生活之音楽ピース社

~そしてピアノとすこし猫~

~ようこそ生活之音楽ピース社ブログへ~

こちらはクラシック音楽ライター/翻訳の飯田有抄のブログです。 音楽と人と猫のことを、書いています。*最新記事はこの下です*
主な活動とプロフィール
全音楽譜出版社、音楽之友社から出版される楽譜の作曲者による解説の英語訳。CDブックレットの解説日本語訳等。
雑誌「ムジカノーヴァ」、「CDジャーナル」、「ぶらあぼ」等の雑誌でインタビューやレポート記事を執筆。CDの楽曲解説やコンサートのプログラムノートなど。
「ブルクミュラー特集」にてNHK-FM番組、NHK Eテレ「ららら♪クラシック」出演。
東京交響楽団・サントリーホール主催「こども定期演奏会」楽曲解説執筆。
2016年杉並公会堂 小林研一郎指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェンツィクルス」全6回プレトークおよび楽曲解説担当。
クラシック音楽専門インターネットラジオOTTAVA、木・金「Salone」19:00~22:00生放送 プレゼンター

念願のブルクミュラーの本を出版いたしました!
飯田有抄・前島美保著『ブルクミュラー25の不思議~なぜこんなにも愛されるのか』(音楽之友社)



その他書籍「あなたがピアノを続けるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2011年9月
「あなたがピアノを教えるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2013年2月

1974年北海道小樽市生まれ。東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了(武満徹研究)。Macquarie University 通訳翻訳コース修士課程修了(英語⇔日本語)。趣味:猫情報を収集すること、猫と昼寝すること。ピアノ小品を愛すること。着物選び。三味線端唄(松永流端唄師範 松永花有)。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

鈴木楽器メロディオンの工場を見学

2016年10月24日 | 音楽
かなり好きな楽器の一つ、鍵盤ハーモニカ。
今日はその製造過程が見られるということで、
丸の内朝大学LFJクラシック音楽クラスの受講生の皆さんと一緒に、
浜松にある鈴木楽器の工場見学に行かせてもらいました。

10年越しの鍵ハモ工場見学の夢を叶えるべく、
企画・手配してくれた「いせとる」さん、ありがとう!

なにせ、工場は小学生諸君の社会科見学の大人気スポットらしいのだが、
「10名以上」じゃないと開催してもらえないということで、
いい大人たちが行くとなると、全員有給取って、ドタキャン禁止。
かなり早くから準備しておく必要がありました。

午前は浜松楽器博物館見学もしようってことで、
朝9:40浜松駅改札集合。そこは朝大学のメンバー。
5時起きで東京から集合できたのさ。
遅刻が怖いメンバーは前泊。みんな社会人、お金ならあるワヨ的な。

というわけで、まずは浜松の楽器博物館。情報量多い!!!
楽器も見たいが、解説パネルも読みたい。特別展示もある。小泉文夫先生じゃないか!
アワアワしていたら、あっという間に午前中終了......全部網羅はできず。
嗅覚の赴くままに、見たいものを中心に見る。やはり鍵盤楽器中心。
それも、どーしても、トイピアノに近いような、可愛い楽器に惹き込まれてしまう。

最初期のYAMAHAのオルガン。



ペダルのところがなんともお洒落さん。
明治大正の女子が、着物姿に草履で、しずしず踏んだのでせうか。



キュンとくる可愛らしさ。




なにこの小さいコ!!! カワイのMINIPIANO?!?! 
後ろの普通のアップライトのサイズと比べると、
まるでトイピアノみたい。どんな音がするのかしら。
博物館の人に「音が聴きたいんですけど......」っていってみたけど、
試聴などダメでした。ザンネン。


こちらもずいぶん小さなグランドピアノ!


19世紀中期のエールバー(ウィーン)だそうです。
中産階級のご家庭で愛された代物かしら。
当時のお子さんはこういうのでブルクミュラーなんかを弾いたのかしら。

普通のピアノなら1オクターブがやっとの私の手でも、ドからミまで余裕じゃないか。
これなら私だって、もっとピアノ練習したよ、きっと......



小さい楽器に惹かれるけれど、極端にデカいのも見ておきたい。
出ました! シンセサイザー「システム700」。どーーーーん
これがウワサの「たんすみたいな」シンセかぁ......。ど迫力。



ちなみに、ジラフピアノの実演タイムもありました。
弾いてくれたのは、マクダウェルの「野ばら」!! 
博物館のお姉さん、ナイス選曲!!!



特別展「世界を聴いた男、民族音楽学者・小泉文夫からのメッセージ」は、11/27まで。
小泉先生......その著作の数々は、受験時代に読み、感動に打ち震え、
世の中の見方が一気にひっくり返るような衝撃を受けました。
私が楽理科に入学した頃はもう、お亡くなりになって久しく、
伝説の先生として門下生や親しかった先生方から、
ガムランや伽倻琴やタイ音楽を教えていただいた。
展示には小泉先生の残した数々の直筆メモ、
使用されていたカセットレコーダーが。
ビデオ上映もされていました。



びっくりしたのは、なんと雑誌「小学三年生」に記事を寄稿されていたこと。



昭和48年に母親向けに書かれた記事。内容は時代がかっているものの、
今読んでも素晴らしく胸が熱くなりました。



「そう! 音楽って、そうだよ!! 子どもが音楽することの大切さって、そこだよ!!!!」
などと、ひとりガラス越しに握りこぶしをギュッとしたワタクシであった。


さて、そんなこんなで、楽器博物館をあとにして、
ランチはうなぎをいただきました。
浜松まで来たんですから、このくらの贅沢は許されるハズ。





いよいよ鈴木の工場へ!

