生活之音楽ピース社

~そしてピアノとすこし猫~

~ようこそ生活之音楽ピース社ブログへ~

こちらはクラシック音楽ライター/翻訳の飯田有抄のブログです。 音楽と人と猫のことを、書いています。*最新記事はこの下です*
主な活動とプロフィール
全音楽譜出版社、音楽之友社から出版される楽譜の作曲者による解説の英語訳。CDブックレットの解説日本語訳等。
雑誌「ムジカノーヴァ」、「CDジャーナル」、「ぶらあぼ」等の雑誌でインタビューやレポート記事を執筆。CDの楽曲解説やコンサートのプログラムノートなど。
「ブルクミュラー特集」にてNHK-FM番組、NHK Eテレ「ららら♪クラシック」出演。
東京交響楽団・サントリーホール主催「こども定期演奏会」楽曲解説執筆。
2016年杉並公会堂 小林研一郎指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェンツィクルス」全6回プレトークおよび楽曲解説担当。
クラシック音楽専門インターネットラジオOTTAVA、木・金「Salone」19:00~22:00生放送 プレゼンター

念願のブルクミュラーの本を出版いたしました!
飯田有抄・前島美保著『ブルクミュラー25の不思議~なぜこんなにも愛されるのか』(音楽之友社)



その他書籍「あなたがピアノを続けるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2011年9月
「あなたがピアノを教えるべき11の理由」(ヤマハ・ミュージック・メディア)2013年2月

1974年北海道小樽市生まれ。東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了(武満徹研究)。Macquarie University 通訳翻訳コース修士課程修了(英語⇔日本語)。趣味:猫情報を収集すること、猫と昼寝すること。ピアノ小品を愛すること。着物選び。三味線端唄(松永流端唄師範 松永花有)。

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週末の幸せ~クラヴィコードとアコーディオン

2010年11月28日 | 音楽
よい音楽会に出かけることは
自分の中の“幸せ度”を上げてくれるなぁと思います。

この土日はちょっと変わった音楽会を味わいましたよ。
土曜日は、鍵盤楽器奏者の武久源造さんの、
なんと、クラヴィコードのコンサートがありました。
(11/27 @東音ホール 公開録音コンサート)

クラヴィコードって、
コチラ↓です。


制作者は深町研太さんという方です。

これがですね、
とっっっても静謐な楽器でして、
もしも、横で人が大きな声でしゃべってたらかき消されちゃうくらいの
小さな音の鍵盤楽器なのです。

最初、武久さんが「耳ならし」ということで、
ダウランドの《涙のパヴァーヌ》を弾かれたのですが、
「えっ!?!」
と思うくらい、音が小さい!

しかし・・・しばらく耳を澄ませていると、
不思議なくらいに、自分の聴覚がよく調和していって、
きちんと細部まで聴き取れるようになるのです。
まるで可聴域が広がったような感じです。

楽器の作りそのものはシンプルといえばシンプルで、
鍵盤を押せばその奥に付いている金属片が
弦を下から突き上げることで音が出るんですね。
なので、チェンバロとは違って、若干強弱が付けられるのと、
何より特徴的なのは、鍵盤を押しながらヴィブラートがかけられる!

これはハマったら大変なことになりそうなくらい、
魅力的な楽器ですわ。

武久さんはベームのプレリュードとフーガ、
バッハのフランス組曲1番や、
次男エマヌエル(クラヴィコードの名手だった)のヴァリエーション、
それにベートーヴェンのソナタ(op.49-1)、
そしてごご自身編曲のバッハのシャコンヌなどを披露。

「もっと大きな音も出したいという奏者の欲求が、
 音の表情となって現れる、『生々しい』楽器」
そう武久さんは語られました。
なるほど、ある意味ピアノよりも、すごく人に近い楽器というか、
制限があるからこそ生み出される表情は、
この楽器でしか聴けない。

先日ちょうど、雑誌ムジカノーヴァの取材で、
埼玉県の久保田チェンバロ工房におじゃました時に、
初めてこの鍵盤楽器に触れることができたのですが、
サイズも音量も、愛情をかけたくなるような楽器で、
すごく憧れてしまいました。

