何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

8月8日 感動を呼ぶ会見

2016-08-10 00:51:51 | ニュース
「8月8日の会見を見て、その全文を読み、彼がこれまで成し遂げてきた偉業に改めて感動するとともに、彼がおそらく初めて素直に語った気持ちに、こちらまで目頭が熱くなった。」
「黙々と為すべきことを為す、にっぽんの漢を見た思いがした。」
と周囲の人の多くは言っている。
彼の偉大さと偉業の素晴らしさは今更私などが言うまでもなく、これまで何度もその偉大さを讃える気持ちを書いてきたが、彼の魅力の一つに、シニカルな物言いがあると思っているので、あまりに素直に気持ちを語られると、「ちょいとまっておくれ」と言いたくなる私は、相当に天邪鬼か。
だが、クールな彼をして目を潤ませ素直な感情の発露となるほどに、この偉業は素晴らしく又そこへの道程は容易ではなかったのだろう、だからこそ彼が語る「達成感」には重みがある。

<イチロー、3000安打達成の会見全文「これからは感情を少しだけ見せられるように」> Full-count 2016.08.08より一部引用
―― 一般の人間には達成感が今後の目標に向けての邪魔になる。3000本の達成感をどうやって消化して次の目標に進んでいくのか?
「え、達成感って感じてしまうと前に進めないんですか。そこが僕にはそもそも疑問ですけど、達成感とか満足感っていうのは僕は味わえば味わうほど前に進めると思っているので、小さなことでも満足感、満足することっていうのはすごく大事なことだと思うんですよね。だから、僕は今日のこの瞬間とても満足ですし、それは味わうとまた次へのやる気、モチベーションが生まれてくると僕はこれまでの経験上信じているので、これからもそうでありたいと思っています」
http://full-count.jp/2016/08/08/post41618/ (参照、「静かなダンスが生み出す偉業」

この言葉が発せられるまでに、イチロー選手はどれほどの努力をしてきたのだろうか。(参照「通過点としての偉業」
小6の頃の作文に「練習には自信があります」と書いたイチローだからこそ、『小さなことでも満足感、満足することっていうのはすごく大事なことだと思うんですよね』という言葉にも説得力があると思う一方で、「小さなこと」に続く言葉が『だから、僕は今日のこの瞬間とても満足です』というあたりに、努力の底知れなさと目標の高さを感じさせ、恐ろしい。
そのあたりに注目しながら、再度「Ichiro イチロー努力の天才バッター」(高橋寿夫)を読み返すと、学校図書館の本だけに、スポーツ以外の事柄(勉強や他の習い事)とのバランスや道徳心に力点を置いていることに気付いたのだが、このバランス感覚と潔癖さが現在に至るイチローのイチローたる由縁かもしれないとも思ったりしている。

イチローの母は、父ローと息子の激しい練習を見守る一方で「野球選手になれるかなれないかは私にはわからないわ。でも、もしなれたとしても、野球しかできない人間にはなってほしくない。一通りのことは、ちゃんと身に着けないと・・・・・」と心配もしていたため、イチローは4歳から習字を、小2からは算盤も習っていた。そのおかげで、イチローは字が上手いし暗算も得意で、クイズ番組でイチローが披露した暗算力はスタジオ中を驚かせるほどのものだったという。

驚くべきことというと、毎日の激しい練習にもかかわらずイチローの中学校の成績は、数学と音楽は五段階評価の「4」だったが、残りの教科は全て「5」だったという。
そのイチローが推薦で進路先が早々に決定したにも拘らず中三の二学期に猛勉強をしたのだから、結果は推して知るべし、学年トップの成績をとったのだ。
校長先生は、『一郎君は野球での推薦入学が決まっていますが、県立の進学校に進んで、勉学と野球の両立を目指してはいかがですか?私の経験からいって、本気で勉強をやれば、東大を狙えますよ』と勧めたが、幼い日よりプロ野球の選手を目指して父子で練習してきた二人には迷いはなく、『文武両道は理想ですが、それではプロの選手にはなれません』と野球の道を選んだという。