昭和38年に、世界初の鍵盤ハーモニカを生み出したのが鈴木楽器製作所創業者である鈴木萬司さん(90代で今も現役!)
歴史の古い「メロディオン」。なるほど、本当に良い音です。
リードはとっても小さく繊細!



メロディオンの中。その製造工場に潜入です。


ハーモニカの部品も作られています。




リードが作られ、プレートにはめられる作業現場を魅せてもらいました。




小さな部品の管理棚。音名が。



ピッチは機械で測られて、少しでも狂いが見つかると、レーザーでリードが削られます。


でも、いざという繊細な作業は人の手が必要。


ちゃんと音を聴くための個室。


組み立てられ、


出荷の直前にも、ちゃんと人の手でチェックされます。



色とりどり。いってらっしゃい。教室で活躍するんだよ。


これは非売品。白鍵を「緑鍵」にしてみたら、学校の先生たちから不評だったらしい(苦笑)
可愛いから、ミュージシャン的にはアリなんじゃないか。



こちらは丹念に磨かれるハーモニカ。


丁寧で、静かで、淡々としたお仕事ぶり。



ありがとう。大切につかうよ。


大人用メロディオン。本当に奇麗な音がします。私はM-37Cを持っていますが、
憧れの44鍵HAMMOND PRO-44Hはやはり、デカい。
「どのくらい重いか、飯田さん、持ってみたら?」って
いせとるさん(この楽器を所有してる)が勧めてくれたんで、ちょっと持ってみた。

大きい分、意外と見やすくて弾きやすいかも!

今、私がプレゼンターを務める、クラシック音楽インターネットラジオ局 「OTTAVA」の木曜夜の番組で、
時々「おんがくしつトリオ」の鍵盤ハーモニカ奏者、菅谷詩織さんに出演してもらい、
トイピアノとデュオをやらせてもらっています。
スレンダーな菅谷さんがこのHAMMONDを、めっちゃめちゃかっこ良く吹くんだよなぁ......。憧れ。
番組ではメロディオン・ソプラノ S-32Cを吹いてくれていますが、私の昭和のトイピアノと相性抜群デス。


工場見学のあと、もし小売りをやっていたら、
M-37C plus(大人用のカラフルでお洒落な鍵ハモ)を買って帰りたかったけど、
注文が必要とのことで撃沈。

でもとにかく楽しい工場見学でした。
楽器の中身を知るって、やっぱり興味深いし大切なこと。
愛着が増します。
ご案内してくださった総務部の神谷さん、ありがとうございました!




コメント (1)

伊藤英さんの鍵盤ハーモニカLIVE

2015年07月31日 | 音楽
 超絶ヴィルトゥオージックな鍵盤ハーモニカを演奏するこの男性。こちらの動画を拝見したとき、驚愕してアゴがはずれそうでした。ただ、ヨーロッパを拠点にしている日本人演奏家には珍しいことではありませんが、情報がほとんど入手できなくて、遠い存在だと思っていた。ところが、なんと、突如、ものすご〜〜〜く偶然、阿佐ヶ谷の裏道にある小さなカフェでLIVEを開くと言うではないですか! 偶然お店の前で情報をキャッチしてくれた某編集者さんが、以前わたしがこの方の動画で騒いでることを思いだして、教えてくれたのです。スイス在住の伊藤英(いとう すぐる)さんという方です。

Melodica Czardas ~ ピアニカ・チャルダッシュ | Suguru Ito


 今日、生演奏を目の前で拝聴し......もうなんか、ショッキングでした。ああもう、音楽って、こういうところにあるよ......って。
 カッチーニのアヴェ・マリアの演奏を聴いたあと、「鍵盤ハーモニカってずばり、パイプオルガンだったんだ!」って思ったら、続いて「今からバッハのトッカータ ニ短調をやります。パイプオルガンには何段も鍵盤がありますが、今日はこの3オクターブでやります」って。始まったら......鍵盤ハーモニカはもはや完全にオルガンと化し、そのあとフランス組曲に入ったころには、だんだんと、楽器が宇宙に溶けて見えなくなっていくというか、目の前にはもう、音楽しか広がっていなかった。
 本当に素晴らしい演奏は、その人が扱ってる楽器がだんだん見えなくなる。ただただ、音楽がそこにあるという、究極の状態になる。それはかつて、ピアニストならファジル・サイの演奏会などで感じたこと。楽器が完全に見えなくなるし、奏者も「ピアノを弾いている人」ではなく、音楽と一体化した存在に見えてくる。
 伊藤さんの演奏中も、そういう世界へ......ところがふと、目の前の人は猛烈なタッチで「あの」鍵ハモで演奏しているっていう現実に気付くと、驚きのあまりもはや笑いすら起ってしまう。
 動画のチャルダッシュも、実演はさらに激しかった。エルガーの愛の挨拶や、ドヴォルザークのユーモレスクは完全に人の歌声のように響き、ピアソラのリベル・タンゴは南米の場末から聞こえる哀愁がまとわりついていた......。
 演奏が始まる前までは、「どんな人なんだろう」「どんな経歴をお持ちなんだろう」「なぜ鍵ハモなんだろう」「どんなメーカーの鍵ハモを使ってらっしゃるんだろう」と興味シンシンで、いろんなことをお話してくれたらいいのにな、と思ってた。でも、演奏がはじまり、伊藤さんの「音楽というのは、お酒と同じで....」みたいな、文学的でフラジャイルで香しいお話を聴いているうちに、自分の中に渦巻いていた質問とか、もーほんと、どーーーーーーでもよくなった!!!!!!
 音楽が、そこにある。そして、奏者と聴き手が親密に、キューーーッと集中力で結ばれる。本来それでいいはず。なんでも言語化しようとしたり、「事実」をしりすぎたりしては、不粋と言うもの。(←「音楽ライター」あるまじき問題発言?!)
 結局、紙に固定化された「プログラム」も「プロフィール」も配布物なし。やっぱり謎につつまれた(?)伊藤さん。こじんまりしたカフェだったし、終演後に図々しく迫ってお話するのもアリなのかもしれませんが、そういう気持ちにはなりませんでした。ご縁があれば、またきっとお会いできたり、音楽を拝聴できるのだと思う。またのチャンスを楽しみにしたいです。
コメント