今回武久さんの演奏を聴いて、
ますますその憧れが強くなってしまいましたよ。
うふふ。欲しいなぁ(すぐほしがる)。買えないけど。



そして本日、日曜の夜は、
ペテロ・オドレキウスキさんという方の
クラシック・アコーディオンのコンサートに参りました。
(11/28 @荻窪 かん芸館)

はい、こちらがペテロさん。



この立派なアコーディオンは、
ピアノでいうフルコンサイズのものなのだそうです。

音楽オーガナイザーの幅至さんがフランスからお連れした、
ウクライナ出身のプロアコーディオン奏者。日本は二度目だそうですよ。

この方の超絶技巧アコーディオンは一聴に値します。
民族音楽的なものからラグタイム、ショパンやバッハ、そして現代音楽まで、
よく考えられたプログラムで楽しませていただきました!

先日出かけたミュゼットのル・バルーシェの世界とは、
またひと味違ったアコーディオン。

ショパン・ワルツなどは、ピアノでは味わえないような、
なんとも言えない哀愁と香りが漂うのです!
ピアノで演奏する場合でも、
こういうバージョンを知っておくと、世界観の引き出しが増やせるというか、
別の角度からの曲作りも出来るんじゃないかなぁ。

そして・・・プログラムには載っていなかった現代作品、
ゾロタリエフという作曲家のアコーディオンのためのソナタ、
第3番より2楽章を弾いてくれました。
この作曲家は1975年に自殺してしまったそうです。
楽器を揺するようにして出される不思議な音色、
まるで電子音のように聞こえる不気味な低音や、何かの信号のような高音、
蛇腹と左右のボタンを自在に操るペテロさんの演奏は、
実演で聴くのがゼッタイ面白いと思われるのですが、
今回来日中に、このソナタをレコーディングされるそうですよ。

会場のかん芸館
荻窪にある落ち着いた雰囲気の小ホール。
自宅からそう遠くない所に、こんな素敵な空間があったなんて!
プレイエルのピアノもあるんですねぇ。
今度は、こちらのピアノも拝聴したいなと思います。
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スタンバってるミネ子さん

2010年11月28日 | ねこごと
最近、夜はぐっと冷えますね。
暖かい畳の部屋に、お布団を敷いて寝ているんですが、
猫が私より先に床について待つようになりました。


「あっ、きたきた」


「はやく寝ましょ。
 ミネ子、もう眠い・・・」
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ビバ!撥!

2010年11月25日 | 音楽
こちらの左の撥、ご縁があって、私のところへ来てくれました。
鼈甲です。大切に使えば一生もの。

右は、今までずっと使ってきたプラスチック製のバチ。
ぱっと見ただけでも、左の撥の方がずっと小ぶり。

鼈甲部分はとても薄くて、透けて見えるくらい。
すっぽり手に馴染んでくれて、
これが驚くほど音に違いが生まれるのです!

なんといいましょう。
音がずっと柔らかくなって、ノイズが少なくなって、
弾いていて耳も手も疲れない。
練習が格段に楽しくなりました。

紅木のお三味ちゃんも喜んでいる感じ♪
機嫌良く鳴ってくれるのであります。
ぜったい気のせいじゃない!

いい楽器、いい道具で練習するのは、芸事を長く続けるひとつのコツですな。
難しい部分もあるけれど、出せる音色が広がることで
臨みがいがあるってもの。

始めてから1年半。これで揃ったよ。
あとは弾く人次第。
「大津絵」を猛練習するのだ!
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内藤晃さん~ピアノとショパンと語る夜

2010年11月22日 | 音楽
去る11月20日は内藤晃さんのリサイタルに出かけてきました。
(横浜みなとみらい小ホール)

今回はオールショパンプログラム。
小品の世界を紹介してくれる内藤さん、
ショパンも後半に前奏曲集全曲を置き、
前半も考えられたプログラム構成でした。

前半、最初に幻想曲ヘ短調op.49で幕開け、
挨拶の一言があってから、
あとはすべて続けて演奏されました。
拍手もなしです。

ノクターン第4番ヘ長調 op.15-1
ノクターン第8番変ニ長調 op.27-2
ワルツ第5番変イ長調 op.42
マズルカ第32番嬰ハ短調 op.50-3
即興曲第3番変ト長調 op.51
マズルカへ短調 op.posth.68-4

