Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

予測と裏切り 音楽と小説

2012-06-30 08:50:11 | 新音律
「音楽の科学」という本は,後半 認知科学中心となるに従って面白くなる.ただし,いろんな話題の羅列で,説得力は面白さに反比例するようだ.
この本の第 10 章「アッパショナータ」では,パウル・ヒンデミット(20世紀ドイツの作曲家)が,予測と裏切りは音楽の芸術的価値を決める上で重要な役割を果たすと主張する.ヒンデミットは予測が当たることが重要とするが,レナード・メイヤー(アメリカの音楽理論家・哲学者)は,多少なりとも予測が裏切られたとき感動が生じると反論する.

かってオクターブを16ないし17に分割した平均律で音楽を作ったことがあるが,そのときこの音楽は先読みがではないから,つらい,と言われたことがある.

初めての曲を聞くときはわれわれはいつも「次にどうなるか」と予測する.予測が当たれば嬉しいが,当たりすぎると馬鹿馬鹿しくなる.いっぽう予測が裏切られるのも快感だが,度が過ぎると反発に変わる.
予測出来ない音楽には拒否反応を示す人が居る.

小説も同じだ.
ビブリア古書堂はシリーズ3冊目もあっと言う間に読んでしまった.この心地よさは...予測と裏切りにコントロールされた結果だろう.
予測と裏切りの体験が頻繁すぎても疲れる.小難しい小説だと,どう予測するべきかで悩まされる.ライトノベルはこのあたりが安心レベルである.

3冊目に関して言えば,大局的に栞子さんの妹が関与していることは予測出来た.宮沢賢治の「春と修羅」については,著者自身の書き込み本の存在すら知らないのだから,裏切られたが,なんだか勉強になったような気もした,というわけ.
コメント
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