何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

終りの始まり、’’うんこ’’

2017-05-19 21:42:42 | 
「しつこく、’’うんこ’’週間」 「’’うんこ’’週間なので、続く」より

昭和5年に山形から東京へ出てきて中・上流階級の女中さんとなったタキさんの半生を振り返る「小さいおうち」(中島京子)。(『 』「小さいおうち」より引用)

タキさんは尋常小学校しか出ていないが、成績は良かったので書物も読めば、重役宅の奉公先で語られる景気動向にも耳をすませていた自負がある。だがそんなタキさんをして、満州事変や2・26事件は他人ごとであり、昭和10~11年はオリンピック決定にわく『思い出深い、懐かしい、平和な情景しか浮かばない』時期であり、北支事変というと『戦勝祝いの行列を見に出掛けたことは、よく覚えている』『それより前というと、とりたたてて何も思い出さない』ということなのだ。

命の危険が直接 身に迫らないかぎり、人はいつの時代も「おまんま」(銭金、景気)の良し悪しが一番の関心事なのだ。
そして、そんな人間の心理を突いて、実は色々な仕掛けがなされている。

タキさんは、満州事変も太平洋戦争も『それは正しくは「兵隊さんのこと」とか「海軍のこと」とか「戦闘のこと」とかなんとか、言うべきだ』と思っているが、その影を日常にまったく感じなかったわけではない。

「パーマネントはやめませう」という啓蒙セリフは今でも有名だが、タキさんは、当時流行した「銃後髷」をいち早く知っている。
タキさんが仕える時子奥様の女学校時代の友人・睦子さんは、熱狂的国防婦人であり雑誌社に勤めていたために、タキさんは その手の情報に触れるのは早かったのだ。
睦子さんの勤める婦人雑誌は始終 総力戦における銃後の覚悟を説いており、ページごとに『一人でも多く殺せ!』と刷っていた。

日常生活でもじわじわと変化は訪れていた。
『聖戦の最中に贅沢は行けない』という趣旨で始まる「興亜奉公日」も、市民への求め(通達)が「毎月一日は日曜であろうと学校へ行くこと」「興亜奉公日の弁当は梅干し弁当にすべし」であれば、どれほどの抵抗感もなく受け入れられていく。
「ビスケットは国防食品」と銘打たれても、「国防食品・ビスケット~銃後の児童の栄養を軽視することは出来ない」と宣伝されれば、母も子供も納得する。
ついには「翼賛型美人」という標準まで発表されるが、その内容が、美人の定義を『細くて青白い蒲柳の質』から、『(産めよ増やせよのために)多産型の、どっしりしたお尻の子を美人と決めることにし』、これを『翼賛会主導で、新流行の後押し』たというのだから、今となってはお笑いだ・・・・・いや、その定義は当時の女性にも今の女性にも、大いにウケるかもしれない。

こうして、「時代」というものはジワジワと生活そのものに浸透していくものなのかもしれない。

タキちゃんは述懐している。
『満州で事変が起って以来、「非常時」は一種の流行語であったが、生活をするこちら側にとっては、何が非常時なのかいまひとつピンとこなかった』
それどころか、経営陣に名を連ねる旦那様が、好景気を喜んでおられる姿だけが強く印象に残っている。

こんなタキさんも昭和19年には実家の山形に帰り、疎開児童の世話をするようになり、昭和20年、いよいよ本土決戦かという時期になり、地方新聞にも勇ましい社説を目にするようになる。
『粘りだ、粘りだけが勝敗を決する。敵の最も嫌う長期戦へ是が非でも引きずり込むのだ。
 本土上陸も何ぞ恐れん。百万県民が一殺を誓うとき百万の敵は殲滅あるのみ』
『考えず語らず全県民が戦い気狂いとなる』
『女も敵を殺せ、侵略には竹槍を取って刺違えん』

そうして、戦争は終わった。
ホッとしたタキさんが思ったことは、『それでも私の日常は続いた』ということだ。

市民にとっての日常とは、後に歴史教科書に太文字で書かれる時代を生きていたとしても、別のところにあるのかもしれない。
ジワジワと「時代」が日常に忍び込んできても、あるいは大音量で「時代」が日常を支配したとしても、我々日本人は、それが隣の人も同じであれば、さほど真剣には受け留めないのかもしれない。

そんな「時代」の空気を今週は強く感じる、まさに’’うんこ’’週間である。

一人で咲く花は、凛と咲き誇っているのか、五人組を幾重にも重ねたようななかで縮こまっているのか?
そのようなことを考えながら、鉢を見つめている。

追記
本書には、タキさんが最初に仕える小中先生という作家の印象に残る言葉が二つある。
そのうちの一つが、今日(5月19日)の’’うんこ’’に鑑みると、考えさせられるものがある。
それについては、又書くかもしれないが、一人凛と咲く覚悟が覚束ない私は、書くことができないかもしれない。

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