映画『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』、そしてパフォーマティヴな言葉を求めて

2014年09月22日 | 音楽
 そうだ、もっと詩を読もう! 映画『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』を試写会で拝見させていただき、最初に感じたことです。アルゲリッチは記者のインタビューには応じない人だそうで、その意味でも娘がまわし続けたカメラに向けて彼女が言葉少なに語り、魅惑的な表情を見せる姿、繊細さも陽気さもありのままに映し出しているこの映画は、とてもドラマティックなものに受け取れました。
 昨今の音楽家の方は、とてもお話が魅力的で、ご自身の音楽作りなどについて本当に見事に語られ、音楽ばかりでなく言葉でも、インタビュアーなり、トークコンサートの聴衆なりを魅了しています。とはいえ、アルゲリッチほどではないとしても、最終的には言葉やロジックでは説明しきれないものを内包しているのが音楽家。ときに、彼らとのコミュニケーションを深めてくれるのは、あるいは記事としてよりよく収めることができるのは、ほとんど詩のような言葉による働きかけかもしれない……アルゲリッチの映画を観終わったとき、そんな直感が湧いて来ました。
 言葉には二種類あると思います。一つは対象をスペシフィックに、説明的に、なるべく精度高く意味しようとする言葉、もう一つはパフォーマティヴで、多義性を秘め、受け手の創造性を刺激して引き出すような言葉です。使い分けが必要ですが、両方を効果的に使おうと試みることは、私が日頃翻訳をしたり文章を書いていて面白いと感じる点です。それぞれにはリスクもあります。前者はやりすぎると読み手の創造性を奪い、冗長で不粋な文章になってしまうこと。後者は読み手の誤読をいたずらに誘発したり、ひとりよがりで理解不能と思わせてしまうこと。
 書き手・読み手の「好み」の問題はありますが、私はどちらかというと、スペシフィックよりはパフォーマティヴ、説明的よりは誘発的なものの方を好みます。場合によって、「正確でない」「読み手を混乱させる」とお叱りを受けることもあるかもしれませんが。
 たとえば、です。映画の中で、オーケストラとのピアノ協奏曲のリハーサルで、アルゲリッチは指揮者に対して、「ここは、こう弾きたい」と弾いて伝えようとする場面がありました。その際、彼女の口から出ていた言葉は、“I don’t know.”
 もしこれを文字通りスペシフィックに直訳すれば「私はわかりません」ということになる。でも、あの場面のこの言葉を「直訳」ではなく「翻訳」するとしたら、例えば「なんて言ったらいいかしら……」などとできると思います。
「わからない」というと説明能力に欠けているような、伝達を怠っているような印象を与えかねませんが、「なんて言ったらいいかしら」なら、「言葉を探っているんだけれども、出て来ない、あなたにはどう捉えてもらえるかしら」というような、言葉そのものが受け手の創造性を触発するようなパフォーマティヴな力を宿すのではないかと考えられます。
 翻訳作業はこうしたことの連続ですし、日本語のインタビューをして記事にまとめる作業も、私は広義での「翻訳」だと思っています。そんな中で、力強い創造的な言語選びに役立ちそうなのは、今、詩のような気がしてならないんです。なんというか、広い意味での。アルゲリッチの仕草、目線、それら全てに、詩があったようにも思う……。とりあえず、今家にある詩集、宮澤賢二の「春と修羅」からじっくり読もうかしら。秋だけどw
コメント

「女子クラ部×都響」イベント終了♪

2014年07月01日 | 音楽
去る6月29日、ナビゲーター役としてお供させていただいた、「女子クラ部」さん×都響さんのコンサート・イベント@東京芸術劇場、盛況のうちに終わりました♪

女性20名様限定で募集がはじまったとき、どのくらい集まって下さるのかなぁ……と多少不安だったりしましたが、フタをあけたらなんと、30名を超えるご応募!! おかげさまでワイワイと“女子力”全開のにぎにぎしいイベントとなりました。

