何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

面・白い巨塔、腹黒い虚像 その壱

2018-04-10 18:00:00 | 
「桜の木の下、で」より

森鴎外を筆頭に、北杜夫・渡辺淳一・加賀乙彦、帚木蓬生・南木圭士・久坂部羊・海堂尊、そして「桜の木の下、で」の知念実希人。
ここに歌人の斎藤茂吉や、漫画家の手塚治虫を加えると、医師というのはなんとモノを語りたがる職業なのだろうかと思ってしまう。
だが少し考えてみると・・・考えるまでもなく医療の現場というのは、人生の最大テーマである生老病死を扱い、しかも(だからこそ、というべきか)人間のエゴが剥き出しになるところなので、これほどネタに事欠かない職場はないかもしれない。
そんな医師が書く、医療現場の生々しい現実や 医療制度の問題点の啓蒙などのストレートな主張も為にはなるが、恋愛モノやミステリーの中にこっそり紛れ込んでいる医師作家の信念や思想を感じるのも、面白い。

「崩れる脳を抱きしめて」(知念実希人)は、本の帯が「究極の恋愛×ミステリー!!」と銘打っているように、一読すれば恋愛×ミステリーモノなのだろうが、そこはやはり現役の医師ならではの逡巡も吐露されている。

本書の主人公である研修医が勤務する病院は、顧客満足度ならぬ患者満足度を上げるため、患者さんの希望を最大限叶えることをモットーにしている。
全室個室は勿論のこと喫煙・飲酒もok、それどころか、例えば映画好きの患者のためには病室にプライベートシアターを設置するといった具合だ。
だが、そんなプライベートシアター設置の優雅な病室にいる患者・内村さんが研修医に問う「真に患者のためとは何なのか」という問題は、一見 患者と医師の何気ない会話を装っているが、かなり重い。

(『 』「崩れる脳を抱きしめて」より)
『「患者さんのためにねえ」内村さんは鼻の付け根にしわを寄せた。
「あの、なにか?」
「いやな、俺みたいな奴にとって、ここは理想の病院だ。自然に囲まれ、好きなことができ、持病もしっかり診てもらえるんだからな。けれど、そんな患者だけじゃないだろ」
意識もほとんどなく、ベッドに横たわっている患者たちの姿が脳裏をよぎる。僕の表情の変化を読み取ったのか、内村さんは「それだよ」と人差し指を立てた。
「意識のない患者にとっちゃ、<希望を叶えてくれる病院>なんて意味ないだろ。その<希望>ってやつがないんだからさ。そんな奴らが、なんでこんな高額の個室代がかかる病院に入院しているか分かるか? 簡単だよ、家族が望んでい るからだ。意識がない患者たちはほとんど、家族が金を払ってここに入院させているのさ』
 
情はあっても金がない事の方が多いので、外聞を気にする家族の自己満足のためであっても、高額の個室代がかかる<希望を叶えてくれる病院>に入院できることはラッキーな気もするが、恋愛×ミステリーの医療小説のさりげな一コマに、患者の途惑いや長患いの家族をもつ本音、ともすれば明後日な方向にいってしまいがちな病院の「患者さんのため」という思い込みを垣間見ることができ、しばし考えさせられた。

その一方で、「医療崩壊の救世主たち」というテーマで取材するノンフィクション作家を主人公にしながら、患者もその家族も全く眼中にない、現役医師が書く小説もある。
それについては又つづく

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