幼い日より明けても暮れても父と子で激しい練習をする姿に、周囲からは「あいつ、プロ野球選手になるのか」と笑われたというイチロー親子。チーム競技であれば日の目を見るのは運の要素もあるし、怪我で野球が出来なくなる可能性もある。そんな不確かなものよりは、「東大」を目指す方が確実な道であり、また嘲笑していた周囲の人を見返すことが出来ると思うのだが、イチローは一度定めた目標を変えることはしない。
それを一本気というのか、生真面目というのかは分からないが、暗算を得意とするにもかかわらず「計算高くない」ことは確かだと思う。
そして、この一本気で計算高くないところは、プロとして活躍するようになっても変わらなかった。

(注、『  』「Ichiro イチロ― 努力の天才バッター」(高橋寿夫)より引用)
『イチローの一番すごいところ、それは、記録のためにわざと試合を休んだりせず、どこまでも正々堂々と記録に挑んでいるところだ』 『イチローの記録はどれもすごいが、なかでも、感心するのは、'94年から'98年までの5年間、全試合に出場して首位打者になっている点だ。これは、それまでのプロ野球の常識を打ち破ることだった』と作者・高橋氏はいう。
首位打者争いをしている選手は、シーズン終了の頃には故障がなくとも試合に出ないことがよくある。
それは規定打率にさえ達してしまえば、それ以後一度も打席に立たなくとも公式記録として認められるため、首位打者争いをしている選手は打率が下がるリスクを回避するため、試合に出なくなるのだ。
だが、イチローはそんな考え方はとらない。
現在でも、'86年に阪神のバースが打ち立てた3割8分8厘5毛は日本プロ野球の最高打率だが、それを破ろうと思えばイチローには出来たのだが、そのために試合にでないという選択をイチローはとらなかったため、日本人による最高打率の更新は今も果たせないままとなっている。
『210安打を放った'94年、イチローは126試合をおえた時点で、3割8分9厘4毛の打率をあげていた、残りの試合にでなければ、自動的に新記録がたっせいできたのだ。この時、オリックスの残り試合はたったの4試合。しかも、もう西武ライオンズの優勝が決まっていた。イチローが新記録達成のために、残り4試合を休んだとしても、誰も責めたりはしなかったはずだ。というより、それまでのプロ野球の常識からいって、イチローは休んで当たり前だったのだ。だが、イチローはそうしなかった。「休めばいいのに」という声に耳を貸さず、平然と残りの4試合に出たのだ。そして、その4試合の間に少しだけ打率を落としてしまい、3割8分5厘の成績でシーズンをおえた。 バースの 記録を超えることは、出来なかった』

『ケガをしたわけでもないのに休んで新記録を達成するより、プロのスポーツ選手としてのフェアプレーの精神を貫き、正々堂々と戦うほうを選んだのだ』
『イチローはこの時、スター選手であると同時に、ヒーローとなった。少年たちに、人間としての誇り高い生き方の手本を示したのだ』

イチローにとっては、日本最高打率は魅力ある記録であったかもしれないが、それすら通過点でしかなかったのだろう。
その後のメジャーでの活躍も目覚ましく、次々と金字塔を打ち立てているが、それもこれも通過点だというイチローの昨年の言葉は印象的だ。
「前に進んでいるという感覚は人とし大切」 「一歩一歩が世界に届く」

ひたすら努力を積み重ね、正々堂々と戦い進み続けるであろうイチローを心から応援している。


ところで、これは蛇足だと承知しているが。
イチロー選手が誰も真似ができないほどの努力を重ねてきたことは確かだが、一般的には努力しても報われることばかりでは、ない。
努力が報われず自暴自棄になることもあれば、(不可抗力的理由で)身体を崩すこともある。
イチロー自身は、それを更なる努力で補ってしまうだろうし、たとえ道を変えざるをえなくなったとしても、優れたバランス感覚で、新たな道をも立派に切り拓くだろうが、一般にそれほど強い人ばかりではない。
50歳まで現役を目指すともいわれるイチローがユニフォームを脱いだ姿は、今はまだ想像できないが、仮に指導者になった場合、どのような指導者になるのかに興味をもってしまうのは、私が真面目にコツコツ頑張りながらも報われず、それでも直向に頑張る人こそ応援したいと思う性質だからかもしれない。

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