皆さんで美味しいカレーのランチを芸劇の楽屋でいただき、そのあとたっぷり1時間、わたくしめのプレトークを聴いていただきました。本日のテーマ作曲家ヨセフ・スークについて、プログラムの「おとぎ話」「夏の物語」についての解説、その他スークの生きた時代や音楽用語こぼれ話などなどなど・・・そんなこんなをラジオ的ユルめトークで(でも皆さんとても集中して!)お聞きいただいている最中に、楽屋に本日の指揮者ヤクブ・フルシャさん登場!!これまた一同、女子熱が一気に高まりました!スークの作品について、「とても難しい作品だけど、僕と都響の充実した連携で素晴らしい演奏になると思います。是非楽しんでくださいね」と語り、 優しそうなお人柄に触れられました。

そしてたっぷりのコンサート。フルシャ氏の安定感と情熱の素晴らしきバランスに満ちた指揮、都響の真摯かつ迫力に富んだ演奏を聴き、女子一同大変にご満悦。。。なんと充実したひと時でしたかしら。

本日ご参加くださった方々の1/3?いや1/2?は、昨年と今年、講師陣の一人をつとめさせていただいた「丸の内朝大学」の受講生の方々でした♪ 朝のみならず、やはり昼もテンション高い皆さんw 本当にありがとうございました!

このイベント、なんと5回シリーズ化が決定したと知り、驚き☆ 私もできるかぎりナビのお供したいと思っていますので、よろしくお願いします♪
コメント

我が家にやってきた愛らしいRoland

2014年06月26日 | 音楽
夕方から夜にかけて、そっと小さな声で、あるいは声を出さずに、詩をゆっくりと読むように、心が「音楽したい」と欲する時がある。しかし、どんなに弱音の限りをつくしても、ピアノはやはりピアノ。箱鳴りがして、自分が収めたいと願う質感・容積を超えて大きな響きが出てしまう。

だからだ。ピアノが好きなのに、ピアノを弾く気になれないことがあるのは。
消え入りそうな弱音、ゆっくりと減衰する響き、その刹那的な美しさといったらない。
弱音をこよなく愛するワタクシ、ピアノをめぐって自分が感じていた矛盾?齟齬?に、今日初めて気がつきました。

教えてくれたのは、今日家に届いた、真新しい小さな電子ピアノ。
素晴らしい質感、素晴らしい響き、素晴らしい小ささ・可愛らしさ。

ひとり詩を読むような、充実した気持ちで音楽するためには、いくら誰に聴かせるものでなくても、チープなタッチ、チープな音色では興ざめしてしまう。しかし、昨今のデジタルピアノはすごいんである。
こちらで、フィビヒの小品、樹原涼子さんの「やさしいまなざし」などを弾いて、ものすごく合点がいった。 これだった、わたしが欲しかった空間は。心地よいと思える広がりは。

導入したのはRolandの最新型のエントリーモデル、F-130R。ダブルエスケープメントのタッチ感がある。倍音がちゃんと鳴る。ハーフペダルもできる。別にRolandさんの回し者じゃないですが、これ本当にいい。
以前、この旧型のF-120Rを試弾したことがあるのですが、そこから格段に響きも感度も良くなっている!!すばらしい。

弾きたい曲や用途にあった、楽器の型というのが確実にある。小品をそっと弾きたいとき、ラフマニノフなんかをガツンと鳴らせてしまう楽器を手にしても、オーバースペックだということ。

ふと思った。おそらく「日本の家庭事情に相応しい小型ピアノ」を昭和のおピアノお稽古ブーム時代に考えた職人はいるはずだ!と。(もちろんデジタルじゃなくてアコースティック)そしたらやっぱり、あるんですねぇ!!偶然、さきほど、フォルテピアノの平井千絵さんが、そんなKAWAIの楽器に触れたという記事がFBに書かれていてビックリ! 勝手にシンクロ意識を感じてしまった。

それにしても、今だから良かったんだと思う。デジタルピアノの導入。確実に発達しているので、本当に楽しめます。うちにはグランドとアップライトが一台ずつあるので、三台使い分けです。
グランドとアップライトは1階のピアノ室、しかし居住空間(居間)は二階の我が家。このデジピさんは居間に置いたので、活躍しそうです。
コメント (3)

「レット・イット・ゴー」を熱唱するときの気分

2014年05月31日 | 音楽
映画「アナと雪の女王」より「レット・イット・ゴー~ありのままで~」、猫がお手つきしているコチラの楽譜、本屋さんで偶然見つけて買っちゃいました! もちろん劇場で映画も見まして、松たか子さんの音源もiTunesでお金払ってヘビロテしたクチです。この歌は名曲として、おそらくスタンダード化していくでしょう。まぁ実によくできている。

 ところでこれ、ぱっと見、「自分を信じて!」みたいなよくアリがちなキレイな人生応援歌にも思えます。実際そう受け取っていいだろうし、10代の人々は「そうだ! 私もがんばらなきゃ!」と共感していい。カラオケなどでも、そう思って熱唱してくれ。

