セカンドライフ 

歳を重ねるのも悪くはない

父親との別れ

2010-08-28 | セカンドライフ
父は母と昼食を食べ切り椅子にかけた儘、息を引き取りました。
向かい合った母も、「いつもの様に居眠りをしているのだろう」と言う程度の静かな静かな
旅立ちでした。
数え年で96年の生涯を終えました。

まわりからは、「大往生だ」、と慰めて頂きましたが、自分の父親の寿命と言うのは
「何歳ならOK」と言う歳は無いのだな、と知りました。

8/22(日)かかり付けの先生が休日の為連絡が取れず、警察が入り検死の結果許可の出るのが
翌日になり、口に水を含ませる事も出来ず、ドライアイスも使えませんでした。
翌日漸く許可が下り、措置を取る事が出来ました。

又、田舎の人達の最も嫌う「友引き」にぶつかり日程が遅れたりしました。
初日は兄が、翌日は姉と私とで添い寝する事が出来、ゆっくりとした別れが出来ました。

ブログをお休みしたので、皆さんにご心配を頂いたりお気遣い戴き感謝申し上げます。
帰宅してからも何も手に付かず居りましたが、地方新聞で知った旧友達から励ましの言葉を
頂いたり少しづつ、パソコンを開く気分になりました。

きっと何かを記録する事も父への供養になるかなと思いボツボツ書かせて頂く事にしました。
辛く切ない気持でしたが、きっとこうして書いて行くうちに気持ちの整理が出来て来る予感がしました。

休止中にも関わらずおいで下さった皆さま有難うございました。
私の歳になって、父親との別れに涙するなんて、幸せなのかもしれませんね。
暫くは時々留守にも致しましょうが、再開する事に致しました。
皆様から頂いたパワーに感謝申し上げます。

8/28午後4時アミー。

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4 コメント

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お悔み申し上げます (takinee)
2010-08-28 18:06:07
御父上さまご逝去のお知らせをいただき毎日心配しておりました。猛暑の中、いろいろ大変だったと思っておりましたがもっともっと複雑なことがあったのですね。でもお母上様と向かい合っていらしたとは・・・なんと平和な美しい最期でいらしたことか・・。私の父も2月に亡くなりましたが父が2階から降りてこないまま亡くなり、やはり警察が入り大騒ぎでした。でもそれは真冬のこと。今回は真夏でしたからどんなに大変だったかとお察ししております。なかなか御心は癒えないでしょうが、すこしづつ自然体でお過ごしください。上手にお慰めの言葉を申し上げられなくてごめんなさいね。
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コメント御礼 (aine)
2010-08-28 18:32:51
takinee様有難うございます。
ご丁寧に恐れ入ります。
命の果てるのは寿命とは言え年齢では無いのですね。
自然に癒えるのを待とうと思います。
このブログを書きながら、自分が納得して行くような
気がします。
アミー畑もほったらかしです。もう少ししたら世話をしようと思います。
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Unknown (piglet)
2010-08-30 10:16:28
おはようございます。

突然のブログ休止のお知らせを読み
どこかへご旅行?とも思ったのですが・・・
旅行だったら ○○へ行きます!と書置きして
出かけられたでしょう~~


お父様の突然の訃報に驚きました。
たしかに96歳というお年は大往生と周りの方がおっしゃるのもわかりますが、
自分の親にはいつまでも元気で生きていて欲しいと思うのが子供の気持ちですよね。

本当にしばらくはお父様のことを思い出すだけでも涙する日が続くと思います。
お一人でお食事するのも砂を噛むような味気ないものだと思います。

ご近所にいらっしゃるお嬢さんやお孫ちゃんたちと過ごせる時間が少しでもあるといいですね。(もうすぐ夏休みが終っちゃうものね。)


私も父との別れは辛いものでした。
私がちょうど40歳を迎えた年でした。
5年間の癌との闘病で病院を嫌がり
自宅療養でした。
最期の一週間は母を旅行に行かせて
私と父との二人の時間を過ごせたことが
何よりの親孝行だったと今では思うように
してます。

子供たちが小さかったので
学校に行っている間だけの看病でしたけど・・・毎日 車で40分くらいの距離を
往復してました。

電話の嫌いな父は起床すると3回だけコールして電話を切ります。(今日も元気だぞ!の合図)
私は一通り家事を終えて 夫とこどもを送り出して実家へ通ってました。
夕方 子供たちが帰宅する時間に合わせて
父を一人実家に置いて帰る時の気持ちは今でも辛かったな~と。

母が旅行から戻ると翌日 入院して
それから一週間後に天に召されました。
母の留守中ずいぶん我慢していたと思うのですが、
私には愚痴一つこぼさず 楽しい話をたくさんしてくれました。

反抗期だったころ 大嫌いな父でしたが
最期の一週間ですべてが払拭された感じです。
もっともっと長生きしてて欲しかったです。
享年72歳でした。 


私のことばかり 長々と書いてしまって
ごめんなさい。

アミーさんの辛いお気持ちがわかるので
ちょっとだけ私の経験談を書いてしまいました。
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コメント御礼 (aine)
2010-08-30 11:24:35
ピグ様有難うございます。
辛かった事思い出させましたネ。
泣いているつもりはないのですが、涙が流れていました。
ピグちゃんも未だ40歳で子供さんを育てながらでは思う様に行かなかった事でしょう。

お父さんと過ごした1週間お喋りが沢山出来て良かったですね。
お父様もどんなにか嬉しかった事でしょう。

親の歳と言うのはこれで十分と言う年齢は無いですが、72歳でお若いのに
病いに侵され、苦しい思いをされてお気の毒でした。
どんなにか無念だったでしょうね。

お見送りした後で「最期の一週間ですべてが払拭された感じ」と
思えてご自分を慰めて来られたのですね。

沢山の親子関係が有りそれぞれの関わりの中で
何とかご自分を納得させる言葉が有ると言うのも良い事です。

最期は「これで病いから解放され楽になる、あー良かった」と見送った事も数回有ります。

多くの人の最期は必ずあり逃げる事は出来ません。それに立ち会う私達の考えの持って行き様も様々です。

残された人生を明るく元気に、命尽きる迄過ごし
それを、親への供養としようと思います。

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