャーチルら連合国首脳がここに集まって、第2次世界大戦の戦後処理を協議し、決定を下したのだ。会議に使われた部屋や派遣団の執務室はその当時のままになっていて、現在は博物館として一般公開されているが、時間の関係で入館はできず外部からの見学だった。
    
宮殿前の美しい庭 花壇には星形の植え込みがあり、赤い花が咲いていた
    
博物館として一般公開している建物の入り口 ポツダム会談に使われた部屋や派遣団の執務室は、部屋の様子から調度品に至るまで当時のままに保存され、現在は博物館になっている。
    
煙突を屋根に持っている英国チューダー様式の建物
    
現在はホテルとして使われている建物
    
ポツダム会談が行われた部屋を外から
    
会談が行われた部屋の様子とスターリン・トルーマン・チャーチルの3人


ドイツ ベルリン2

2008-12-07 07:59:10 | Weblog
 
ペルガモン博物館
壮大なスケールで古代都市の一部を再現した、ドイツが世界に誇る一大考古博物館。外観は古代ギリシャ神殿様式になっている。中央の扉から入ると、左翼は古代ローマ・ギリシャのコレクション、右翼は古代西アジア博物館になっていて、階上はイスラム文化の展示になっていた。あまりの広さにびっくり、滞在時間の制限もあるのでどこから見たらよいのかと途迷ってしまった。

    
ペルガモン博物館の入り口 古代の様々な建築物を思わせる荘厳な外観

    
ゼウスの神殿を囲む壁のレリーフ(左)はそれぞれストリーを持っている。 インシュタール門(右)インシュタールは敵を征服する女神
    
女神像(左) ローマ時代の「ジュピターの神殿の柱」とトラヤヌス帝の座像(右)
    
舘内の様子とたくさんの展示物のほんの一部  1枚1枚のほうがよくわかると思うが、多すぎるので纏めてみました。

シャルロッテンブルク宮殿
1701年に初代プロイセン国王に即位したフリードリヒ1世が、フランスのルイ14世がベルサイユ宮殿で送った生活に憧れ、妻のゾフィー・シャロッテのために建てた夏の離宮。ベルリンに残るプロイセン時代の唯一の宮殿。1695年に着工,1713年に中央部が完成、増築を繰り返して、現在のようなバロック様式の宮殿になったのは17世紀の末ごろ。建物の西翼部は温室だった。東翼部はフリードリヒ2世が1740年に増築させた新館。後にフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の妃ルイーゼのお気に入りの館として、華やかな宮廷文化が発達したところ。

    
シャロッテンブルク宮殿

    
宮殿の前庭に立っている大選帝侯の堂々とした騎馬像

    
素晴らしい宮殿の門