 ですが。オトナといたしましては、また一歩引いた解釈で、この曲を味わってしまいます。
 この曲には不自然なまでに「じぶん」という言葉が出て来ます。

「ありのままの自分になるの」
「自分をためしたいの」
「自分をすきになって」
「自分しんじて」

「じぶん」って、音として美しいとは思えないんですよね。濁点が二カ所もあって。でもこの曲を歌う「ひとりの私」は、何度も「自分」「自分」「自分」と叫ぶわけです。「これでいいの これでいいの」と言いながら。 どうですか。 こんな娘さん。 いやはやもう、どうしてもヒリヒリするようなものを、感じ取って泣きそうになってしまいます。

「もう自由よ なんでもできる 変わるのよ私」

そうだね。なぜか意味もわからず根拠もなしに、全能感に支配されてしまう、そんなことってある。

「輝いていたい もう決めたの」

うわ。 切ないまでにヒリヒリとしてしまいます。いやもう、自己実現願望ゴリゴリ系の、ちょっとコワい歌になる一歩手前です。
 あなたが自分で「決めたの」と言っても、あなたが実際に輝けるかどうかは、あなた自身ではなく、社会が決めることでもあるのですよ、今のあなたのにように「自分」「自分」「自分」と、全てのベクトルが自分に向いているままでは、おそらくは誰もあなたとは向き合えないし、輝くことなど許されない日が、そう遠くないうちに来てしまう……
 
 と、歌からそんな心配などしてしまうわけですが、考えてみたら映画でも、きちんとそういう場面で使われるわけですよね。

 覚醒し自由になったと思ったはずの主人公。彼女はこの歌を熱唱したあと、社会から隔絶された引きこもりとなってしまうのです。

 そういう歌。「レット・イット・ゴー」は。
 それを世の中では映画館で全員で熱唱するイベントが行われたりなど、よく考えると奇妙な現象が起こっていたとも思います。
 そしてこの曲を「弾き語り」なんかをしていると、さらに感じ入ってしまうのであります。
 娘さん、あなたはきっと遅かれ早かれ気付くでしょう。そのままではいけないっていうこと。今はきっと想像もできないような、厳しい壁にブチ打ち当たったり、恥ずかしい思いなんかも繰り返すことになるでしょう。ああ、ここからが本当に大変なんだよ。。。。

 はっ。これを老婆心というの?? 私もそんな年齢なんだわね(今年40)。そういや若い頃は「老婆心ながら・・・」って人様から何かを言われるのが本当に大っっっっキライだった。「自分でやってみて、ダメだったらそこから自分で学ぶんだから、ほうっといて、やらせてみせてよ!」と。だからこそ、いろいろやっていろいろブツかってきちゃったし、失敗もいっぱいあった。そんでもって、この歌に感じ入ったりするのね。

そんな思いで、この言葉を歌う娘さんを思いやるようなメタ気分で、弾き語り熱唱してしまった夕べでありました。(ぜったい近所の人に迷惑かけてるw)

 それにしてもこの楽譜(デプロMP)は、アレンジがとてもよく出来ています。たいていポップスの譜面って、コードを抑えるだけだったり、オクターヴのつまらない連打で終わりがちなんですが、こちらは弾いていても満足度高い。「弾き語り」バージョンは、歌曲とその伴奏くらいな感じで、正直「弾き語り」には向いていません(笑)そのくらい難しいので、やりがいあって楽しいです。
コメント

東京芸術劇場のパイプオルガンに接近!

2014年05月24日 | 音楽
さて、これはなんでしょう?




・・・と見せられて、この写真だけでわかる人はそういないでしょう。
なんとこちら、エレベーターなんです。しかもとても特殊な目的のために、特殊な場所に設置されたエレベーターなのです。


実は・・・ドドン!



ドドドン!



これら、二つのパイプオルガンのパイプを調整するために、楽器と楽器の間に設置されたエレベーターなのであります!!
ものすごく特殊です!




つい先日、池袋の東京芸術劇場のパイプオルガンを間近で見せていただき、音まで出させていただくという、とても貴重な機会をいただきました。
「芸劇」のオルガンと言えば、そう、あの大ホールのステージの上に君臨しております立派な楽器です。二種類あるのをご存知ですか?ルネサンス・バロックタイプ(木の色)のオルガンと、モダンタイプ(淡いグレー)のオルガンです。二つは背中合わせになっていまして、スイッチでウィ~~~ンと台座(?)が回転し、使用するオルガンが客席にお出ましになるという仕掛けなのです。

この日は楽器の目の前に連れて行っていただいたので、遠景からのオルガン全貌写真はありません。なのでハイこちら、パンプレットの表紙ですw



淡いグレーのモダンタイプは、遠目でみるとメタリックのような輝きですが、ルネッサンス・バロックタイプと同様に木材です。近くで見ると、色が塗られているけれどボディがちゃんと木なのがわかりました。

とにかく巨大な二つの楽器、放つオーラはハンパじゃありません。舞台の上はとても高いし、美しい二面の鍵盤と膨大なパイプに囲まれてはいるしで、初めて近付いたら激しく圧倒されないはずはありません。

お話を伺ったのは、東京芸術劇場オルガニストで上野学園大学教授の小林英之先生です。オルガンについてほとんど何もわからぬ訪問者にも関わらず、楽器の特性などについて教えてくださいました!