どうですか!
これらの選曲、これらの並び。
移ろいゆく情景、時間、そして気持ち・・・

またしても、内藤さんの、
「ほら、こんな風にしてみたよ」
という、さりげなさ、
それでいて、内藤さんの演奏会でしか聴けないショパンの息づかいが、
そこにはあったように思うんです。

この中でも私、
ノクターン8番と、マズルカヘ短調では
向こうの世界(さて、どこでしょう)に連れ去られて行きました。
ノクターンは、その装飾音の細かな一音一音にすら、
表情と向かって行きたい場所を聴き取ることができました。こんなことってあるの!?信じられない!
そしてマズルカでは、瀟洒なリズムのなかに、悲しみのアイロニー、
ああ、なんであんなに、あんなにお洒落なのか!信じられない!
色合いと風景が次々に訪れた前半、
休憩時間になっても、こっちの世界になかなか帰ってこられず、
「い、いま、話しかけないでっ!号泣しちゃうからっ!」的状況(すでにもう鼻グズグズなんだけど)で、
大変でした・・・

あのねぇ。
こういうピアニストさん、というか、
自分にとって、こういうピアニストさんが存在しているっていうのは
幸せなことだと思うのですよ。
その、理屈じゃないんですよ。
音の方向性がどうだとか、和声の扱いがどうだとか、
言葉でいろいろ言おうとしてますけど(一応)、
最後は、自分が勝手にシンクロしていっちゃうというか、
こちらの触られたくないような心の一番もろいところを勝手にえぐられてしまうというか、
もうそういうことですから。
(なに言ってんだ?)

さて、今回のリサイタルは、
1912年製のNYスタインウェイCD368です。
こちらの楽器、最近では長富彩さん
この楽器を弾いてコロンビアからデビューし、話題になりました。(とても可愛らしい方です!)
CDJournal.comの記事を担当いたしました。)
CDジャーナル11月号の本誌面の方には、
このピアノに関するコラム「100年の眠りから覚めたニューヨーク・スタインウェイ」を書かせていただきまして、
その際、このピアノを貸し出しされているタカギクラヴィアの高木裕社長にお話を伺いました。
(以下、記事抜粋)

「材質も製造方法もハンブルク・スタインウェイとは異なるニューヨーク製の楽器は、いまだ日本に持ち込まれた数は少ないが、その独特なあたたかみと深みのある音色を好む演奏家も増えている。20世紀最大のヴィルトゥオーゾと呼ばれたラフマニノフ、パデレフスキー、ルービンシュタイン、ホロヴィッツらが、リアルタイムで演奏していた1920年頃のニューヨーク・スタインウェイは、とりわけその豊かな響きが愛された。・・・(途中割愛)・・・CD368のCDとはCOncert D型の略。コンサート専用に清算していたモデルで、一般販売向けの楽器とは異なる。製造年の1912年といえば、まさに上述の巨匠が活躍した頃だから、この楽器は実際に彼らがコンサートで使用した可能性が高い。」

あのホロヴィッツ、あのルービンシュタインが実際に演奏したかも知れない楽器、
「夢を乗せたピアノ」だと、高木氏は語っておられました。
タッチの如何によっては自由自在に変化が引き出せるものの、
扱いを一歩間違えると、とんでもない強烈な音を出してしまうピアノ・・・
おそろしい楽器です。
繊細な音を出すには、強靭なコントロール力を備えていなければならない・・・

内藤さんはそれだからこそ、この楽器を選ばれたのでしょうね。
口ごもるような中音域のつぶやき、
遠くに消えていってしまいそうな高音の煌めき、
そして残酷なまでに芯のある低音の慟哭。
後半の前奏曲では、
それらの音を楽器から引き出しまくっていました、内藤さん。
色鮮やかな24曲。低音Dの3音で締めくくられた時、
私の耳の中は、小さな光の乱反射のようなことが起こっておりまして、
やっぱりなかなか現実に帰ってこれませんでした。
アンコールは、子守唄と“別れの曲”の2曲でしたよ。

内藤さん、
驚愕するほど甘い音を出せるのに、
曲の作り方そのものは、意外とコザッパリしているのです。
そこも、なんとなく19世紀的というか、
センスの良さが伺えるところで、非常に魅力的。
ああいう別れの曲は、あまり聴けないんじゃないかなぁ・・・

さて、お約束のサインww
できあがったばかりの新譜に、いただいてまいりました!

