先の、オバマ米大統領との会談で、安倍晋三首相がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉について「聖域なき関税撤廃」が前提ではないことを確認したが、実は「聖域」はどの国にもある。
米国が露骨なまでに保護主義政策をとっている工業品がある。それは「ライトトラック(LIGHT TRUCK)」という車に対する25%の高率関税である。言葉の上では「軽トラック」に違いないが、大型の高級SUVを始め、バン、ピックアップトラックまで含まれる。
ちなみに、全米のライトトラックの出荷額は2012年に1609億ドルで乗用車の1072億ドルを6割も上回っている。保護関税がなければGM、フォード、クライスラーのビッグ3はとっくに壊滅していたはずである。
米国の消費者にしてみれば、25%も割高な車を購入するわけで、その負担額は年間約3兆8000億円に上る。日本ではコメの輸入関税778%を始め、高関税によって多くの農産物が保護されているのだが、OECD(経済協力開発機構)の試算によれば、高関税などに伴う消費者の生産者への移転額は11年で約3兆7000億円である。つまり、米国のライトトラックと日本のコメは両国の保護品目の象徴であり、しかも保護規模はどっこいどっこいなのである。
日本のコメを取り上げて「鎖国から開国」を日本のメディアが騒ぐのに比べ、米メディアでライトトラックを指して「保護主義」と決めつける記事を一度も目にしたことはない。「自由貿易」とはしょせん、自国の「閉鎖性」を隠蔽したプロパガンダなのである。
自由貿易交渉の眼目は、国全体としての利益拡大をどう追求するかである。米国の場合、巧妙に舞台裏で根回しして保護品目の問題化を避けたうえで、米企業、投資家の権益拡張を狙う。交渉役の米通商代表部(USTR)を背後から押す「TPP支持米国企業連合」の顔ぶれを見ればよい。金融、通信、石油、建設、航空機、情報技術(IT)、医薬品、農業ビジネスなどの大手がひしめいている。守りではなく攻勢そのものである。
日本の場合、日本経団連など経済団体は一般論としてTPP推進を言いながら、個別の戦略をTPPに結びつける思考はほとんどない。あるとしても、TPPを大企業による農業ビジネス進出のてこにするくらいで、外に目を向けていない。米国は優位に立つ分野をますます栄えさせるために、投資家対国家の紛争解決(ISDS)条項や医薬品などの知的財産の権利強化に重点を置く。ISDSについては、投資紛争で国内法の適用除外になることが日本で警戒されているが、知的財産権ともども、国際ルール無視の中国に対する日米連携につながる。
日本は受け身にならずにISDSを日本にとって運用しやすい形に持っていく策略をこらせばよい。企業は傍観せず、重点交渉分野を定めて政府と一体化した交渉戦略を練り上げるべきなのである。(産経新聞特別記者・田村秀男)
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