いろいろな質問に紳士的にお答えくださった小林先生(若い頃の江守徹さん似)。


まぁ、私が東京芸術劇場のオルガンの仕様や特性などについて何か書こうとしても始まりません。というより、にわか勉強でわかったように書いてもどうにもなりません(汗)知識を得たい方はコチラの東京芸術劇場 パイプオルガンの魅力を読んでいただくのがいいでしょう。
ここではオルガンについて先生が教えて下さったこと、この巨大な楽器に触れて感じたことなどを書いてみたいと思います。

****

木目調の方のオルガンは、実はルネッサンスとバロックの二種類のオルガンが入っているんですね。鍵盤上部についているレバーひとつで切り替えられます。
ルネッサンスとバロック、大きく何が違うか。ピッチと調律なんですね。ルネッサンスの方はa=467Hzで、ミーントーン調律法。バロックはa=415Hz、バロック調律法です。
ミーントーン調律法は、長3度の純度が高く美しく響きます。これが興味深いのは、あらゆる調性に対して万能ではない、というところ。先生いわく、

「異名同音ではなくて、異名異音なんですよ。たとえばこの鍵盤は、cis専用であって、desとしては使えない。ここはes 専用であって、Es durの主和音では、ほら、こう奇麗に響くけれど、H durではダメ(先生がh-es-fisを弾く。disではなくesなので、キモチわるい響き!!)。bはbであって、aisにはならない。簡単に示せば、ミーントーンってそういうことなんですよ。この調律では、♯が三つまで、♭が二つまでの曲が適しています。まぁ、この時代の曲にはそれほど調号の多い曲はもともとありませんから」

調性もそうだけれど、このオルガンでは作曲家もオランダや北ドイツの人たちの作品に限られるのだとか。スウェーリンク、ブクステフーデ、シャイデマン、シャイトなどの作品はいけるそうですが、フレスコバルディなど華やかなイタリア音楽には向かないそう。「弾けなくはないけど、パイプの整音が違うからね」と先生。



それにしても、ミーントーン調律法で得られた長3度の美しさは、当時の作曲家を相当インスパイアしたのでしょうね。ピカルディー終止(短調の曲が最後の和音だけ長調で終わる)というのは、このミーントーンで得られる3度を最後にファーーーっと鳴らしたいあまりに書かれるようになったのだとか。調律に触発されて、音楽の内容が変わる。新しい手法が生まれる。 こういう話は面白いですね。当時の人々の耳にオルガンが放つ純正の3度はどれだけの輝きを持っていたことでしょうか。そんなことは(ピカルディーなんて名前も)つゆ知らずに、なぜか子供の頃、家の平均律のピアノで短調の曲でも最後の和音だけ長調にしてうっとりしてワタシ。現代人の耳は若干ニブいのであります。
ちなみに先生は「長3度はその昔は不協和とされていたんですよね。完全五度が美しいとされていた時代には。オルガン音楽は14世紀の終わり頃から残っていますが、その頃はまだ完全五度が美しいとされていたんですよ。結局人間の耳なんて、教育次第なんですよね」
美の判断力とは後天的なものなんですね。

ちなみにこちらの鍵盤は、黄楊でできているそうです。



恐れ多くも、「弾いていいですよ」という先生やスタッフの方々の寛容なお言葉に甘えて、ちょっと弾かせていただきました。でも当然足鍵盤なんて触れませんし、オルガン用の楽譜も持っていないので、大胆にもまったくオルガン用じゃない(笑)バッハのフランス組曲からd moll のアルマンドを弾いてみました。切り替えがミーントーンになっていたので、かなり「うぎゃ!」という響きにもなりましたが、冒頭と終わりに出てくる左手の長い音価を伸ばしたまま演奏できるという夢の感触を味わうことができて(ピアノだと減衰しますから)、気持ちようございました!

・・・と、ふと目線をストップの上にみやると、なにやら面白い装飾が。なんだこれ? 顔?





「あ、これは、ガルニエの子供たちだって聞いたことがあるよ」と先生。ガルニエとはこのオルガンの製作者であるフランス人のマルク・ガルニエ氏のこと。子供たちの顔をこんなところに?! ちょっとキモ可愛いですね。

これらの装飾は、東日本大震災の時には一部落ちて壊れてしまったそうですが、すべて修復がなされたそうです。阪神淡路大震災後に、パイプに関しては全て耐震工事がなされていたので、びくともしなかったのだとか。しかし繊細な装飾も元通りになってよかったですね、ガルニエの子供たちよ。

さて、ここで「回しましょうか」と先生がおっしゃると、スタッフの方が例のスイッチを!! ウィィ~~~~~~ンと台座が回転して、モダンタイプが現れました。このお色直しはなかなかに迫力ある場面でした。ホールの天板の高さを、モダンタイプに合わせておかないと大変なことになるそうです(折れちゃう!)。舞台の設営をされるスタッフさんたちの間では、「今日オルガンどっち向いてる?!」っていうのは合い言葉なのだとか。

モダンタイプの鍵盤とストップです。手鍵盤は5段もあります。譜面台のデザインだとか、どことなく近未来的な雰囲気が漂います。


こういうところがモダンっぽい! コンピューターでストップを小節単位で記憶させられるそうなのです。が、これは実はルネッサンス・バロックオルガンでもできるそう。


こちらのモダンタイプは、19世紀以降のフランスのオルガンをモデルとし、さまざまな要素も付け加えられているのですって。調律はほぼ平均律。汎用性は高いので、こちらで古い曲も演奏されるそうです。