なんだか、まだぼぉ~~~っとしていて、
ライナーノートを書かせていただいたお礼など、
きちんと伝えられなかった感じなのですが、
すっごく爽やかな笑顔で書いて下さいました。
ほふ~。素晴らしい演奏会のおもひで。。。

こちらの前奏曲集を収めたCD、店頭では12月1日リリースのようです。
ぜひ、チェックしてみてください。
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「みー子さん」、第10回はハノン!

2010年11月19日 | 音楽
ピティナでの連載、「みー子さんのピアノ・アレ・コレ」が
晴れて第10回目のアップとなりました~
目標にしていた10回の達成、
楽しんで読んで下さる皆様のおかげです。ありがとうございます

今回のお題は
タイクツな指の練習曲!どうしたら楽しくできる?

あの「ハノン」がテーマです!
弾きながら寝ちゃった・・・というのは、
中学生の頃の私の実話であります(苦笑)
放課後の練習、どんだけ疲れていたんだか・・・w

稲垣先生のご指導のように、
ひとつひとつの音の「顔」を考えていたら、
私の練習も違っていただろうに。

ぜひ皆さん、ご参考になさって下さい
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日本音楽集団~福嶋頼秀さんの“夢もよい・・・”など~

2010年11月18日 | 音楽
昨晩は日本音楽集団の演奏会に出かけて参りました!
(第201回定期演奏会「集団・無限の表現力へ~河地良智氏を迎えて~」
 @第一生命ホール)

これまでに何度も耳にしていたこのお名前、「日本音楽集団」。
集団の「ダン!」っていう音の感じが、
邦楽のビシッと着物きますっ!みたいな緊張感があるというか、
漢字六文字の醸し出す迫力というかがあって、
凄くかっこいい。

1964年に結成された「集団」で、
伝統的な邦楽の流派という垣根を越えて結束し、
現代に「誰でも親しめる新しい邦楽のあり方」を追求するのであります。
世界各国での海外公演はもちろん、文化庁の推進事業の支援を受けてるんですね。

いつか演奏会に・・・と思っていた所、
以前翻訳のお仕事を仰せつかった作曲家の福嶋頼秀さんの委嘱作品が初演されるということで、
これはもうもう、楽しみに出かけました。

箏、尺八、三味線、和太鼓、笛・・・和楽器奏者がずらりステージに並び、
「アンサンブル」をするのであります。
そう、彼らの音楽というは、西洋的な語法を取り入れていて、
調性感やリズム感といった、現代のわたしたちの耳に馴染みやすい要素が満載。
あまり安易に「折衷」という言葉の使用は避けなければなりませんが、
まさに西洋と東洋の間にあって、それでいてアプローチしやすく、
一流の腕前の奏者たちによる音楽なのであります!

・・・と奮って書いていますが、
昨日私は初めてその音楽空間に包まれたわけですが。。。

昨日のプログラムはこう。
長澤勝俊《子供のための組曲》(1964)
池辺晋一郎《雨のむこうがわで》(1978)
福嶋頼秀《邦楽合奏のための奇想組曲“夢もよい・・・”》(委嘱初演)
四反田素幸《火の曲》(2004)
佐藤敏直《ディヴェルティメント》(1969)

なるほど作曲家勢は、
日本の西洋音楽受容において作曲の見地から
アカデミズムを牽引した清瀬保二、矢代秋雄、黛敏郎らの流れを汲む面々だったりして、
それはもう西洋音楽的であるわけですよ。

こう並べて演奏されるのを聴くと、
思った以上に、作品の時代感が鮮明に浮き彫りになっていました!

