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グラニーのブログ

旅の思い出

ペルーの遺跡を訪ねて マチュピチュ遺跡 聖域3

2011-05-22 08:41:03 | Weblog

コンドルの神殿
コンドルの顔の様な石とコンドルが羽を広げているような石組からなる建造物。半地下になっており、一説では牢獄だったとも言われている。上部に自然石を加工したイス状の凹みや穴がある。インカ時代に地上と空を結ぶ神の一つ、コンドルをモチーフにしていることから、太陽神に捧げものをした場所ではないかと言われている。また、コンドルの顔の形の石は、リャマが生贄にされた儀式の石と言われている。


コンドルの神殿



コンドルが翼を広げたように見える石組



(左)コンドルの胸の部分 (右)コンドルの顔の石



中心の広場



16の水汲み場
市街地の入り口の門から細い通路を入っていくと、市街地を流れる水路があるが、この水路はところどころに水汲み場が設けられており、住民がこの水を使っていたと思われる。第1~4の水汲み場は神殿のエリアにあり、第5~16の水汲み場は市街地を上から下へと流れている。


16の水汲み場



陵墓
水飲み場の側に大きな石の建物がある。非常に精巧な出来栄えだが、その建物の下にも巨大な岩石に斜め半分が遮られた三角形の石室があり、ほぼ中央に石の突起物が墓石のように出ている。これが墓石かどうかは、はっきりしないが、陵墓と呼ばれている。またこの建物自体も何に用いられたのかはっきりしないが、ミイラの安置所だったとされており、壁にある凹みにミイラを祭り、2段の大きな祭壇には供え物をしたのだろうと言われている。
この陵墓の上が太陽の神殿(大塔)になっているのだ。


陵墓 この上が太陽の神殿

これで市街地のメインの見学が終り、遺跡入り口に向かった。もっとゆっくりと時間をかけて見たかったが、マチュピチュに宿泊するのではなかったので、残念だったが、マチュピチュ・サンクチュアリ・ロッジで遅い昼食をとり、再びクスコに戻った。


大塔(太陽の神殿)の左側の石組が美しい建物が王女の宮殿



庶民の居住区にある段々畑に行く道

都合により次回は6月5日ごろになります













ペルーの遺跡を訪ねて マチュピチュ遺跡 聖域2

2011-05-15 07:30:54 | Weblog

神殿の前方を更に進んでいくと、マチュピチュの最高地点に到着する。ここには高さ1.8mの日時計(インティワタナ)がある。大石を削って造られており、突き出た角柱は高さ36cmで、角柱の各角は東西南北を指している。日時計である根拠は、石の角柱の稜を結ぶ対角線を冬至に太陽が通過すると云うことだが、正確な実証はないとのことです。また、此処からの眺めは抜群で、前方のワイナピチュや周りの山々、市街地、目まいを起こしそうな絶壁を見下ろすことができる。

雲の間からちょっとだけ顔を見せてくれたマチュピチュ山



マチュピチュ山の模型の岩



インティワタナ(日時計)のある場所



インティワタナ(日時計)



天体観測の石
インティワタナから市街地を見下ろすと広場を挟んで左から貴族、技術者、庶民の居住区が並んでいる。貴族の住居は大きな石を隙間なく積み上げているのに対して、庶民の住居は不揃いの小さな石が積み重ねてある。神聖な広場の下にある階段を下り、技術者の居住区に入ると、直径60cm位の丸い石が二つ並んでいた。石臼とも言われているが、水を張って月や星の軌道を観測した天体観測の跡ではないと言われている。


復元された民家と民家の構造



マチュピチュ山を模して造られた岩 
この裏手にワイナピチュの登山口がある



ワイナピチュの登山入口 
ワイナピチュには入山制限があって、一日400人まで。
16:00までに下山しなくてはならない。
入口で入山時刻と名前を記入、戻ったら下山時刻を記入する。 
技術者の居住区に向かう階段
 