「それぞれの時代を反映した音色を使うので、必要なパイプが曲によってまったく違います。その意味では意外と『不便』な楽器なんですよ。ピアノなら一台あればなんでも弾けてしまうし、オーケストラなら必要な楽器の奏者が団員にいなければ『トラ』で呼んでくればいい、といったことになりますが、オルガンはそうは行きません。『メンバー固定のオーケストラ』のようなものなのです。このオルガンならこの曲は弾けるし、この曲は弾けませんね、ということになる。近現代のフランス人、とくにメシアンなんかはかなり精密な音色の組み合わせを指示しています。このオルガンでも、ある程度は工夫をしないと、書いてある通りには弾けないんですよ」

オルガン奏者は、オルガンありきでプログラミングをされるそう。まずは演奏を依頼されたオルガンのストップリストを見ることがスタートライン。それで何が弾けて何が弾けないのか、ほぼ消去法のようにして曲目を決めるそうで、これもモダンピアノ奏者の感覚ではほとんどわからないお話!コンクールでは、音色の扱いもその人が「曲がわかっているか、わかっていないか」をはっきり伝えてしまうので、審査対象になるんだそうです。なるほどなぁ!!

****

ピアノに慣れ親しんでいると「鍵盤楽器」ということで近しいようでありながら、その圧倒的な存在感やストップや足鍵盤の未知なる操作からは、ものすごく遠さを感じさせるパイプオルガン。

こんなに巨大で、この楽器の場合は9000本以上もパイプがあるというのに、意外にも「これはいけるけど、あれはムリ。この曲は工夫が必要」など、できることに限りがあるというのもパイプオルガン。

私は今回、パイプオルガンという楽器の持つ非常に両義性に満ちた魅力を感じました。

そんな魅力と出会ってしまったからには、あらためてじっくりと演奏を聴きたくなるのが人情です。芸術劇場のオルガン演奏会、ナイトタイムやランチタイムのコンサートが頻繁にあるようなので、今後足を運んでみたいと思います。オルガン講座も人気のようです。実はこの日も講座があって、アマチュアの方たちが10分という時間制限で試弾されていたのですが、最後に演奏されていた方がバリバリに弾き熟されていて驚きました! オルガン愛好家の層が、実は密かに広まっているのでしょうか?!?!

充実の見学を終えて・・・劇場から外に出てふと空を見合えると、ふくろうのシルエットが美しかった。いけふくろう・・・?


素敵なお話を聴かせてくださった小林先生、そして貴重な機会を与えてくださった東京芸術劇場のスタッフの皆様に感謝申し上げます。
コメント

BBC交響楽団とブリティッシュ・カウンシルによるワークショップ

2014年03月29日 | 音楽
本日はブリティッシュ・カウンシル主催、BBC交響楽団の奏者たちによる音楽ワークショップ「ファミリー・オーケストラ」@東京国際フォーラムに参加してきました! BBC響の人たちがトレーナーとなって、様々な楽器を持ち込んだ参加者100人と、2時間で一つの作品を作り上げるというイベント。
「あらゆる方が対象。まったく音楽に触れたことがない方でも、楽譜が読めない方でも、心配はいりません。どのような楽器を持ち込んでも大丈夫。子どもからお年寄りまで、さまざまな人が一緒になって音楽を作り上げるのが、このオーケストラの目的」
 誘っていただき「面白そう!いきます!」とお返事したものの、気がつきゃ私、持ち運び可能な楽器なんてなんもできないじゃないか! ピアノしか弾けないもん・・・む?ピアノ? そういえば、持ち運べるピアノ、持ってたんでした。トイピアノ♪ 以前、フランスからやってきたアンティークピアノ君を連れていくことにしました~

 会場は100人の大人と子どもたち。ヴァイオリンやクラリネットやフルートのほか、リコーダーやピアニカを持って来た人も多かったです。中には三味線や尺八も! あ、そうか、私三味線の師範だった、そのテもあったか!とは思いましたが、三味線は西洋音階で理解していないので、即座になにもできません。というわけで、トイピアノの私。どこに座るべきかわからなかったんですが、鍵盤ってことでピアニカの人たちに付いて行ったら、そこは管楽器セクションだった(爆)

 で、2時間で「これから皆さんで一つの作品を作ります」っていうワークショップ・ディレクターのアポッツさん。これがまぁ、よく出来ておりました!面白かったので、 創作曲の構成を書いてみます。

まず参加者は弦、打、管、声の4つのセクションに分けられる。

1、どんな音でもいい。指揮者の合図で何音かを一斉にスタッカートで鳴らす。

2、指揮者の指1本=レ、2本=ファ、3本=ソ、4本=ラ、5本=ド
の合図が、セクションごとにキューを出され、強弱や長さも指揮者に従う。

3、弦=レ、管=ファ、声=ラ のロングトーンを指揮者の合図で。あいだにチューブラーベルが鳴らされる。

4、セクションごとの曲の演奏(多分ここが山場。20分ほど、セクションに分かれた練習もありました)
弦=ドビュッシーの「海」的なフレーズの積み重ね
打=ストラヴィンスキーの「春祭」にインスパイアされたリズムアンサンブル
管=ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」にインスパイアされた短いフレーズの合奏
声=ヴィラ=ロボスの・・・なんだったかな?・・・にインスパイアされた部族的な声とボディーパーカッション

5、セクションごとに与えられたd mollの短いモチーフを、指揮者のキューに従い繰り返し、合図でフィニッシュ!

