なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

知ってるつもり

2010-01-25 02:05:11 | Weblog
 NHK囲碁講座では真っ先に「桂馬の両あたり」を読みますが、二番目は「ゾーンプレス超入門」です。
 「自分ぽいところを拡大し」「相手ぽいところを減少させる」という表現が好きです。
 きちんとした判断に基づいてと言う事で無いところが良いですね・・・ドンブリとかアバウトっぽいところがいかにも素人向けみたいで親しみが持てます。
 2月号の中では「知っているつもりが落とし穴」と言うサブタイトルがある。
  「知っているつもり」これは素人碁なら付き物みたいなものです。
 ”勘違い””生兵法”はこの類でしょう。
 
 実戦では競り合いの時など、冷静に見れば大して強く無い相手の石が、殆どシノギの筋が見えている味方の石に攻めかかって来ることはよくあります。
 こういう時相手の勢いに驚いて腰が引けるような対応をすれば、相手の思う壺。
  これはあたかも源平の富士川の合戦みたいで、平家の軍勢が水鳥の音に驚いて逃げ出したような形です。
 「相手の石がたいして強い石では無い」「シノギが見えている」などが正しい判断かどうかは問題で、それは「読み比べ」の部類でしょうが、仮に部分的なところで読み切れ無くても、”っぽい”ところに気がつけばチャンス。

 観戦していてよくあるシーンとしては「生きている石を攻めている形」・・・つまり、これは攻めと言えるかどうかわかりませんが。
 それとか、攻めに気を取られ自分の石が薄くなっている事に気がつかないケース。
  これは孫子的に「攻め切れない・攻撃陣の伸び過ぎ」でピンチなんですが、「攻めている意識」が強いと気がつかないこともありそう。
 それと気持ちは攻めなのに「攻めの効果が不明確」の場合・・・「攻めて取りきった場合の実益」「攻め切れなかった時の損害」、あるいは二義的な効果を期待しているのか。
 自分の碁では案外冷静に見れないので、他人の碁の観戦で勉強させてもらうのです。

 話が変わりますが、打っていてこういう形を避けたいと言うものがあります。
  簡単な例では、「タケフの両覗き」・・・陣笠と同じように悪形の例ですね。
 陣笠ではそれが悪形なら継がなければ良いわけで、両覗きの場合は分かっていて切れないタケフを覗く人はいない・・・要するにそういう場所に石が来る、働きの無い手を打つようでは石の効率が悪いと言うことでしょう。

 さてさて対局していて「知っているつもり」「分かっているつもり」なのに上手くいかないことが多いですね。
 良い手を打つ方が勝つのではなく、この部分が多い方が負けるゲームなのかも知れません。

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