長澤、池辺、佐藤の三作品は、とても「20世紀」色が濃い。
60年代、70年代の、ある種の熱い空気が伝わってくる。

長澤と佐藤作品は、年代が古い二作品でありながら、
むしろ、語法はもっとも西洋的なのが面白い。
明確な旋律線や和声感があって、
その向こうに五線紙が見えてくるような音楽。

長澤は日本音楽集団の創立時メンバーとして、
この「邦楽アンサンブルの黎明を告げた作品」を書き、
佐藤は「和楽器に対する悩み」を抱えながら
「和楽器の可能性を探」り、「開放感」を求めて書いた。
60年代後半と言えば、日本の作曲界は「邦楽器ブーム」で、
(武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》は1967年の作品)
日本音楽集団はまさにその熱をヒートアップさせた存在だっただろうし、
長澤と佐藤の作品は、邦楽器の扱いを手探りで模索しながら、
いま・ここの自分たちが発信すべき音楽を、力の限り書いたのだろう。
これらの音楽がもたらすある意味の「わかりやすさ」が
むしろ、彼らの葛藤や冒険や情熱を伺わせていた。

池辺作品は78年。
打楽器と声を使用したこの作品はアヴァンギャルド。
邦楽器を使った秀逸な「現代音楽」。
見たこともない打楽器が数々登場して、
激しかったり繊細だったりする雨の動的な声が聴かれた。

そして2004年の四反田作品、
21世紀のこの曲が、もっとも純邦楽的だったように思う。興味深いことです。
ザザッとならぶ箏や十七絃のお姉さま方の、色無地の着物の色合いのごとく、
微細に変化する邦楽器の音色は、
炎の姿をじっと見つめているような音表現、
標題ととても合っていて素敵でした。

今回の委嘱初演、注目の福嶋作品は、
第1曲「春もよい・・・」
第2曲「ヒグラシとヒナゲシ」
第3曲「病んだ地球」
第4曲「変わらぬ樫の木」という、
詩人・唯遊湯人のテクストを用いた4曲からなる構成。
語り(といっても大いに唄いの要素も)を担当された宮越圭子さんの声の七変化は見事で、
邦楽器の無限に細分化する音のテクスチュアと相まって、
決して大規模ではないのに、独特の宇宙がブァッ!!と広がる初演でした。

第1曲で、福嶋さんが描いた春は、
ただ奇麗に浮き浮きするなのではなくて、
土の中で幼虫が活動をし始めるような、土臭いワサワサ感もあって、
不安定さのある、春のあの高揚感に湧く音楽。
第2曲はテクストのもつ音の面白さを活かし、息を多く含んだ声が活躍。
第3曲の冒頭の尺八のモノローグは、尺八にしか描けない音曲線で静寂を生み出し、
そこに長唄ばりの厳しい声の表現が重ねられていく。
第4曲は太鼓の力強さが終曲を告げる・・・。

聴いたあとに、不思議な余韻が残る作品でした。
「ああ、これは、21世紀の和楽器音楽なんだなぁ」と感じました。
60、70年代の作品よりも、肩に力は入っていないのに、
逡巡なく楽器や声を歌わせていて、
全身を心地よくくすぐってくるような音楽、とでもいいますか。

冷たい雨の東京でしたが、
とても充実した演奏会、和楽器の面白さにうなる夜となりました。

(それにしても、演奏会の感想は、
 いつも書いているうちに一人で盛り上がってしまうので、
 文体がバラバラ・・・
 あえて揃えたりしないので、読みにくくてすみません)
コメント

「滲みゆく記憶のあわいに――内藤晃のショパン」

2010年11月15日 | 音楽
わたくしが敬愛するピアニスト、
内藤晃さんの新譜がHERB Classisより12月1日にリリースされます。
今回はショパンの前奏曲集です。

このアルバムにはなんと、
わたくし、渾身のライナー・ノートを執筆させていただきました。

直接の面識はなかったのですが、突然ご本人よりエッセイのご依頼をいただき、
びっくりするやら感極まるやらで、
実際録音を耳にしましても、
「これは絶対に丁寧に、思いのままに書こう!」と気合いが入りました。

全文がHERB Classisさんのウェブサイトに掲載されていました。
コチラです→「内藤晃 ショパン 24の前奏曲 作品28

今回の内藤さんの演奏についての想いは、そべてこちらにぶつけております。
ここではもう、何も、言いますまい・・・言いますまい・・・

ジャケ写も素敵ですねぇ・・・
ナショナルエディションを緑の中で、目を閉じ、抱きしめておられる。
これを内藤さんの音と合わせて見ると、
もう、それだけで、泣けてきそうです。
すばらしい録音ですので、ぜひ聴いて下さい。