これを全部つなげて、見事、さいごに通して演奏したのです。何分くらいだったんだろう?たぶん10~15分くらい?の現代風な一つの曲になってました!本当に見事でした!

こんな風に言葉で書いたって、まったく状況が伝わらないかもしれませんが、良かったですよ。このワークショップの成功の鍵はどうやら・・・

●音楽的に限られた素材(モチーフ)を使うこと
●パートリーダーたちがしっかりと曲の骨組みを支えてくれること
●指揮者(ワークショップ全体のディレクター)が全身のアクションと話術で、巧みに参加者の集中力を惹き付けること

・・・あたりにあったのではないかと思います。もとより、参加者たちは何かしらオーケストラに関心のある人たちなので、経験値はバランバランだとしても、上記の条件がそろうと、創作曲の合奏としてきちんとまとまるのだと思います。

プロオーケストラによるこうしたワークショップの意味って、とくに子どもたちに「君も楽団員を目指そう!」とかいうよりも、音楽するという行為の根源的な歓びを味わい、オーケストラ団員の気分を体感することで、オーケストラを愛する「良き聴衆」を作ろうとしているのかなぁと感じました。
いいですよね、こういうアウトリーチの活動。
こうした活動が日本のオーケストラにも求められていくのでしょうか。面白いです。

コメント

ブルクミュラー「12の練習曲」が、タイトル付きで蘇る!

2014年03月08日 | 音楽
きましたーーーーっ!
近日発売の新しいブルクミュラーの楽譜です!解説陣の一人に加えていただきました!!ご存知、春畑セロリさん、黒田亜樹さんと共に!!ひゃー

よ~~くご覧ください。3冊同じ楽譜じゃないですよ。こちら、「12の練習曲 op.105」であります! 大ヒット作「25の練習曲」の続編が「18の練習曲」、そのさらに続編が「12の練習曲」でなのであります!
 でもね、「12」って、これまで不遇だったんですよ・・・。難易度が上がるから、弾かれる率も低くなる。それは仕方なし。でも、もっと大きな理由は、「25」も「18」も、ピアノ学習者たちにとって嬉しいステキなタイトルってものがあるのに、なぜか「12」だけはいきなり番号スタイル。番号だけになると、突如として練習曲然とした、近寄りがたい感じになるのですよね~・・・

 と・こ・ろ・が。昨年、「25の不思議」執筆中に、「12」の初版調査をしていて、発見して取り寄せた楽譜をみたら、ななななんと。付いていたんですね!タイトルが!!!
こーれーを、アナタ。夜中に一人で発見してごらんなさいよ。もうね、ぞわぞわぞわ~~~~っと来ましたヨ!!
これまで「第1番」「第2番」というように番号でしか知らなかった曲に、いきなり「Chant du printemps」だの「La dramatique」だのが印字されている19世紀当時の楽譜を見てしまったあの瞬間……。

というわけで、大騒ぎして本の出版社である音楽之友社さんに報告。真夏の深夜のことでした。それからじわじわと、タイトル復活版の話が進み…こうして出版となったわけであります!ご尽力いただいた編集者様(涙)ありがとうございます。。。ブルクミュラーくんはあの世で怒ってるでしょうか、喜んでいるでしょうか・・・眠っていたタイトルが蘇った今、そんなことが少し気になります。なにしろ、初版以外の現行までの他の版には、タイトルがいずれも消えていますので。。。

まだまだ不思議の多いブルクミュラー。「18の不思議」も作れそうですね・・・
とりあえず、難易度は高いが素敵な曲の多い「12の練習曲」、これから見直しがどんどん進み、多くの方が弾いて下さることを期待しております☆
コメント

あけましておめでとうございます

2014年01月02日 | 音楽
明けましておめでとうございます。新年を迎えますと、いろいろと志などもアップデートしたくなるものです。
年末に見たNHKの『くんれん~あなたの知らない危機管理の世界』という番組で、JRの若い職員さんたちが日頃から人の命に関わる業務を担う中、レールや電線の整備を正確・精密・時間通りに実践する訓練を伝えていました。その中の職員のお1人が、学生時代に就職活動をする際にこの仕事を選んだのは「公共性の高い仕事をしたいと思った」のが理由だと挙げられていたのが、すごくすごく印象的でした。
「公共性の高い仕事」……いやぁ…、22か23かそこらのワタクシなんて、お恥ずかしいことにそんな考え方の「か」の字もなかったと思います…決して誰もがそうではありませんが、だいたいが「芸術」とかの学校で勉強しちゃうような学生はその段階で、およそそうした視点への開眼が遅れがちなのでは否めないでありましょう。
 恥ずかしさ満点の自問自答ばかり繰り返した長すぎる学生生活を経て、その後はナントカカントカ仕事をしてきて、あらまぁ気がつけば今年フォーティー。自然に流れて行き着いた、といいますか、むりくり「なろう」と思って「なった」職種ではないこのライター業と翻訳業、それなりに培ってきたものを使い、ある意味で対象を「公共性の高い」ものへと変換させていくことができる仕事であるからこそ意志をもって続けてこられているのだと思います。より広く、より誘起的な発信に勉めて……☆ 今年も一つ一つがんばります☆
コメント