本物の野ウサギ2匹



途中で見かけた植物 
ガイドさんによるとマチュピチュにはランの花が多く、250種類くらいあるとのこと。
また、蔦っている植物はおいしい実がなるとのことです。



技術者の居住区にある天体観測の石 
マチュピチュを発見したビンガムが連れていたガイドの少年が
これを石臼として利用したので、
今でも石臼と言われているのだとか。



(左)部屋の内部に突起部分がある部屋 何か飾り物を付けるためのもだろうと云う 
(右)通常は突起は写真のように家の外側にある







ペルーの遺跡を訪ねて マチュピチュ遺跡 聖域1

2011-05-08 07:55:02 | Weblog

マチュピチュの風景を撮影する最高の撮影ポイント、見張り小屋から遺跡の入口に向かう。入口から枠付きのワイナピチュを撮影。進んでいくと広大な段々畑がある。庶民の居住地を抜けて、市街地入り口のインカ時代の門をくぐると、いよいよマチュピチュの聖域だ。太陽の神殿、そして石切り場を通ってワイナピチュに向かって歩いて行くと、一段高い場所に主の神殿、三つの窓の神殿、神聖な広場がある。


額枠付きに見られるワイナピチュ



段々畑と居住跡 
住民の生活の糧を得るための畑で、インカは段々畑を作る能力にたけていた。
畑ではジャガイモ、トウモロコシ、コカの葉などが作られていた。



市街地入口(内側から) 
インカ建築でよく見かける門で、インカ時代の門、本来はマチュピチュの正門だったところ。
内側から眺めると、上に丸い出っ張りと両脇に石棒の狭い凹みがあり、
此処に木の扉が付けられていたと考えられている。



太陽の神殿 
丸みを帯びた形がクスコにあった“太陽の神殿”に似ていることから、
この大塔は“太陽の神殿”と呼ばれている。
冬至の朝、大塔の南東に面した窓から太陽の光が差し込む。



太陽の神殿の左の茅葺屋根の部屋は神官の控室、
その隣に大きな石組の部屋があったが、
そこがインカの皇帝がクスコから来た時に使っていた部屋とのこと。
また、太陽の神殿の右の石組のしっかりした小さな部屋は
身分の高い人が使った部屋とのこと



段々畑と大石が転がる石切り場



主神殿
神聖の広場の北側にあり、巨石が見事に組み合わされて造られた神殿。
三方を壁に囲まれ、壁には17個もの壁がんが並んでおり、地面には4.5mの大石がある。



三つの窓の神殿
神聖の広場の東側にある。この窓からインカの初代皇帝が生まれたという伝説がある。



神聖の広場 
三つの窓の神殿、神官の館、主神殿に囲まれた広場








ペルーの遺跡を訪ねて マチュピチュ

2011-05-01 08:09:11 | Weblog

マチュピチュはクスコからウルバンバ川に沿って約114km行った奥深いジャングルのなかにある。お陰でスペイン軍の破壊から免れ、ほぼ無傷のまま残された。遺跡は標高2940mのマチュピチュ山と2690mのワイナピチュ山を結ぶ尾根にまたがる、標高約2400mの所にある。麓からは約400mの標高の差がある。麓からはマチュピチュはその姿を確認することができず、空中からしか存在を確認できないことから“空中都市”と呼ばれている。1450年頃、インカ第9代の皇帝の時代に造られたと言われ、尾根に広がる都市部だけでも5km、実際はその倍以上あると言われており、現在も調査が進められている。斜面には段々畑が造られ、住民の食料となるジャガイモやトウモロコシが栽培された。都市部は高さ5mもの壁に囲まれ、市街は広場を中心に神聖のエリヤや神殿居住区からなっている。

石造りの都市マチュピチュ



見張り小屋
マチュピチュを歩くルートは決まっている。遺跡入口から崖に沿って歩いて行くと、草屋根の建物が見えてくる。これはコルカと言う貯蔵庫で、屋根が無くなっていたのを草で屋根をふき復元したのだと云う。段々畑でとれた作物を風通しのよいコルカで保存した。さらに、森の中をジグザグに上っていくと目の前が突然開けて、マチュピチュが見えてきた。小高い所に見えているのは、見張り小屋。ふうふう言いながら、小屋まで登っていくと、眼下にマチュピチュの全景が、その向こうにはワイナピチュが見えてきた。雨上がりなので靄がひどくて、見えない時もあったが、靄がかかった景色も、それなりに良いと自己慰めをして、しばらく、展望を楽しんだ。


遺跡入口



復元されたコルカ



見張り小屋に行く途中で見つけた水路



見張り小屋



石切り場と日時計のある場所(丘の上の小さい白い建物)



靄ったワイナピチュ



靄が切れたワイナピチュ