今週の土曜日、12月20日には演奏会もございますね。
詳細はココ
また内藤さんの生音に触れられるなんて、しかもヴィンテージNYスタインウェイだなんて。
今から胸がときめいてしまいます。

昨年のリサイタルには残念ながら伺えず、
その前の回で拝聴させていただいた時の、
ダイレクトすぎる感想文はコチラ
なんと、今回のライナーノート執筆は、
こちらの記事がきっかけになっていたそうで・・・。
顔から火がでるかと思いましたが、コーフン具合を率直に書いておいてよかった(泣)
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気になる時間整理術~フリーランスの日々

2010年11月14日 | 音楽
本屋さんに行けば、
「時間術」関連の本がたくさんならんでる。
どうしたら効率よく仕事ができるか、
無駄をなくして、より内容の濃い時間の使い方はどうしたらできるのか、
「できる人」を目指す時間術本が豊富である。

しかし。
これらの大半は、ほとんど参考にならなかったりする。
なぜならばそれは、
私はフリーランスだからであるー!

・・・って、ぜんっぜんいばって言えることでも何でもないんですが。

ただ、上述の書籍類はたいていビジネス系の自己啓発本であることが多くて、
生活スタイルがぜんぜん私にはあてはまらないのです。カナシイカナ。
かといって、カリスマ主婦的な時間の使い方とも、一応まるで違う訳で・・・

そんなとき、偶然見つけたのがこちらの本、
池田暁子著「1日が見えてラクになる!時間整理術!」

これ、イラストレーターさんが書いたマンガです。
しかも家でお仕事されているフリーランスの方!
そしておそらく年齢も近い女性。
夫はいるが子どもはいない、極めて私とよく似た境遇?!?

手に取って中味をみたら、
すご~く共感できることがいっぱい。
時間術うんぬん、というよりも、
「そうそう!あるある!」と、
生活スタイルにシンパシーを感じて、
すっごく楽しくなっちゃって、買っちゃいました。


家で仕事をしているフリーランスの人々って、
全国の労働者の何パーセントくらいいるのかわからないけれど、
みんなどんな風に仕事されているんだろう・・・
みんながお互いお家の中にいるんだから、
ぜんぜん見えてこない。

私はとくに、出版社や音楽関係の会社などに勤務することなく
いきなりフリーランスで今の仕事をやりはじめてしまったので、
最初は業界の常識を手探りで知って行くような感じでした。
(今もまだその過程にあるんだろうけど・・・)
だから不安になることもよくあるし、
(ときどき先輩ライターさんに質問してるけど)
余計に、他の方がどんな風に動いているのか
すごく気になる。

池田さんはイラストレーターだから、
動き方はもちろん私と違うんだろうけど、
「あ、やっぱ、そうだよね?」
みたいなところも多くて安心しちゃった(笑)

たとえば、
家で仕事してると、家の雑用にいつの間にかふりまわされてたりする。
池田さんは、時間短縮のつもりで
まとめて秋刀魚を5匹さばいていたら、とっぷり日が暮れていた。
私もちょっと押し入れの整理をするつもりが、あっという間に3時間たっていた。
つねに「仕事しなきゃ!」と思っているところ、
すぐコーヒーを入れて飲みたがるところ、
締め切り間際になると、会社から帰った夫の人に
「今話しかけないで!私いそがしい!」オーラを出しちゃうところ、
コンポをやめてCD付きラジオを買っちゃうところ(手軽に音楽がかけられる)、
つい買った本をカフェで読みふけっちゃうところ、
・・・う~ん恐ろしすぎるほど、共通点が多い。

