キングジムから発売された「デジタル耳せん」は、空調音などの騒音(ノイズ)だけを約90%カットし、人の呼びかけ声など必要な音は聞き取れるという全く新しい商品だ。
開発を担当した商品開発部の冨田正浩さんは、「技術開発に苦労することはなかった」という。イヤホンに内蔵された小型マイクで周囲の環境音を収音し、その逆位相の音を出して騒音を打ち消す“ノイズキャンセリング・イヤホン”はすでにオーディオ機器では浸透している。その技術を応用することで開発できる見通しはすぐについた。
苦労したのは「人の声だけ聞こえる耳せんという“新規概念商品”をどう伝えるか」(冨田さん)だった。まず悩んだのが、商品名だ。何案も考え思いついたのが「パーソナルサイレントシステム」。しかし、ピンと来ない。
冨田さんはネーミングを「自分の母親(59歳)に言ってピンとくる」くらいかみ砕くことを目標にしている。今回は「難しく言わず、日本語で従来のものと違う耳せんだよと言いたかった」。その結果、再度練り直し「デジタル耳せん」にたどり着いた。
通常、新商品の場合、機能を打ち出したくなるが、それではイヤホンなどのオーディオ機器に埋もれる。そこで「スペック(機能)ではなくベネフィット(便利)を打ち出した」(同)。パッケージも耳せんというロゴを目立たせ、使用シーンをイラストで表した。
同社では、ネットでの口コミ拡散を重視し、SNSを積極的に活用している。さらに「デジタル耳せん」では使用前・後をイメージできるサンプル音を盛り込んだ動画を自社サイト上で流した。発表後、Twitterユーザーが商品の品番MM1000(み・み・せん)や、重量33(耳)グラムなど小ネタに反応しネットでの話題が沸騰した。
「受験生や飛行機・電車で睡眠をとりたいビジネスマン」など需要を見込んだ。が、そこに大きな市場があるとは想像しておらず「まあ、ちょっと売れるかな」(同)という感じだった。しかし、発売直後に欠品となる人気。同社専務が、6月決算で経常利益が前期比49%増となった要因の一つにあげたほどの大ヒットとなった。
工場で見学者に貸し出して、うるさい工場内で説明を聞き取りやすくする。データセンター(サーバールーム)のPCのファン音がうるさい現場での作業など、当初想定していた以上のニーズがあり、“人の声が聞こえる耳せん”という新しい市場を創出したのだ。
これに対し、冨田さんは「名前をパーソナルサイレントシステムにしたら、失敗していた」と、自分への戒めにしている。 (村上信夫)