あげちうのブロマガ

黒真珠という存在しない存在

ちょっと状況の変化か、落ち着いた感覚はまあ、ある。

自分の意識では「黒真珠」と言うか。古い何かの具現性、そんな感じだろうか。

 

前回までの問題は、「広告代理店(の連合)が独断に寄るカウンタ制御をしてる事で、後継者に相当する人に「売れない」病が出てて、それが全体の”編集長”というかのポジションに有った事から、全体に「売れない」病が蔓延してしまった」と言う状態で。それは「統制を民主的な?それに変化させる事で呪いを回避し、後継者には”編集長”からは降りてもらう。その際に元”編集長”への加害請求は不問とする」と、そう言う感じでオチにした、様な。

そこに、何かの打開と安定は発生。カウンタ制御は残って居る、が。それはあくまでも「大賀さん」その神判の上で、だ。「神がそれを維持すると決めている」ので、それ以上は不可侵である、と。人間が随意で制御する事は許されないが、”神”がその意向として制御するのは問題ない、という、そう言う帰結な訳だ。状況は緩やかに安定は、する。

”そこ”に、古い感覚だ。ゲームの「イース」その元凶的な「黒真珠」それが何か、ある。

黒真珠、だ。暗黒のパワー、「否定」の権限、それの象徴。ともかく何かのベクトルで杓子定規に見ていたら混乱は収まらない。それを強引に安定させてしまう、何か。良くも悪くも、「昭和天皇」その、本来の存在意義みたいなモノ、だろうか。”それ”が認めたらその先がある、そう言う。”それ”が、実際のゲームの様に邪悪な暴走をする、のは好ましくない。”それ”を抑止するという目的で、「イース」の名は今も、何かのブランドとしてある。

ともかく、巨大なパワー、それが暴走を始める時、その足元は多く見ていない・・・そう言うのは重い。

ともかく現場の事は現場が決めていくべきで。部外者が同意も無いのに余計な熱意を持つべきじゃない、それは正しい気はする。元来深刻な「そう言うの」を抑止する、その「黒真珠」は安定した、と言うべきか。

つまり、今まで話してきた多くは、強引にか「夢オチ」に成ってしまった、訳だが。

それでも今までそこに「黒真珠」期待される統制のパワー、それは消えていた、可能性はあり。それが何やかや復活した・・・としたら、それは喜ぶべき事だ、ろう。自身ら?の受けた損失は、その変化を対価とし得るのか、それはまあ、もうちょっと後の話かもしれない。

”世界”はまだ多分、病み上がりではある。

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