まぁ、そんな「問題点」ばかり共通していてもナンなので、
彼女の提案する時間整理術も、参考にさせていただきます。
家の中の雑用は「セット化」してしまう、とかね。

共通していなかったのは、メールの返信についてかな。
池田さんは、「なんて書こう」と考えて時間がたってしまうらしいのですが、
私はよく「チャットですか?」的に即レスすることがあるので、
「いつもヒマしてPC前に張り付いてメールばっか見てる人」的印象を与えてしまうのではないかと、
気持ち悪がられるんじゃないかと、
実はビクビクしている。
(以前、どんな問い合わせもFAXで受付け、
そしてFAXで即レスしてくる音楽家がいると聞きびっくりしたもんでした・・・
『いつもFAXの前にいるんじゃない?』とウワサされているらしい)

ペースがゆったりしている人/案件の場合には、
こちらもあえて2日おいてみたり、とかいう小ワザ(?)も時にはやってます・・・←不要?

それにしても、フリーランスの一日は、
気をつけないと本当に「いつの間にか」終わっちゃう。
朝から寝るまでの間に、4つ以上の仕事をこなせたためしはない。
MAX3種類の原稿に手をつけられれば御の字。(完成するとは限らず)
もちろん、1つとか2つとかが多い。私は。
1つやって、ジム行って、もう一つやって終わったり。
1つやって、雑用やって、コンサート行って終わったり。
天気がいいから浮かれて買い物に行って、カフェ行って、テレビ見て終わったり(最悪バージョン)。

ちゃんとリズムに乗せたいなぁ。
土日は胸を張って「休業日です」って言える日が来ればいいのにな。
夜な夜な猫と遊んでないで、
早く寝るところから、始めるか。
コメント

《アンドレア・シェニエ》の初日にお出かけ

2010年11月12日 | 音楽
新国立劇場《アンドレア・シェニエ》の初日に行ってきましたよ。
(フィリップ・アルロー演出・美術・照明、フレデリック・シャスラン指揮)

ウンベルト・ジョルダーノが1895年に書いたこの作品、
舞台はフランス革命期、動乱と粛正の嵐が吹き荒れるパリ。
肉親も家も奪われてしまった貴族の娘マッダレーナと
彼女を守ろうとする愛国心に溢れる詩人シェニエの
純粋なる愛と死の物語・・・
ということなんですけど、いやはや、That's ヴェリズモ・オペラ!
音楽もドラマの展開もものすごく劇的。
とくに後半の第3、4幕はアッという間に感じられるほど、
集中度高く惹き込まれてしまったのでありました。


シェニエ役のアガフォノフ(テノール)と
マッダレーナ役のファンティーニ(ソプラノ)の
も~~~の凄さといったら!!
わたくし、初めて聴きました・・・、
オーケストラのトゥッティをほとんどかき消してしまわんばかりの
歌い手の声の鳴り響き、というものを。
とりわけファンティーニは声量が本当に見事で、演技力ももの凄く高い。
伯爵令嬢の置かれた哀しい境遇と愛の強さを歌い上げたその時(第三幕「亡き母は」)、
聴衆はもう、あちこちからすすり泣きですよ。
私の両隣は女性でしたが、ここ3席、全滅。ならんでお鼻グズグズ状態でした。

アガフォノフの歌った第4幕の「5月のある美しい一日のように」は、
美しすぎるアリア。
まるでシューベルトのリートのように始まるんだけれど、
だんだん激して、やはりドラマチックに。
前半アガフォノフのピッチが低めなのが気になったけど、
やっぱり後半の伸びの良さでガツンと感動。
最期に二人が死を前にして歌う二重唱は、
声の振動が空気を伝ってダイレクトに届く圧巻ぶり。

演出のアルローさん、
先月の《アラベッラ》では舞台上をブルーの世界の作り上げていましたが、
今回は白の世界。舞台や人物の衣装は基本的に白。
そこに青や赤が入って、ところどころトリコロールカラーを作っている。

この白が、革命という激動のドラマの中で、
時には人間の冷酷さ、
時には愚かさや滑稽さ、
そして時には純真なる愛情を誓う色に見えてくる。
白一色で、一見色の表情が抑えられていることで、
むしろ残酷なまでに、まざまざと人間らしい感情のうねりが見えてくるという仕組み。

