代表の久田です。
悲しいお知らせです。
かねてより病気療養中だった後藤正信さんが、9月15日にお亡くなりになりました。
朝と帰りに、暑い日も、寒い日も、必ず帽子をとって、私たちに丁寧にご挨拶をしてくださいました。
昨年の夏、淀川沿いの陥没道路を修復するのに、その場で役所に電話を入れて、10トンの砂利を手配されました。
すずRUNの時には、病院の窓から涙を流して、手を振って、応援してくださいました。
仮設は狭いからウチで泊まればいいとおっしゃっていただきました。
お宅におじゃまするといつもおいしい漬け物を頂きました。
元気になったら、またボランティアの皆さんに挨拶するとおっしゃっていました。
白山神社の鳥居を再建し、そしてその横にそえられた添え書きに愛知ボラセンのことを丁寧に書いてくださいました。
大震災の後、ご高齢にもかかわらず、十八成のために誠心誠意ご尽力された姿はすてきでした。
後藤正信さん、ありがとうございました。安らかにお休みください。
合掌
なお、お通夜は17日(月)午後6時~、ご葬儀は18日(火)午後1時~
ともに、メモリアルホール菩提樹・石巻にて
愛知ボラセンからは、久田がお通夜に、久世がお通夜とご葬儀に参列させて頂きます。
初めての十八成浜で、挨拶されたときは、役場の方の挨拶その物でしたが、回を重ね逢いに帰る度、朝夕の挨拶が、どんどんユーモラスになり区長さんのコメントを楽しみにしていました。
体調悪く、朝のお出迎え出来なかったからと、夕方の挨拶を毅然と立ってされた事は、印象・思いで深い物があります。
もうあの笑顔が見れないと思うと残念です。
震災後の心労いかほどか、ゆっくりお休み下さい。
お疲れ様でした。
朝のミーティングの時、帰りの出発式の時にご挨拶される時のあの話し方がこれから聞けないと思うと寂しくてなりません。
心よりご冥福をお祈りいたします。
合掌。
我々が、いつも十八成浜に着くと毅然と朝と帰りの挨拶をいただき素敵でした。自分の父親的存在でした。すずRUNの時も我々にずっと手を振ってくださり応援いただきました。
ありがとうございました。
私達は忘れません。どうぞゆっくりお休み下さい。
後藤様の笑顔 忘れません。
朝夕の御挨拶からは誠実なお人柄がにじみでていました。葬儀にうかがうことはできませんが、岐阜の地より御冥福をお祈りします。17日のお通夜にはこの地より読経いたします。
お疲れさまでした。安らかにお眠りください。
皆様が乗ったバスの到着を楽しみに待っていた姿が目に浮かびます。
色々と大変お世話になりました。
そしてこれからも皆様の帰りを十八成でお待ちしております。
ありがとうございました。
中々ボラセンの活動に参加できず、ジレンマに陥っているところに、届いた大切な『仲間』を失ったというニュース。今の気持ちをどう言葉にして良いか分かりません。
十八成浜がどんどん元気になっていくのを見届けて頂けなかったことを、ご家族を始め十八成浜のみなさんや、ボラセンを通して関わった方々も残念に思っていらっしゃると思います。
ただただ今は御尽力頂いたことにお礼を申し上げるばかりです。
有難うございました!
そして、お疲れさまでした。ゆっくりお休み下さい。
ご冥福をお祈りします。
十八成に帰っても、あの笑顔に会えないことは寂しいですが、こうして、十八成の方々だけでなく、愛知ボラセンを通じて、たくさんの心の中で生き続けられるなんて、さすが後藤前区長さん、素敵です!!
自衛隊に入ってから一度も顔を出せず
あいさつもできず、教育を終えて無事自衛官になったことすら報告できないままお別れとなってしまって
本当に悲しいです。
区長さん、天国から見ていてくれていますか?
私は自衛隊で元気でやっています。
今、くぐなり食堂が、憩いの家で安心して活動出来るのも、後藤前区長さんが、御尽力下さったおかげと聞いています。
鳥居落成の時に、食堂班で作ったお赤飯を美味しいね~と、にこやかに笑顔で食べて下さったお顔が忘れられません。
すずRUNの時は、大変大きな力を、病室から涙を流しながらくださいました。
リレーマラソン後にお伺いした時は、後は若い力でがんばってほしい…私はそれを見守りたい、何かあったらいつでも相談して来てほしいと、熱弁されておられました。
本当に感謝です…。ありがとうございました。
心より御冥福を御祈りいたします。