回転する舞台には、歪んだ壁で仕切りが作られ、光と闇が現れる。
それによっても、光の白さが浮き彫りになる。

幕が終わるたび、ギロチンを彷彿とさせる斜めの壁が降りてくるのも、
ヒヤリと感じさせる演出。
一幕と二幕の間では、この壁をスクリーンに、
細胞分裂を繰り返すようなギロチン増殖グラフィックスみたいなのが、
延々映し出される。これはもう、夢に出てきそう・・・

今夜の夢見が心配ですが(笑)、
終演後、しばし呆然とするほどの素晴らしい舞台でした。
気合いの入った初日でした。

新国では年明け2月に「夕鶴」で高関健さん、「椿姫」で広上淳一さんと
日本人指揮者による演目も続くとのこと。
こちらも楽しみですね♪
コメント

着物と貧血

2010年11月09日 | Weblog
血流に自信がありません(苦笑)

どうやら、着物を着てお酒を飲むと、
私は貧血を起こしてエラく気持ち悪くなることが判明した。
今夜、不覚にも2度目を経験してしまった。

今年の夏に初めて、着物で食事中に貧血が起きた。
食事のメインディッシュが運ばれる頃、最初に飲んだシャンパンが覚め始め、
あ、ほろ酔いが冷めて来たな~と思ったその瞬間、
ドバーーーっと一気に身体中の血液が抜けるような感覚を覚え、
スワーーーッと冷や汗が流れ出し、
あっと言う間に生きた心地しないほど衰弱してしまったのだ。

当然顔面は蒼白(だったらしい)。
料理を一旦止めてもらい、エライことになってるのをお店の人にも見破られ、
温かいおしぼりやお水が運ばれてきた。
そしてしばらく孤独な死闘を繰り広げた。
目は開かないし、いろんな音がどんどん遠のいて、聞こえなくなる。
ものすごくお腹も痛くなる。
もう、死ぬかと思う。
貧血をご経験の方ならおわかりだろう。ホント大げさじゃなく、死ぬかと思う、よね?

身体を起こして座っていることができない。
かといって、着物なので帯の上に横になるなんてこともできない。
立ち上がって御手洗いに行くなんて、絶対にムリ、
肘で頭を支えて、なんとか身体に血液が戻ってくるのを待つしかない。

20分くらい気持ち悪さに耐えながらジッとして、
やっとフラリと御手洗いに立てたので、また15分くらいそこで休憩。
復活したものの、メインディッシュは喉を通らないし、
もう、せっかくのお食事気分も台無し・・・。

さんざんな経験だったけれど、食前酒でそんな目にあったのは、
きっと猛暑で疲れてたからとか、汗で脱水気味だったんだろうとか、
思ってた。

ところが、今日はビールを一杯(それだけ!)、食事をしながら飲んだと言うのに、
またしても、ドバーーーーっ、スワーーっ、何にも見えなーい聞こえなーいの世界へ!

着物は着ていて別に苦しくはないけれど、あちこち洋服よりも締めているから、
血流が悪くなるんだろう。ちょっと肩こりもするんだよね・・・。
着物大好きなのに・・・カナシイ。

お酒はもともと弱いから気をつけていたんだけど、もうコリました。
着物で食事の時は、ぜったい飲まない、くらいな勢いで気をつけます。

自分も大変だけど、
なにしろ一緒に食事をしている相手が気の毒。
とつぜん顔面白くなって、目も耳も機能しない着物女が、
ただただそこにジーッといるんだよ?
メインディッシュまで30分もそんな状態なんて、なんのホラー的罰ゲームですか?

まぁでも幸い(?)、2度とも相手は夫の人だった。
こういうとき、もともと謎にマイペースの夫の人はさらにマイペース力を発揮し、
異様な冷静さで粛々と私の血液が戻るのを待っているのである。
助かる。

万一御連れ様が貧血を起こしてしまった場合には皆様、
「ダイジョブっ?!ダイジョブっ?!」などとパニくらないで下さいませ。
どうぞ心静かに御相手の方の血液待ちをしましょうね。ほほほほ

そんなわけで、「大好きな着物で食事会」は譲れないワタクシ、
「お酒は弱くてぇ」とか言っても、か弱い風な演出ではございません。
あしからず・・・
でも、日本酒はちょっと、頂きますわね。うほほほほ

写真は今日の着物。ビビッドな縞のアンティークでございます。
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